第12話 お見送りの、分かれ道


 王都の西のハズレからは、すぐ目の前に森が広がっている。どこまでも、王国の西側を続く緑の結界ともいえる森は、人の手が生み出したものだという。

 そして、古い森へと続く。とはいっても、西へ、西へと一日以上進む必要があるために、確かめるのは探検家や、迷子くらいだ。目印というか、見張りというか、神殿もそのあたりにあるらしい。

 しかし、木々が続く中で、どのように境目がわかるというのか。神殿があると言っても、分かるわけがない。ラマーナに言わせれば、行けばわかると。

 まぁ、ネリーシャたちがこれから向かう帝国は、南にあるのだ。間違えて西へ進むのは、迷った証である。隠れ道があると言った、ルトゥークの言葉を信じるしかない。

 何らかの、魔法の力があるのだと。ネリーシャはそう思うことにして、待ち合わせは、森へ続く道である。

 木材を伐採、荷車に載せてノロノロと歩けるほど、幅が広い。通せんぼをするように、悪ガキ軍団は勢ぞろいで、別れの言葉を掛け合っていた。


「オレはダメだった。夕方までに店を手伝わないと、小遣いナシってよ」


 欠席は、何と二名だけである。

 まずは乱暴な男子の印象をして、面倒見がいい年長のルプタだ。残るメンバーが、いっせいに挨拶の言葉をかけた。


「「「お勤め、ご苦労さんです」」」


 どんな意味か、分かっているのだろうか、悪ガキどもが声をそろえていた。親御さんの、ほっとした顔が目に浮かぶ。二人を除いて、全員参加が決定していた。

 もう一人のお子様が、ルプタの足にしがみついて、駄々をこねていた。


「遠足、えんそくぅ~っ」

「ほらほら、ナティーももう、泣くんじゃないの」


 最年少のナティーもまた、森を通るという言葉のために、親が許可しなかったという。駄々をこねていたが、こればかりは仕方がない。ルプタに、頭をナデナデされていた。

 かつての自分の姿が重なるネリーシャだが、それで終わるわけがない。王都に居残ってくれるならばと、二人の肩に腕を回した。

 居残りを慰めているわけではない、悪い顔をしていた。


「なぁ、ちょっとお手伝いしてもらいたいんだが………」


 悪い顔の、大人を気取っていた。

 イタズラの気配に、不機嫌な二人は興味を持つ。

 でっかいいたずらっ子、ラマーナも、興味を持つ。


「なになに、ネリーシャ、なになに?」

「いやいや、お前にじゃねぇよ」


 醒めた目線を送って、再び、悪い大人の気分で語りだす。


「なぁに、ちょっとした、お使いだよ」


 菓子の貸しがあるのだ。

 借りを返す気持ちが無ければ、本当に悪い子となってしまう。それは、ご近所で代々受け継がれる知恵なのだ。店の掃除や宣伝、近所へのお使いを対価にする。いつもなら困るが、たまにと言うか、暗黙の了解なのだ。


「なんだよ、店の手伝いがあるって言ったろ?おまえんとこの方付けなんか、しないぜ」

「しないぜ」


 ちびっ子様が真似っ子をしているが、ネリーシャは気にせずに続ける。本心では、少しでもお掃除をしてもらいたいが、それはラマーナに押し付けることは、決定事項だ。

 こそこそと、秘密の任務を託した。


「いいから聞けよ、大人が悪さしようとしてるんだ。邪魔してやろうじゃんか」


 大人の邪魔をする。

 その言葉に、心惹かれない悪ガキがいるものか。ルプタとナティーの居残り組みは、遠足に置いてけぼりの悲しさはすでに消え去り、悪巧みに胸をときめかせていた。

 ルプタの頬がやや頬が赤い気がするが、ネリーシャは特に気にしていなかった。大人を出し抜く算段をしているのだ、興奮のためだ、当然だろうと。

 すでにネリーシャの頭の中では、大人を出し抜く算段で一杯だった。

 留守の間の、町の様子は分からない。姫の手紙のニセモノで、帝国との間に戦いを起こそうとする連中が、手紙だけで済ませるだろうか。

 かつては大人の頭痛の種の悪ガキだったネリーシャは、確信する。

 始まりに、過ぎないと。


「悪い大人が色々してるなら、こっちも――」


 ネリーシャは、にっこりと微笑んだ。

 イタズラを仕掛けるには、第二段、第三弾と、罠を張り巡らせるものだ。大人にちょっかいを出して、鬼ごっこで終わりと言うのは、お子様の遊びだ。悪ガキと呼ばれるには、その程度は甘いのだと、ネリーシャは考える。

