第13話 森の、遠足
冬の寒さが去り、過ごしやすい季節になってきた。
太陽がそろそろ真上の時間では、踏みしめる地面も温められ、靴越しであっても、その柔らかなぬくもりが伝わってくる。小石も、柔らかな雑草も、この際はいい刺激である。どれほど歩いても疲れるものだろうか、穏やかな天気だ。
正に遠足日和。悪ガキ軍団は、元気に行進中だ。
「「「森の道~、迷い道~、隠れ道~」」」
「「「戻れない~、魔物が来る~、隠れろ、隠れろ、見つか~る~な~」」」
元気一杯に歌っているのは、古くから伝わる童話である。森の果てに足を踏み入れることを戒める寓話であり、おそらくは事実であろう。
ただ、森の中でその歌を歌うのはやめて欲しいと、ネリーシャは思った。なんとなく、童話に引っ張られている予感があるのだ。
隠れ道という単語が、気にかかる。ネリーシャは、気晴らしを含めて、唯一の大人へと感謝の意を表した。
「いやぁ、助かったよ、おっさん。俺一人で、この悪ガキどもの世話なんてさぁ」
年上の、それも、それなりの身分である帝国軍の使節ナンシオ・コマージャンに対して、あまりにも馴れ馴れしい態度だ。恐れ知らずは子供の特権だが、ネリーシャの年齢なら、もう少しわきまえてもよさそうである。
そんな懐かしい緊張など、御前会議で国王陛下を始め、王国の重臣の皆様との語らいの時間で、消え去ったネリーシャなのだ。貴族であろうが、使いっぱしりの若造ごとき、使い勝手のいい兄ちゃんと言うか、おっさん呼ばわりである。
一方、軽々しく声をかけられたナンシオ・コマージャンはさすがにぷっつんしたらしい
振り返って、お子様に若返った。
「おまえもその一人だ、悪ガキ大臣っ!」
「悪ガキって、オレはまじめな雑貨屋の跡取り息子だったんだ。それが、このバカがいきなり天井ぶち破って落っこちてなぁ」
ネリーシャもお子様に戻って、そして、飛び火した。ルトゥークと共に先頭をスタスタ歩いていたグリーンヘアーが、勢いよく振り返る。
ついでに、感情をはっきりと表して、両手をぶんぶんと振り回す。正に、お子様だ。
「バカってなにさ、ちょっと足を滑らせて、尻持ちついただけじゃん」
「オレの腹の上でな、死ぬかと思ったぞ、コラ」
「なんだと、コラ」
「おまえらなぁ~、大事な旅だって、完全に忘れてるだろ」
仲良く、言い合いをしながら歩く姿は、どこにでもいるお子様連れの遠足である。大人ぶっていても、いつまでも悪ガキの心は抱いているものだ。
悪ガキ大臣と言う言葉に触発されて、共に歩く悪ガキ軍団は盛り上がってきた。
「じゃぁ、オレはかけっこ大臣」
「ならオレは暗殺大臣」
「えっと、えっと………作戦大臣」
「ならボクは、トラップ大王」
「「えぇ~、ずるぅ~い」」
「だったら、ラマーナ姉ちゃんはリーダーじゃなくて、大王?」
大臣ごっこが勃発、一人抜け駆けで大王を名乗ったための非難から、大王にふさわしい人物への称号が模索された。
ラマーナさんは、大王に出世したらしい。
本気なのか、たわいないおしゃべりは時間を忘れさえ、王都の目の前に広がる森に入って、そろそろ十分ほどが過ぎようとしている。お子様達は、まだまだ、元気いっぱいだ。これが何時間も、何日も続けば言葉は少なくなっていくものだが、いきなり状況が変化した。
気づけば、深い霧に覆われていた。
「おい、なんで霧なんか………王国の森って、こうなのか?」
「いや………こんなの分かるわけが――っていうか、妙な感じがしないか?こう………寒気がするとか、入っちゃいけない所に入った気がするとか………」
リュックを背負ったナンシオは、不気味そうに周囲を見回す。答えたネリーシャもまた、不安を隠せない。徒歩十分であれば、振り向けば都へ通じる道が見えるかもしれない、まだまだ入り口と言うところ。それなのに、振り向けば霧に覆われて、振り返っても見知らぬ光景なのだ。
深い霧でも隠せない大木が、乱立していた。
森の木々は、一定の大きさになれば木材として伐採される。そのために、これほど巨木が乱立するはずがない。
これが、隠れ道ということなのか。魔法という力は耳にしていても いざ、目の前に不思議があれば、不気味だった。
しかも、ただ一人の案内人であるルトゥークは、すたすたと歩みを止めない。何にも不安がないと言うか、少しはこちらを振り向いて欲しい。
ここで置いてけぼりを食らったら、先ほどまで元気よく歌っていた通りに、帰れなくなる。それは予感と言うより、確信だった。
ここは、いったいどこだ。
もしかすると、ここはラマーナの仕える神殿がある森に近いのだろうか。
「ううん、私が預けられてるのは、もっと南のほう。ここはただの抜け道」
分かるような、分からないお返事が返ってきた。お前に聞いた俺がバカだった。そんな軽口を口に出来ないのが、悔しいネリーシャ。
ここは隠れ道だと、トゥークが語っていたが………
今度は抜け道の案内人、悪ガキ軍団の道案内、先頭を行くルトゥークに、訊ねてみた。
「なぁ、ルトゥーク、ここはまだ王国の森だよなぁ?」
そうだと言ってくれと、ネリーシャは、心で祈った。
境界の森とも言われる。
ここよりはるかに西に位置する、人以外の種族の住まう森との、境界線。
間違えて西へまっすぐ進み続けたとしても、ただの数分で神々が住まう森に近づいたはずはない。
常識としては、そうだった。
ネリーシャは、固唾を呑んで、道案内の少年、ルトゥークのお返事を待った。
そのお返事は、予想外だった。
霧の向こう側に、不気味な影が揺らめいた。
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