第15話 帝都、到着


「こらそこ、かざってあるものに触るな」


 見た目は遠足の引率のお兄さんである、貴族の三男坊ナンシオが、慌てていた。

 ネリーシャは、ナンシオが遠足の引率を引き受けてくれてよかったと、心から感謝した。

 任せたぞと。

 悪ガキ軍団は、遠足組みと居残り組みに分かれたが、途中で何匹か増えたのだ。見知らぬ悪ガキ軍団が帝都を訪れれば、地元の悪ガキ軍団がほうっておくわけがない。ついに、宮廷にまでぞろぞろとついてきた。

 おとなしくしていること。

 それが行動を共にする条件だったのだが、この悪魔の軍団がおとなしくしているわけもない。珍しいものに興味を示さないお子様が、果たしているだろうか。

 ネリーシャの経験上、いなである。

 自分がそうであり、お子様に混じってはしゃぎしたい気持ちで一杯であった。自分は大人になったのだと、国王より預かった密使の証を、門番に見せていた。


「なるほど………密使………ですか」


 門番は、暴れまわるお子様達にそっと目をやって、改めてネリーシャを見る。

 そして、見せられた密使の証を見る。

 ダーカジラン王国からの、正式な身分の証である。


「密使です。誰にも密使だと見破られないための、作戦です」


 ネリーシャは、言い張った。

 言った者勝ちが世の常である。確かに、国王からの手紙を、屈強な軍人ではなく、どこにでもいる雑貨屋の少年が持ち歩くなどありえない。加えて、悪ガキ軍団まで引き連れていれば、完璧だ。

 そんなお子様軍団に振り回される、哀れな大人が約一名。哀れな引率の若者、ナンシオ・コマージャンはぞろぞろとついてきた帝都の悪ガキを追い返そうと、必死だった。

 そんな騒ぎを見なかったことにして、立ち入り許可を待っているネリーシャは、いい性格をしている。

 ここはカブール帝国の宮廷である。

 まだ入り口であっても、宮殿の内側なのである。

 都市の中にもう一つの都市があるという表現がふさわしい。それも、森を内包する都と言うことが出来るほど広く、壮大なのだ。古代都市の周囲に、年輪のように都市が拡大したと言う。その中心部は遺跡も同然である。もはや自然と一体化していた。

 何千年も経過しているのだ、当然ながら改築、増築、修繕をしているとはいえ、遺跡を生活の場にしているあたりは、さすがと言うほかない。神話の時代から連なる帝国との評価は、大げさではないのだ。さして歴史に造詣が深いわけではないネリーシャであっても、そんな感動を禁じえない状況。

 だが、ひたれないのが、悲しい十六歳。

 その原因が、今にも走り出さんとする、我らがイタズラ大王の存在である。


「ねぇ、ねぇ、まだ?まだ?」


 お前は本当に十六歳なのか。ネリーシャはラマーナを静かに見つめていた。悪ガキ軍団に混じって、ナンシオを困らせたい気持ちで一杯だろう。今ここで、この手を離してはならない。手紙を届けるまでが遠足だと、硬く、硬く約束していても、この有様なのだから。

 そこへ、怒鳴り声が響いた。


「こぉらぁ~っ………ま~たお前かいっ、緑の大猫ぉ~っ!」


 かつてよく耳にした、おば様の怒声だった。

 とっさに首をすくませるあたり、さすがは悪ガキ大臣ネリーシャ。経験は大変豊富な、かつてのイタズラっ子。

 だが、緑の大猫とは誰のことだろう。その答えは訊ねるまでもなく、隣にいたはずのラマーナが、遠くへと走り去っていった。


「………緑の大猫?」


 どうやら、そういう名前で通っているらしい。しっかりと手をつないでいたつもりが、首をすくませた拍子に手を離してしまったようだ。


「「「「「にげろぉ~っ」」」」」


 悪ガキ軍団も、走り出していた。

 追いかけるのは厨房のおば様に、数人の警備兵達。密使の証を見せて、宮廷に足を踏み入れたとたんのことだった。


「………ホントに、常連だったんだな」


 ネリーシャは、逃げ去る緑の大猫こと、ラマーナの後姿を眺めていた。

 緑のロングヘアーを風になびかせて逃げる姿は、まさに緑の大猫との異名にふさわしい。本来の目的を忘れているようだが、そういえば、宮廷に着いたらイタズラしていいと伝えたような気がする。

 あくまで、使命を果たした後という但し書きが………


「ぜぇ、ぜぇ、王の手紙って、お前が持ってたんだっけ?悪ガキ大臣」


 ようやくネリーシャに追いついたおっさんが、たずねる。


「いや、リーダーが持ってるだろう?」


 念のため、ふところを確認して、ネリーシャが答える。

 そうしながら、国王から手紙を渡されたシーンを思い出す。

 そう、国王からの手紙を今現在持っているのは――


「追いかけるぞ、おっさん」

「………はぁ、だと思った」


 こうして、宮廷に着いた早々、追いかけっこが始まった。

 本来であれば、少年ネリーシャが足を踏み入れることが許されない、身分高い方々のお住まいである。行商に訪れることなど夢のまた夢、見学に子供をつれてくる場所でもなければ、追いかけっこをする場所では、断じてない。

