第11話 お出迎えの、悪ガキ軍団


「あっ、いたぁ~っ」

「ルトゥークの言ったとおりだ」

「だろ?」

「「「みつけたぞぉ~っ」」」


 ネリーシャたちが門を出ると、子供達が待ち構えていた。

 口いっぱいに駄菓子を詰め込んでいた、ネリーシャには見覚えのある、悪ガキ軍団だった。何人かの顔は覚えている、間違いない。

 上は十二歳ごろ、下は六歳か、七歳か、元気一杯の悪魔達だ。ネリーシャたちの顔を見ると、ワラワラと取り囲まれ、いっせいに挨拶の言葉を口にした。


「「「「「お勤め、ご苦労さんです」」」」」


 失礼な事この上ない、牢獄から戻った仲間を出迎える方々の言葉だった。

 門番のお兄さんは、必死に笑いをかみ殺している。隣にいる帝国軍使節のナンシオなどは、なにが起こったのかと言う、お間抜けと言う顔をしていた。

 一方、出迎えられた側のネリーシャは、誰の入れ知恵か、問い詰めたい心境だった。

 だが、悪ガキ軍団は仲間を出迎えに来たのだ。お目当てはネリーシャでも、あっけにとられているナンシオでもない。

 ラマーナは、芝居にでも出ているように腕を組んで、グリーンのロングヘアーをなびかせていた。


「おう、戻ってきたぜ」


 本当に、誰が教えたのだろうか。

 それよりも、よく、この場所が分かったものだ。王宮は広く、いくつも門があるのだ。その嗅覚には賛辞を送りたいのだが、送るべき言葉は、今は一つだった。


「なぁに格好つけてるんだ、ほれ、門の前でたむろするな、散れ、散れ」


 大人ぶる少年ネリーシャは、食い物をねだる犬を追い払うように、悪ガキ軍団を追い払おうとする。

 だが、素直に言う事を聞くのは、いい子ちゃんだけだと、即座に反発する悪ガキ軍団。


「なんだよぉ、心配してやったんだろぉ」

「そうだ、そうだ~」


 えらそうに、年長だろうブラウンのショートヘアーの悪ガキが口を開くと、腰にくっついている小さな赤毛のツインテールの女の子も、そうだ、そうだと腕をぶんぶんと振り回す。

 年長の悪ガキが、こうして次の世代を育てていく。ネリーシャの場合は、ご近所のお姉さんに振り回される日々だったと思うが、気付けば思い出に変わっていくのだ。目の雨の子供達が、懐かしい。

 今は浸ってもいられないと、ネリーシャは対、口走る。


「ったく………これから俺たち、出かけなきゃならないから――」


 言いかけて、ネリーシャは心で毒づいた。

 しまったと。

 目の前の子供達の瞳が、好奇心に輝きだしたのだ。

『出かける』

 この言葉に反応しないお子様がいるだろうか。

 いないと、かつて大人を散々困らせた自分が、断言した。次の瞬間には好奇心の塊たちが、連れて行け、連れて行けの、大合唱をはじめていた。


「お前じゃ心配だから、ついてってやるよ」

「どこ行くの、どこいくの?」

「駄菓子屋だろ、お菓子も出せよな」

「ねぇぇ~、どこ行くのぉ~」

「つれてって、つれてって~」

「お菓子は、お菓子は?」

「ねぇ~、ねぇ~っ、どいくのぉ~っ!」

「「「「「「連れてけ、連れてけ~っ」」」」」」


 ギャーギャオ、ギャーギャオと、悪魔どもが叫び始めた。生意気に、ついて言ってやるという発言もあるが、つれてけと言う意味である。

 もう、止まらない。

 ラマーナ一人でも頭の痛い話であるのに、もうどうすればいいのか。だが、ネリーシャは悩み、後悔し、縮こまる少年ではなかった。

 大人ぶって、言い放った。


「だめったら、だめだ。遠くなんだよ、遠くっ!」


 本人がどう思うか、周囲にはお子様の一匹だった。

 しかし、更なるお子様は、隣にいた。


「いいじゃん、いいじゃん、遠足、遠足っ」


 なぜお前もそちら側なのだと、ネリーシャは悪ガキ軍団に混じっているグリーンヘアーを見る。巫女と言うイメージを、たった一人で台無しにした十六歳のラマーナは、どうやら、ネリーシャを困らせて楽しんでるようだ。

