第18話 国家連合軍、行進中


 鳥たちの鳴き声が聞こえた。

 そろそろ日暮れが近いと告げるように、二羽の小鳥が飛んでいた。

 青年は、見ることもなくその様子を眺めていた。

 兵士であると、一目でわかる服装ながら、ダーカジラン王国、カブール帝国とはデザインが異なっていた。はるか東の影響を強く受けている、足首まであるロングコートだ。

 青年とまったく同じ服装の方々が、大量に、一糸乱れず直立していた。

 このおっさんの演説を聞くためである。


「諸君、我々国家連合軍の存在意義とは、すなわち――」


 今、熱を持って演説をされているのは、彼らを率いる将軍閣下だ。

 彼らは、国家連合所属の大部隊であった。

 夜が近づいているため、本日の行軍はここまで。今から野営の準備に取り掛かるのだが、儀式がかっているというべきか、わざわざお言葉を賜れているのだ。小鳥が二羽、甲高い声で鳴き声を上げたのならば、そちらに意識を移して何が悪い。どうせ誰も聞いていないのだと、不自然にならないように、青年はその方角を見てみた。

 義務と言うことで従軍して、命令と言うことで、遠出をした一人。

 もう一羽が加わった。

 三羽めの鳥は、ワシかタカか、ともかく猛禽もうきんであった。

 縄張り争いか、エサの奪い合いか、あるいは、小鳥達が獲物なのか………。


「今このときも、ダーカジラン王国と、カブール帝国は戦争の最中である。よって、平和と自由を愛する我ら国家連合軍は、その争いを終結させるべく――」


 将軍の演説など聞こえないかのように、小鳥達の悲鳴に耳を傾けていた。

 小鳥に勝ち目があるとは、思えない。それでも、いいや、だからこそだ。小鳥たちの運命が気になって、応援したくなって、目で追いかける。

 巨大な猛禽もうきんに追いかけられ、片方はきつい一撃を受け、飛び方がおかしくなっていた。

 残念ながら、視界の外に移動した。

 今、またも鳴き声が聞こえたが、断末魔だったのだろうか。

 見に行くことは出来ないと、気になり始めたところで、思い出してしまった。

 占いだ。

 今のような出来事で、吉兆を占うのだ。

 古い習慣とバカにしていたが、その気持ちが、少し分かった。

 小鳥が二羽に、猛禽もうきんが一羽。

 ダーカジラン王国とカブール帝国の二国が、獲物の小鳥。そこへ向かう自分達国家連合軍が、猛禽もうきんのようではないか。

 そう、自分達は小鳥たちを襲う猛禽もうきんである。小鳥の応援をした身としては、面白くなかった。

 もしも、あの小鳥が猛禽に食い殺されていたのなら、祝うべきなのだろうか。

 もしも、危機を脱して生き延びていれば、悔しがるべきなのだろうか。


「諸君、我々国家連合の存在意義とは何か、改めて言うまでもないと思うが、我々は――」


 国家連合軍、平和派遣部隊。

 不安に思う理由が、自らの所属する組織そのものへの疑問。

 世界から争いをなくすため、争う場所へ向かい、鎮圧するための軍という建前だ。

 実情は、反乱を鎮圧するための、抑圧の軍。

 今回の進軍目的も、言葉通りに平和維持だと受け取るものは、どれほどいるのだろうか。

 王国と帝国の争いに乗じた、侵略だと思わないものは、どれほどいるだろうか。

 そんな深刻な疑念を抱きつつある今日この頃、全軍の一割もの軍勢が、帝国、王国が戦っているだろう戦場へ向かう。


「愚かなる争いを止めるために、戦場へ向かうのである」


 大変に盛り上がっている将軍閣下。目の前には四千ほどの軍勢がいれば、その興奮は少し分かる。

 かつて少年だったころ、目の前を一糸乱れぬ動きで通り過ぎていく連合軍の行進を見て、興奮したことを覚えている。

 今、その一人となって考える。

 この戦いは、何のためのものかと。

 その答えは、明日の夕方には分かるだろう。

 あと一日で帝国との国境。それより更に西へまっすぐ進むことで、戦争予定地域とされる『炎が荒野』に到着する。

 正しくは、王国と帝国が疲弊している所に、到着する。戦線が開かれたといううわさが流れていないのに、なぜ分かるのだろうか。

 そんな疑問を抱いてはならない、なぜなら、自分達は正義なのだから。そういう上の言葉に従うしかない、一市民なのだから。


「願わくば、神の怒りを買わぬことを――か」


 若い兵士は、小さくつぶやいた。



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