 大人が罠にかかる様を、笑って見つめている瞳がある。物陰に潜む、第二、第三の悪ガキがいるのだ。昼寝中の顔の上に、クモが座するとどうなるか。悲鳴の次には、足元注意の泥団子爆弾のワナが待ち受ける。

 九歳の悪ガキだったネリーシャの経験と、戦乱を巻き起こす大人の陰謀が同じレベルで語られるわけはないのだが、基本は同じらしい。御前会議で指摘したため、ネリーシャは密使の役割を押し付けられたわけである。


「それで、どうすんのさ」

「どうすんのさ」


 年長のルプタと、ちびっ子ナティーが、遠足にいけない悲しみから一転、新たな興味に心を躍らせていた。

 ラマーナもまた、なんだか分からないが、楽しそうだと胸を弾ませていた。ぴょんぴょんと、ナティーと一緒にはしゃいでいた。

 その一方で、ただ一人の大人は寂しそうに、お財布さんとお話をしていた。

 身分を隠すために、リュックに軍服を詰め込んだ帝国軍使節の、ナンシオ・コマージャン殿である。遠足気分の子供達はほとんどが手ぶらであり、森で食べる予定のでっかいパンとチーズとその他、悪ガキ軍団の昼飯も、リュックの中だ。


「ったく、この人数だとバカにならん………経費、出るかな」


 どう見ても、さえない青年である。

 増えるわけでもあるまいに、チャリン、チャリンと、とても軽くなったお財布様の中身を確認中だ。子供たちから見れば、立派なつくりの、皮製のお財布だった。


「なにケチくさいこといてるんだよ、貴族様なんだろ?」

「「「「そーだ、そーだ」」」」


 子供達は、残酷だった。

 それは、知識のなさがそうさせるのか、悪ガキ軍団だからか、分からない。子供たちに分かるのは、財布の持ち手がお金持ちと言うことだ。

 そしてなぜか、泣いていることだけだった。


「あのなぁ、前らは知らんだろうが、貴族って、貧乏なんだぞっ」


 ナンシオ・コマージャンは誰も聞いていない苦労話を始めた。


「オレはなぁ、そんな貴族の息子っていっても、三男坊なんだ。分かるか、名前だけは貴族でも、分けてもらえる財産なんぞ、お情けにもならんのだぞ?」


 子供達を相手に、同意を求めるなど無謀である。これは、盛大なる独り言、ヤケになった証である。もはや、自分の運命が決まったとわかっているためだった。


「そのくせ、求められるのは貴族らしさだからよ、身なりに食事に、お客をもてなすために借金して、その借金を返すためにこうして………うぅ」


 泣いていた。

 しかも、本気で。

 悪ガキ軍団の財布代わりに思われていた男が、実は薄給だと、ネリーシャには同情の気持ちが現れ始めた。子供達にはよく分からないだろうが、財布が軽いという意味は理解できる年頃である。

 その気持ちが遠慮につながれば、可愛いものだが、もちろん違う。代表のネリーシャ少年は、その輝きを見逃さなかった。


「でも、銀貨があったの、オレ見たぜ」

「わぁ~、お金持ちだ~」

「「「「銀ぴかだ、銀ぴかだぁ~」」」


 手に出来る通貨といえば、せいぜい小銅貨の悪ガキ軍団である。銅貨を手にしていればお金持ちの感覚である。銀貨を見れば、大騒ぎであった。

 まぁ、貴族の癖に、金貨の一枚もないのは、貧しい部類なのだろう。ネリーシャはちょっと気の毒と思いながらも、すぐに気持ちを切り替えた。お昼にはまだ早いが、ぐずぐずしていると日が暮れるのだ。


「おっさん。そろそろ出発しようぜ~」

「出発だぁ、出発だぁ」


 ネリーシャをまねしたのか、ラマーナも、面白がる。続けて子供達も、おっさん、早くしろと命じる。


「おっさんじゃない、まだ二十四だ――ったく………なにが悲しゅうてガキのお守りをせにゃならんのだ」


 帝国軍使節、ナンシオ・コマージャン殿は頭を抱えていた。

 密使の旅路への参加とは名ばかりの、子供の世話係を押し付けられたと。戦乱に発展させるつもりは毛頭ないが、欲をかいたのが、運のつきだ。

 今や引率のおっさん呼ばわりの、二十四歳である。


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