 今は、そんな些細ささいなことなど、どうでもよかった。


「早く、早く、ネリーシャも、つかまっちゃうよ」


 ラマーナの言葉は、共に遊んでいる相手への気遣いである。それは悪ガキ軍団と呼ばれる理由である、仲間思いであることは大前提なのだ。

 遊んでいる場合は、と言う但し書きが必要だ。ネリーシャは前方を走る緑の大猫に向かって、叫んだ。


「お前を追いかけてんだよっ、イタズラは、手紙を渡してからだっつったろっ」

「だって、追いかけて来るんだもん」

「「「「「そうだ、そうだ」」」」」

 

 追いかけられているお子様の台詞をはいて、まるで本能のように逃げ続けるラマーナ。そして、お子様達も同調する。

 走る速度を合わせている当たり、さすがはリーダー。本気であれば、ひょいと屋根に飛び上がり、緑の大猫の異名に恥じることのない逃走劇を演じてくれたはずだ。

 まぁ、ネリーシャの腹の上に尻餅をついたようなドジをすることもあるのだ。猫も屋根から落ちるということわざでもあるのか、記憶をたどる余裕はなかった。

 今は所々ひび割れた石畳の廊下を、一緒に走っていた。

 馬車のわだちに、人の行き交いによって、徐々に石畳が削られたのだろう。溝がちらほら、ひび割れもちらほら、そこをコケや雑草が覆いかぶさり、まだら模様を生じさせていた。それは修復を思いとどまらせる程に美しかった。

 正に、生活空間にある遺跡である。

 そして、そこで逃走劇を演じている自分達も、すごい。本当に遠くの世界にきたのだと、浸りたかった。

 今、終わった。

 曲がった先には、壁が目の前だった。


「とうとう追い詰めたぞ、緑の大猫」


 今にもホウキを振り下ろさんとする、食堂のおば様を中心に、警備の方々が数名、にじり寄ってくる。

 さすがの緑の大猫も、廊下の突き当たりに、追い詰められていた。

 律儀にも、子供達に合わせて、地上を走っていたためである。


「貴様らも、いったい何者だ」

「盗賊にしては若いが………っていうか、ほとんど子供だ」

「なら、その男がっ」


 大人たちは、そろっておっさんを見る。

 密使は目立ってはならない。そのために、貴族のご子息にして、帝国軍の使節ナンシオ・コマージャン殿は、その鎧や軍服を脱いでいらっしゃる。見た目は、さえない若者に過ぎない。

 悪ガキ軍団と行動を共にしたのが運のつき、すっかり貴族の気品が消し飛んでいたのだ。


「まて、まってくれ、オレはこう見えてもこの帝国の………」

「話はろうでじっくり聞いてやる。来いっ」


 どこかで聞いた台詞だと、ネリーシャは思った。

 そう、この緑の大猫こと、ラマーナとの出会いのシーンだ。土煙を残して、悪がき軍団が消え去ったところへ、警備の皆様がおいでになったのだ。

 ネリーシャは、横目で緑の大猫を見る。


「どうしよう、とうとう追い詰められちゃったね」


 困っている風には、まったく聞こえない台詞である。

 むしろ、これからどうなるのかと、ワクワクが止まらないお子様のお顔だった。出し抜く方法が、いくつも浮かんでいるに違いない。息が上がっていないのも、腹立たしい。これが野生児と雑貨屋のせがれとの違いだ。

 その時だった。おしとやかな女性の声が聞こえた。


「まぁ、まぁ、その辺で許してあげてください」


 カツ、カツ、と足音を響かせて、優雅に登場したのは、どう見てもお姫様と言う姿の女性であった。大人の女性と言うには、少し早い十代後半。姫と分かる可愛らしい衣服も年齢に合わせたのか、フリルも押さえ気味のロングスカート。

 燃えるような赤いロングヘアーに、黒の瞳のお姉さんが現れた。

 子供っぽさを残す、お姉さんと言う言葉が似つかわしい笑みだった。

 真っ先に反応したのは、緑の大猫だった。


「あぁ~っ、姫ちゃん」


 いたずら仲間を見つけたお声だった。


「久しぶり………っていうほどでもないかな、昨日ぶり?」


 お相手の姫も、友人への言葉遣いであった。

 表れたのは、緑の大猫の友人で、姫と呼ばれるお姉さんであった。ラマーナが友人と認識する姫に心当たりなど、一人しかなかった。

 ネリーシャは確信した。この赤毛のお姉さんこそ、ラマーナに手紙をたくした、ラオダ姫殿下であらせられると。


「はい、姫ちゃんのお父さんからのお手紙」


 どこに隠し持っていたのか、ラマーナは王の紋章がなされた手紙を、姫殿下に手渡していた。

 今度は落としていなかったと、内心ほめてあげたい気持ちになるネリーシャ。もう、廊下の隅に追い詰められている姿など、誰も気にしていない。食堂のおば様も、姫の手前、ホウキをしぶしぶ下ろしている。獲物を横取りされたようなお顔は、あえて見なくてもよいだろう。

 ラオダ姫殿下は、もちろん気にされている様子はない、さすがである。


「まぁ、ありがとう。これで夫やお義父様とうさまを説得しやすいわ」


 わらわらと、子供達も使命を果たしたという、旅は報われたという大仰な台詞で互いをたたえあっていた。もちろん、優しく見守るのが大人である。


「はぁ、またイタズラ姫の悪巧みでしたか………」

「まったく、ダラージャ殿下のご苦労が………」

とつがれた当時の猫かぶりが懐かしく………」


 皆様、ご苦労なさった様子だった。


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