第14話 遭遇、不思議な影
ニセモノの姫の手紙をきっかけに、帝国と王国が戦争をするかもしれない。防ぐには、本物の手紙を帝都に送り届けるしかない。
早ければ早いほうがいいと、帝都まで一時間もしない道があるとの言葉に従ったネリーシャたちだったが、予想以上に、不思議すぎた。
王都のすぐ目の前の森に足を踏み入れてわずかな距離で、この世の光景とは思えない、不気味な霧に巻き込まれていた。
そして、不気味な声が、前から、横から、影から響いたのだ。
“ここは森、人間の森であって、人間の森じゃない”
“昔は争いの野原。一杯がんばって、森にした森だよ”
“だけどもうすぐ『
“祭りだ、祭りだ、祭りの気配に、来るよ、来るよ、いっぱい来るよ”
クスクスと、いたずらっ子の笑い声と共に、不気味な声が聞こえた気がした。
気のせいだと思いたかった。
「ねぇ、ねぇ、駄菓子屋………今の声、何?」
気のせいではなかった。お子様の一人が、無遠慮にネリーシャのズボンを引っ張った。
不安そうな声に、ネリーシャは明るい声を出そうとした。
おっさんが、台無しにした。
「き、聞こえた、魔物の声だぁ………ここは、迷いの森なんだぁっ」
頭を抱えて、そのまま走り出してしまわないだろうか。ネリーシャは心配になったが、おかげで冷静になれた。
人の姿を見ることで、自分の姿を省みることが出来るとは、何と便利なことだろう。ネリーシャは、大人ぶった。
「不思議な声は聞こえたけど、ここは王国の森なんだ。遠くに住む魔物たちも、ちゃんとお互いの棲み処を守ってれば、襲わないって」
説明不足に過ぎるが、帝国、王国共に伝わる教えである。実際に魔物がいるのかを確認できる人物はいない。それでも、教えは着実に受け継がれているので、何かはあるのだ。
「なぁ、ラマーナもそうだろ?」
その“何か”を知っているはずのラマーナに問いかけた。一応は、巫女のはずなのだから、子供達を、特におっさんを落ち着ける言葉をくれと。ラマーナだけが平然としている。きっと大丈夫との信頼を込めた言葉だった。
だが、ラマーナが返事をするよりも、ルトゥークが、どこかに向けてお返事をしていた。
「みんな、まだ祭りじゃないんだから、脅かしっこはだめだよ」
お知り合いのようだ。
「えぇ、いいじゃん、ルトゥークだって、もう町にいってるし」
「いいじゃん、いいじゃん、花火、花火………」
「そうだ、そうだ、魔物の行列、魔物の行列」
「「「そうだ、そうだ」」」
ワラワラと、
悪ガキ軍団と同年代で、違いといえば、仮装をしていることだった。
そういうことに、しておきたかった。
魔物の姿として知られているが、作り物にしては、妙に存在感がある。耳が肩幅まで長かったり、獣の耳に尻尾に、あるいは角だろう色々が人とは異なる子供たちが、ワラワラと現れた。
一方、お子様達はと言うと、どうやら脅かされた、やり返さなければならないという、お子様心に火をつけられたようだ。
「お前ら、なんで森で遊んでるんだ。いけないんだぞっ」
「「「そうだ、そうだぁ」」」
言い合いが、始まった。
どうやら子供達には、先にお祭りの仮装大会をして楽しんでいる、ずるいという感想らしい。
作り物には見えないのだが、関係はないようだ。こうして奇妙な悪ガキ軍団も加わり、飾りがどこで売っているとか、お菓子をよこせとか、見た目を除けば、よくあるお子様の会話で盛り上がる。
だが、その会話はすぐに終わることになる。
大人ぶったナンシオ・コマージャンが追い散らせたわけではない。ありえない、ありえないとぶつぶつと、もはや頼りにならない。
ネリーシャも、とりあえず様子を見ようということで、おとなぶって放置するしか出来なかったのだ。ラマーナだけが、唯一この不思議なお子様達と接点がありそうであり、同じ悪ガキ軍団のように楽しそうにしていた。
「あっ、そろそろだよ、ルトゥーク」
ラマーナだけは何かを感じ取ったようで、ルトゥークは返事をする代わりに、不思議な子供達に向かって手を振った。
「じゃぁみんな、祭りで」
先頭を行くルトゥークの言葉に従うかのように、お子様達はすっと、霧の陰に消えた。
同時に、霧も消えた。