 ネリーシャは、怒れば負けだと、自らをなだめた。


「いいか、帝国に行くんだからな、馬で何日もかかるって、すっごく遠くなんだからな」


 この言葉に、唯一の大人が反応した。

 帝国軍使節のナンシオ・コマージャンである。


「ちょっと待て、ガキどもも連れてくつもりか。俺らなら馬で何とかなるだろうが、子供づれだと、馬車か、馬車なのか、馬鹿なのか。お前は密使って意味、わかってんのか?」


 唯一の大人であるナンシオは、大慌てだった。

 ネリーシャも、反論は出来なかった。

 ナンシオの言うとおり、馬を使う予定だったのだ。あまり馬術は得意でないが、仕入れのため、ネリーシャにも少しは心得があった。

 もちろん、道案内のラマーナには馬の前を走ってもらうつもりだ。イジワルではなく、馬より足が速いらしいので、問題ない。

 なのに、悪ガキ軍団が加われば、馬車しか選べなくなる。早ければ早いほどよい今回の旅路では、さすがにまずい。

 と、一人が、驚きの言葉を発した


「森の隠し道があるから、帝国まで一時間もしないよ?」


 オレンジのショートヘアーに、琥珀色の瞳の悪ガキの一匹が、さも、常識であるかのように、口走る。

 そんな事も知らないのか――と、腹立たしい。むっとしたネリーシャは、そのために疑問を口にする機会を逸した。

 ありえないと。

 確かに、距離としては森を突き進むほうが早いだろうが、距離が半分以上縮まるはずもない。早馬を乗り継いでも、一日を越える距離なのだ。

 しかも、舗装されていない森の道では、歩みが遅くなるのだ。街道を使った遠回りと、森の直進と、どちらが勝ってもおかしくない。

 ネリーシャが疑問を抱いた隙に、子供達の会話は弾んでいく。


「あぁ、ルトゥークはラマーナ姉ちゃんと一緒で、外から来たんだっけ」

「森から来たんだっけ?」

「いや、住んでるんじゃなかった?」

「いいなぁ、ナティー、まだダメって」

「仕方ないよ、ナティーはまだ七歳なんだから」


 子供達の会話に、新たな疑問がわいた。

 ネリーシャを踏んづけたラマーナは、この王都に着たばかりと言うのは分かったが、ルトゥークと言う悪ガキもまた、新たな訪問者らしい。


「なんだ、悪ガキ軍団、昔っからの仲間じゃなかったんだ」

「ううん、ルトゥークとは今日………昨日?から」

「この町に時々来てたって話だけど、俺たちと組んだのは最近」


 ずっこけたい気持ちのネリーシャは、そういえば子供の友情は容易に結ばれると思い出す。

逢魔おうまが祭り』が、その筆頭かもしれない。

 七年に一度、各地から旅行者が集うのだ。そうして連れられた子供と、友情を育むのだ。次の祭りでの再会を約束しても、実現される保障はない。七年前の自分も、そんな無責任な言葉を吐いたような気がする、その記憶はあいまいだ。

 当時九つのネリーシャ少年である。見知らぬ友人達と遊んだような記憶があり、その顔を思い出そうと、子供達からやや意識が遠のく。


「前、王宮が改築された時が最初とか?」

「その後も、逢魔おうまが祭りの時も来たって」

「今回で三回目?」

「それは前だから、四回目じゃなかった?」

「今回も『逢魔おうまが祭り』が目当てだって言ってたもんね」

「なんだ、ちょくちょく来てるじゃん………」


 悪ガキ軍団の語る話に、色々おかしな部分があるものの、前回の逢魔が祭りの記憶をたどり始めたネリーシャには、気付けない。

 子供達も、気にしていない様子だ。いいや、気にするための常識が、不足しているのだ。

 気づいているのは、この中でただ一人、ナンシオ・コマージャンだけであった。


「王宮の改築………それって、今の王の前のときじゃなかったか、まさか………」


 そして、逢魔が祭りは七年に一度である。何度も到来していれば、いったいルトゥークと言う少年は、何十歳なのだろうか。

 まぁ、七年に一度の『逢魔おうまが祭り』と毎年の種まき祭りと勘違いしていることもあれば、大げさに言うこともある。子供なのだ。

 そう思えれば、よかったかもしれない。ナンシオ・コマージャンは、いやな汗をだらだらとかいていた。


「まさか、森の奥に住まうという――」


 続く言葉は、独り言にも漏れ出ていなかった。

 その表情は、ありえないものを見つめる瞳だ。引率を押し付けられた、それも名目上は敵国の軍人さんは決意した。名目どおりに、引率と帝国防衛軍との連絡役に徹しようと。

 ナンシオが自分で納得している頃、子供達の話も決着したようだ。

 ネリーシャは、大人ぶって命じた。


「ルトゥーク………だっけ?お前の言う隠し道を教えてくれるなら、連れてってやる。お前ら、ちゃんと親の許可、取れよな」


 ラマーナが止めてくれる可能性はない。加えて、ラマーナのように魔法の力を持っていれば、何かあるのかもしれないと、ネリーシャは思った。そのため、とりあえず隠れ道が本当に帝国につながっていなければ追い返すだけ。数時間を失うことになっても、これで子供達はあきらめてくれるだろうと。

 内心、親の反対を期待していたのは、ナイショだ。


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