第10話 下心は、身を滅ぼす
「宣戦の、布告か………」
王は、静かに言葉を繰り返した。
先ほどまでは、近所の寄り合いの楽しさをかもし出していた。しかし今は、王国の危機という緊張が漂う。
帝国軍の使節であるナンシオ・コマージャンがもたらしたのは、宣戦の布告であった。王国はかつて帝国の一部であったのだから、再び支配下に入れというものである。
もっとも、いざこざなどは百年以上昔に収まっており、形式的な宣戦の布告と、戦争の真似事をする程度だ。ここ百年余り、両国の間における戦争では、死者がゼロという、ごっこ遊び。
花火の打ち合い、という表現が、最もふさわしい。
今までは………
「いつもの文言にではありますが………いつもと違いますな」
「非公式には、形式的なにらみ合い、花火大会で済ませよう。そういった文言とセットだからな」
「それがなく、一方的な布告だ。本気………と言う判断をせざるをえん」
「姫の手紙の件がある。我らが、偽の手紙を本気に取る。その可能性を考えれば、防備を固めるよりもいっそ………そう考えても、おかしくはないが………」
手紙が、ヤバかった。
たった一通の手紙で、ここまで事態はヤバくなるのか。ネリーシャは、事態は思ったよりはるかに悪いのだと、緊張を思い出していた。ニセの手紙で争わせようとするなら、本物を送れば終わると言うのは、甘いのか。 密使の旅立ちは、まだ準備もしていないのだから。
しかしながら、どうやら帝国軍側でも困惑していたらしい。帝国軍の軍人、今回の宣戦布告を伝えたナンシオ・コマージャンも考え込む。
「将軍も、不思議そうにしておられました。皇帝陛下がこんな決断をするはずはないのだが………と。なるほど、そういった理由があったのですな」
誰もが、この戦いを止める機会は、今しかないのではないかと思い始めた。戦いが始まる前に終われば、それに越したことはないのだから。
「私の一存………いいえ、個人的感想であることを、先にお断りさせていただきます」
ナンシオは、丁寧な前置きを述べた。
「帝国は、戦いを望んではおりません。戦いを避けようとする姫殿下の手紙こそが本物と、私も思います」
今回の騒動の発端そのものが、偽装工作。両国が争う理由がないのであれば、ここで真実を両国首脳部に伝えて終わる。
大臣の一人が、ならばと、ナンシオに
「では、貴君の所属する部隊の将軍に、この会談での出来事を、伝えていただけますかな」
帝国側、王国側双方が戦いを望んでいない。何者かの策謀通りに戦ってやるいわれはないのだからと。
だが、という風に、ナンシオは答えた。
「私に交渉の権限はありません。………そうですな~、地位の証でもいただけないと」
遠まわしの言葉だったが、何かをねだる者の言葉だと、ネリーシャでも気付けた。帝国軍のお使いである使節ナンシオ・コマージャンが、ニヤついている。
もちろん、交渉の場に長年身をおいた重臣の方々は、気付いておいでだ。ナンシオ・コマージャンに負けず、わざとらしいほどに、ゆっくりと考える演技をした。
「そうですな、軍規はどちらも似たようなもの。それだけのお覚悟を見せていただいたからには、王国としては………」
重臣の言葉に前のめりになる、ナンシオ・コマージャン。
本人は気付かない。エサを目の前にぶら下げられている。そんな態度であった。
「特別に、わが国の密使と行動を共にする――と言うのでは、いかがですかな?」
言葉は、放ってしまっては取り戻せない。帝国軍の若きナンシオは今、取り戻せない厄介ごとを、背負わされたと気付いた。
さび付いたブリキ人形のようにゆっくりと首を回し、ネリーシャたちを見る。
ネリーシャは、いたたまれない気持ちで目線をそらせた。
気持ちがわかるためだ。
そこへ発育が大変よい、頭の中がお子様のままの少女ラマーナが、退屈そうに駄々をこねた。
「ねぇ~えぇ~、お出かけま~だ~?」
事態の深刻さを分かっていないのか、このおバカ。。
ネリーシャは心で毒づいたが、それは一瞬のことだった。
はるか帝国から、姫の手紙を届けた女である。ネリーシャの上に尻餅をつくドジをしたものの、ほぼ一人で成し遂げた。
手綱をとる人物が一緒ならばと、覚悟を決めたように、ネリーシャは企んだ。
「あぁ、そうだ。俺が大事なお手紙を渡したら、おまえは姫様と一緒に遊んでていいから」
これは、イタズラの許可である。イタズラっ子にとって、これほど意欲を刺激されることはないだろう、大人の悪知恵である。
大人ぶったネリーシャのこの言葉に、大人たちは、あわてて止めに入る。
「いやぁ、ネリーシャ殿、あまり騒がれては………」
「そうだぞ、少年。おてんばにまるで、イタズラの許可を与えるような言葉は慎むがよい」
おとなしくしていたら、後で遊んでいいという言葉。
かつて経験した道らしい、その言葉のもたらした災いが脳裏をたくさん巡って、頭を抱えていた。
知ったことではないネリーシャは、イタズラっ子の顔で、イタズラ仲間に同意を求める。
「ほらな、大人の皆さんが困ってるだろ、ワクワクするだろ」
「うん、するっ!」
両のこぶしをむんずと握る、女の子。
ついでに、双のふくらみも、たゆんとゆれるのは発育のよい証だが、もはやおバカの子と言う分類がなされている。今更どぎまぎするネリーシャではなかった。
「よし、これからイタズラしにいくぞ」
「おうっ」
類は友を呼び、
そう、年齢が近しいこの二人は、気付けば大人たちの頭痛の種。大人の思惑など知ったことか、とことん突っ走ろうと、共にこぶしを
そう仕向けた大人代表、国王陛下は、この間に手紙をしたためていた。準備の良いことである。ロウソクで封印をして、首から下げられている紋章を押し当てた。
出来立てほやほやの、厄介の種であった。
「それでは密使よ、そろそろ出かけてはどうかな?使節殿も、よろしくお頼み申す」
国王陛下に、とんでもないものを押し付けられた。ナンシオは国王の御前であるにもかかわらず、うなだれた。
「わぁ~いっ、おっでかけ、おっでかけ~」
「待てって、ちゃんと王様の手紙、持っただろうな」
お子様二人は、言い合いながら、謁見の間から退室していった。
これが、ナンシオ・コマージャンの苦労の始まりであると、大人たちの誰もが、同情の気持ちで見守っていた。
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