第21話 花火のあと


「いやはや、皆様のおかげで、今回も花火大会で終わりましたな」

「まったく、皇帝陛下の命令書の一件では、肝をつぶしましたぞ」


 花火大会の後、両軍の将軍は互いをたたえあっていた。

 周囲のテントより、ずいぶん立派なテントの中だった。

 ただ、その中身はと言うと、花火の打ち上げ会場だった。

 足元には、屋台提供の軽食の数々が並べられている。椅子があるにもかかわらず、全員地べたに胡坐あぐらをかいて囲んでいた。

 そんな中、なぜかネリーシャがお呼ばれしている違和感は、もう慣れた。

 どちらも勝利した。

 それが花火大会と言う戦争の結果なのだ。

 百年以上前には、すでにこの形は完成されたという。どちらも勝利したと宣言できる、唯一の方法。

 戦死者は、ゼロ。

 ケガや行方不明者も、もちろんゼロは、花火大会の目標でもある。それが達成されたのならば、少しくらいはよいのでは。

 そんなお酒様の誘惑に抗うことが、どれほど大変かと言う話題も、白熱する。

 中身は水の、祝杯であった。

 こうして、一件落着。

 誰もが、そう思いたかったに違いない。

 だが、違っていた。


「さてさて、これで安心して、黒幕をおびき出せるということですか………」


 串焼きの肉を一口かじって、寂しそうにお水のコップをごらんになる将軍閣下。一気に空にして、ようやくといった本題に入る。本来はお酒をあおった勢いと言うところ、それでも覚悟の中身は変わらない。国の守りである。


「歴史は繰り返すというが、恐ろしいものだ。我らのように互いへの信頼があってなお、まさかと思わせたのだからな」


 こちらはどうせ水だと、太陽にわずかに掲げて、透ける光をぼんやりと眺めていた。

 本当に酔っている人物の仕草でありながら、その瞳はあちらに行っていない。これから起こる事態を、しっかりと見据えていた。

 隣の緑の大猫は、ありがたいことに獲物を前にしておとなしい。普段はあまり食べられないだろう、骨付き肉をむんずと捕まえ、がっついていた。己が十六歳の乙女であることを放棄した、獣の食べっぷりである。

 食べるのはよいとして、会議のお邪魔にならないように外へ向かおう。ネリーシャがそう伝えようとした所だった。


「そうそう、ふん捕まえて、さらし者にしようかしら。それとも、神殿の子達と、真剣な追いかけっこの鬼役にでもさせようかしら」


 ラオダ姫は、とてもにこやかに言葉を放つ。だが、ネリーシャは、顔を覆ったまま、何かおかしいと感じた。

 姫様の言葉にである。

 さらし者は、分かる。

 犯人はこいつですと、人々に教える意味合いが強い。懲罰と言うより、周囲への警告を主目的としている。

 だが、もう一つの案は、どういうことだ。神殿関係者のラマーナを見ると、それがいい、楽しそうと同意している。

 訊ねないほうが、身のためだと直感した。

 黒幕が誰であれ、イタズラ大王と、その友人のイタズラ姫を敵にした不幸を呪うがいい。そんな余裕のあることが、うれしかった。

 全面戦争は、防げたのだから。

 いや、黒幕はまだ出てきていないと、気を引き締めるネリーシャ。

 そこに、緊急連絡が入った。


「申し上げます。ただいま、国家連合軍の大部隊が向かっているとの報告がありました。夕方にはこちらに到着する見込みです。その数は推定、四千強っ」


 誰もが、しばしの沈黙と言う形で、緊張や覚悟を表していた。

『炎が荒野』に国境部隊が集まった隙に、国境を越えて進軍されたようだ。広大な土地であれば、要所を守るしかないためでもあるが、大群だ。

 要所を、攻め落とせる、大群だ。

 一方のこちらは無傷といっても、両軍合わせて三千弱。戦うことになれば、相当の被害を受ける。土地勘があることが救いであるが、近隣の都市を占拠される可能性は、残される。これは、敗北の予感におののいていい場面である。

 このメンバーには、それはなかった。

 まず反応したのは、ネリーシャだった。


「両陛下の思惑通りにしても………こんなタイミングで来るなんて、狙ってましたって丸分かりじゃないですか。………連合って、バカなの?」

「いや、ネリーシャ殿、往々にして、そんなバカなことがあるかと言う事態が、最悪のタイミングで起こればだな――」

「なにより、まだ両陛下の軍は到着していない。部隊の展開やそのほかの――」


 将軍たちの言葉を待つことなく、悪ガキ大臣ネリーシャが立ち上がった。


「リーダー、出番だ」

「おっけー、出番だっ」


 イタズラ大王ラマーナ、出番と聞いて、元気よく両手を上げて、立ち上がる。

 ついでに、干し肉の骨も、高らかと掲げられる。


「いいでしょう、私にケンカを売ったことを、後悔させてあげましょう」


 なぜか、姫君までお立ちになった。


「君、予想進路まで案内を頼む」


 夫であるダラージャ殿下は、奥様の暴走を補佐する役目らしい。将軍たちは、暖かなまなざしを、その背中に送っておいでだった。

 なお、悪ガキ軍団はルトゥークの案内により、帰途につくことが決定された。さすがに二泊は親御さんも心配するだろうと言うのが理由だった。


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