第20話 花火大会、開催


「あぁ~あ………あいつら走って行っちゃったよ………」


 ネリーシャは、他人事のように、駆け回る悪ガキ軍団を眺めていた。さすがに追いかける体力はない、普段は店番、座りっぱなしである。本を手に寝っ転がっている時もあるが、忙しい時間帯との、バランスと言うものだ。一日中町を駆け回っていたイタズラ時代に比べ、体力の低下は否めない。早速年を感じる十六歳。


「君は追いかけないのか、悪ガキ大臣」


 手紙を手に、ダーカジラン王国の将軍閣下がネリーシャに訊ねる。

 どうやら、手紙にはネリーシャの事まで書かれていたようだ。今回の戦いの、王国軍側の司令官である。


「いやぁ、特にアイツ、帝国でなんて呼ばれてるか知ってます?緑の大猫ですよ、確かに猫みたいにすばしっこいですけど………人間が追いつけるわけ、ないですよね」


 ネリーシャの瞳は、現実逃避をした者のそれだった。

 その瞳がかろうじて姿を捉えているのは、野生の獣よろしく緑のロングヘアーをたなびかせてけ回るラマーナだ。緑の大猫とは、よく言ったものだ、そろそろ目で追うことも出来なくなってきた。

 今、見失った。


「………姫殿下と君が、共に馬車でこちらに向かったのは、分かる。偽装の余地をなくすためだが………なぜ、子供たちまでいるのかね」


 ネリーシャは、聞かないでくださいといわんばかりに、小さく笑った。

 十六歳の少年が、将軍に対して、大変に失礼な態度である。あるのだが、今は些細ささいなことだろうと、ゆっくりと振り向いた。

 何かの演劇俳優を気取っているらしい。


「花火大会と言う言葉を聞いて、子供たちがじっと出来ますか?」


 少年ネリーシャは、悟ったような顔で、のたまった。

 将軍を前にして、今更緊張するようなネリーシャではない。密使をおおせつかり、不思議な森の旅路の後、皇帝陛下の御前会議にまで出席したのだ。

 そんなネリーシャの静かな目線を前に、将軍閣下は確かに――と、うなずいた。

 隊列を組んでいる前方からは、笑い声が聞こえていた。ネリーシャたちが訪れるまでは、悲壮な空気が漂っていた。

 とうとう、本物の戦いが始まるのか。

 そんな悲壮な気分を、盛大に破壊してくれたのだ。気付けば、見物人のお子様たちまで引き連れ、駆け回っていた。その規模は、拡大の一途をたどっている。

 帝国側、王国側の両方でだ。


「………捕まえたまえ」


 将軍は、うなだれて命じた。


「………協力、してください」


 ネリーシャは、うなだれて答えた。


 その後、双方の有志の協力の下、お子様軍団の捕獲作戦が実施された。

 子供特有のすばしっこさは侮りがたく、兵士達はぶつかり合い、倒れていく。見物人の方々からは、花火の前のいい余興だと、野次と応援が飛び交った。

 面白がり、更にお子様が突撃。捕まえる数が倍数で増えていったのだ。

 そんな戦場の追いかけっこは、優に三十分に及んだという。


 そして――


「「ではこれより、花火大会の開催を、宣言します」」


 全員が、ずっこけたかったに違いない。

 宣言をしたのは、二人の若い男女。

 お一人は、イタズラ姫と名高いラオダ姫で、もうお一人が、その夫たるダラージャ殿下である。

 まるで恋人のように仲のよい新婚カップルの、宣言であった。

 その宣言に、やや遅れて参加した見物人の方々は、間に合ったと胸をなでおろしていた。見物客の数は、すでに万を越える。屋台の人たちは、持ってきた食材が足りるだろうかと、焦り始めていた。

 うれしい誤算だと、いやらしい笑みが大笑いであった。


「まったく、お前はちっとは落ち着け」


 ネリーシャは、しっかりとラマーナの手を握っていた。

 花火大会を宣言した両殿下と同じ姿だが、意味合いは違っていた。ようやく捕まえた緑の大猫なのだ。離すものかと。


「だって、だってぇ、花火、花火~っ」


 六歳児の台詞をはく、発育は大変によい十六歳のラマーナさん。

 年頃男女が手をしっかりと握っているが、くすぐったさは、皆無だった。

 周囲のお子様達も気にすることはなく、それぞれお菓子や軽食を手にし、あるいはほおばりながらも、花火の始まりを、今か、今かと待ちわびる。

 花火が見たければ、おとなしくしろとの説得に、ついに降伏したのだ。

 ついでに、食い物をよこせと要求。走っておなかが空けば、それも当然お昼時。常識的な交換条件は、即座に受け入れられた。引率係のナンシオ殿が、お財布さんとぶつぶつとお話をしているが、誰も気に止めない。人々の注目すべきものは、目の前の一面の荒野に並ぶ、兵隊たちなのだ。