まるで、ルトゥークが魔法で霧を発生させて、子供達を呼び寄せていたような、あるいは、不思議な子供達のいる世界へ、しばし迷い込んだかのようだ。
はっきりとしたことは分からないまでも、先ほどまで、違う場所にいたということは分かる。
古い大木が乱立する霧の森と、人工的に植えられて、ところどころ伐採の痕跡のある森とを、間違えるわけがない。ネリーシャはキョロキョロと、目の前の子供達と共に周囲を見回した。
後ろを振り返って、はっきりと分かる、あれほどの大木が、ネリーシャたちを見下ろしていた大木たちが、消えていたのだと。
人知を超えた出来事であった。その出来事に対処できる人物に、ネリーシャは声をかけようとする。
先に、そのグリーンヘアーが振り向いた。
「あのね、ネリーシャ………」
不安そうな表情など、らしくない。出会ってわずかな時間しかすごしていないというか、数時間の付き合いであっても感じる、違和感。
ルトゥークと言う、この不思議な道へ案内したオレンジヘアーの男子もだ。ネリーシャは黙っていた。先ほどの不思議な現象の答えを出してくれるのかと、期待したのだ。
平凡な雑貨屋の跡取り息子が知るはずのない、魔法の神秘を明かしてくれるのかと。
聞くのが恐ろしいような、緊張の、一瞬。
ぐきゅ~……
「ごはん、まだ?」
「腹減った」
ネリーシャとルトゥークは、そろっておなかに手を当てて、腹減ったアピールをする。あまりの脱力に、さすがのネリーシャも、こぶしを握る元気も消えうせていた。
後ろでひざをがっくりと折ったおっさんこと、逆らう気力などすでに失ったナンシオ・コマージャン。よろよろと立ち上がると、素直にリュックを下ろして、大きな袋を取り出す。中には細長いパンと、チーズの塊などがあった。
大人の腕ほどの巨大なパンも、悪ガキ軍団の総がかりでは、ひとり一切れでちょうど良い。瞬く間にその姿は消えていく。
なお、悪ガキらしく、食べ物に細工を仕掛けようとする者もいた。名前をアジドクという。懐に手を入れていたので、悪がきの先輩の直感が働いたネリーシャは、そっと背中にアジドクが近づくと、食べ物を隠す。
他の悪ガキおよび、ラマーナとルトゥークもまた、アジドクの魔の手からパンを守っていた。
守れなかった、気付けなかったのは、混乱中の大人が、約一名。
チーズが辛すぎると、絶叫を上げたのは、しばらくのこと。ぼんやりとしていたので、まぁ、いい薬になったのだろう。
暗殺大臣だと大げさに自称していたが、ふさわしい称号だと、ネリーシャは思った。
そして、昼食休憩から、二十分後………
「んな、バカな………」
まっすぐ前を向いて、ネリーシャはつぶやいた。
帝都までは、馬車で三日ほどの距離である。早馬では一日だが、専門の乗り手が馬を乗り継いだ場合である。
その早馬と同等、あるいはそれ以上の速度でラマーナは手紙を届けたのだから驚きなのだが、今回はそれ以上だった。もしかすると、ラマーナもこの隠れ道を使ったのかもしれない。木々を抜けると目の前に、帝都があった。
「うわぁ~………アレが帝国かぁ?」
「ふっ、俺たちも、遠くへ来たものさ」
「さらば、故郷か」
誰が教えたのだろう、お子様達は格好をつけていた。その台詞が似合うのは、おっさんただ一人のようだが、腰を抜かせいていた。
「おっさん、疲れたか?」
「年だろ?
「もうすぐ、故郷だぜ」
お子様には、容赦がなかった。
しかし、ネリーシャも、少し同じ気分だった。
まっすぐと、前を見ていた。少し散歩をした、そんな手軽さでこれる場所ではないはずなのに、気付けば、見慣れぬ都が目の前なのだ。
「まっ、オレも旅慣れてるわけじゃなし………」
ネリーシャは、考えることをやめにした。
何より、今回の旅路は、早ければ早いほどよいのだ。
「なぁ、ラマーナ、あの向こうの城のある町、アレが帝都か?」
今回の道先案内人、ラマーナに
帝都を知っている人物は、おっさんも同じはずだが、どう見ても話が出来る状態ではなかったためだ。
「うん、あの一番おっきいとこ。姫ちゃんとかけっこしたお庭の広い家があるの」
間違いないらしい。
悪ガキ軍団は森を抜け、帝都に向けて踏み出した。
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