 片方は黄色、片方が黄緑色と、遠くからでも目立つ長方形。

 それが、それぞれの上方に向けて花火を打ち合うのだ。それは軍服よりもはるかに派手で、見事に違いない。

 悪ガキ軍団は初めての参加である。期待で一杯の瞳で、目の前の兵士達を見つめていた。

 現場指揮官たちは、ついに命令した。


「第一列から第三列、目標、斜め上方。一斉射撃用意!」

「第四列から第六列、目標同じく、待機っ!」


 各隊列指揮官の命令どおり、数千人の兵士達がひざを地面につき、あるいは足を半歩踏み出して、射撃体勢に入る。

 それぞれが手に持っているのは、単発式の長銃である。

 火薬を詰めて、弾丸を詰めて、狙って、撃つ。

 サイズが異なるが、花火の発射装置と、同じ仕組みである。

 花火の打ち上げと同じく、連続で発射をするためには、列を作る必要があるのだ。

 何列も続けて発射し、準備をして、それを繰り返す必要があるのだ。

 それが実弾であれば、何人も近づけない死の壁となる。

 幸い、ここ百年余りは花火大会で終わっていた。威嚇いかくと言う意味では、人に向けて使ったことは少なく、むしろ迷い込んだ森の獣対策である。

 そしてそれは、現在進行形で続いている。


「「「「「第一陣、はなてぇ」」」」」


 今、待ち望んでいた瞬間が訪れた。

 誰もが、こうなればいいと望んだ結果。

 何も知らない人々は、久々の見世物だと、気持ちを高めていたもの。

 王国と帝国が殺し合いにまで発展するわけはない。そうした強い信頼の証が、今回もまた、空に記された。


 光のアーチが、空に架かけられた。


 人々が歓声をあげる中、ネリーシャは気付いた。


「おい、姫様たちだ………」


 空に、第二射、第三射と続き、発射音のたびに歓声が上がる。

 輝く空の芸術を背景に、しっかりと手をつないで歩いてきた。

 なお、ネリーシャ自信もラマーナの手をつないで、目の前の二人のようだとは、気付かない。


「お二人とも、お疲れ様でした」


 礼節は不足ながらも、ネリーシャは心からの言葉を送った。

 そして、その言葉に、夫婦そろって答えてくれた。


「「ありがとう」」


 まだ恋人のように見える二人が、まばゆい光のアーチの下を歩いて、どこか不思議な空間を演出している。

 意味としては、平和だろうか。

 戦争とは名ばかりの花火大会。

 敵国とは名ばかりの、両国の間に結ばれた、最も新しい夫婦。

 夫婦と言うよりは恋人気分の二人の後ろでは、まだ終わるものかと、光のアーチが輝き続けている。

 まるで、二人の結婚式のようだ。

 誰かが言った。

 この言葉に、上品にほほを染めるのが、姫らしい反応だろうか。

 だが、ラオダ姫殿下は並の姫ではない。人目をはばかろうはずもなく、ごく自然に結婚式を演じて下された。

 自然な仕草で夫の首に手を回し、唇を重ねた。

 光のアーチの下での、口付けは正に、結婚式にふさわしい。


「わぁ~い、わぁ~い、結婚式だ、結婚式だぁ」


 ラマーナは、友人のキスシーンにお子様として祝福の言葉をかけた。


「「「「「ケーキだぁ、ケーキだぁ」」」」


 お子様達は、何を勘違いしているのだろう、大騒ぎだ。

 確かに、お祝いと言えばケーキである。

 それに、子供達なりの、祝福の言葉にも聞こえる。

 本気で、ケーキを食べさせてもらえると、思っているのかもしれないが………


「ケーキじゃなくって………まぁ、姫様たちの仲がいいのは、いいんだけどさ」


 一人、どこか気まずい十六歳男子ネリーシャ。そういえば、ご近所の暴君が嫁に行ったときも、こんな複雑な気分だったと思い出す。

 イタズラ仲間が、どこか遠くへ行ってしまう。それは不思議な気分というものだった。



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