第9話 密使の仲間


「おぉ、戻ったか」


 ネリーシャが謁見えっけんの間に戻ると、ダーカジラン王国の国王自らが、声をかけて下された。

 ネリーシャは願った。

 先ほど密使に任じると言ったのは、冗談だ。そう言ってくれと。

 もちろん、そうではないと、すでに分かっている。帝国から使節が訪れたので、来るようにと言われたのだ。

 そこには、見慣れぬ軍服の男がいた。色合いというか、ちょっと違うと分かるほどに、違っていた。

 装飾が仰々しいというか、そんな印象を受けていた。


「王様………ご用ですか?」


 ネリーシャは、これが国王への言葉遣いではないと思っている。しかし、しがない雑貨屋の息子が、身分高い方々への、正しい言葉遣いなど、知っているはずもない。そのため、いい加減な対応ではなく、ネリーシャらしい対応となったのだ。

 王様もそれに合わせたのか、どこか近所のおっさんらしい雰囲気で、お答え下された。


「おお、そうだ。帝国の人間が来たのでな、挨拶をしとけ。それなりの身分であるぞ?」

「まぁ、ワシや陛下には及ばぬ。君が今更気負う相手ではなかろう」

「貴族であることには、違いないのだがな?」


 国王陛下に、重臣の方々は楽しげだ。つられて、ネリーシャも愛想笑いをしていた。さて、いったいどうしろと言うのかと。

 代わりに答えたのは、見知らぬ軍服の男だった。


「お初にお目にかかります。私は帝国軍国境部隊より派遣されました使節、ナンシオ・コマージャンと申します」


 二十代半ばだろう男は、恭しくお辞儀をしていた。遠くからでもよく目立つ、赤い上着に、肩口から何か大げさな飾り帯を掲げていた。

 ただ、実戦経験はどうかと言う、疑問符が付く体格だった。


「秘書の方ですか?」


 少年ネリーシャは、物怖じしない人物になっていた。

 そう、国王陛下を近所のおじさん扱いであれば、もはや何を恐れる事があろう。店の天井をぶち破ってくれた少女ラマーナとの出会いで、ネリーシャはこの王国の臣民の枠から、外れ始めていたのだ。


「む………ところで陛下、その少年はいったい………」


 男、ナンシオは、さすがに使節に選ばれるだけあって、不愉快を隠す能力もお持ちのようだ。

 隠しきれないあたりは、程度が知れようというもの。恐れ知らずの少年ネリーシャは、何と自ら名乗った。


「はい、これから帝国に誤解を解きに行く密使です」


 ネリーシャは、きりっとした瞳で答えた。本人は大真面目のつもりの、お子様の返事である。

 イタズラを楽しみにする、悪ガキの顔にも見える。

 一方の帝国軍使節、ナンシオは思った。

 密使が名乗ってどうすると。

 やや間を置いて、ナンシオは挨拶をした。


「………は、初めまして、密使殿。なるほど、密使であれば、見た目で油断させるのも道理ですなぁ………なるほど、密使が密使と名乗るなど、なるほど、なるほど………」


 なにがなるほどなのだろうか、本人にも分かっていないはずだ。ネリーシャの素直なお返事に、動揺しているのが見て分かる。

 改まって、深々とダーカジラン国王にお辞儀をした。


「さすがは百年に及ぶ戦乱を、局地のにらみ合いで続けてこられた王家を今に引き継ぐお方。国王陛下の思慮の深さ、敵国ながらこのナンシオ・コマージャン、敬服いたします」


 深々と、敬意を持ってお辞儀をしていた。

 やや芝居がかっているが、本心で敬意を払っているらしかった。

 一方の、敬意を払われた王様は、困り顔だった。


「ははは、お若い方、そうそうおだて召されるな」


 国王陛下の額からは、脂汗が一粒、流れていた。

 もはや、この場の主人公は、この二人ではなかった。

 密使だと、自ら名乗った少年ネリーシャの独壇場になっていた。

 だが、密使は一人ではない。そう、ネリーシャは本来オマケであり、手紙の運び手は、ここにいる。

 その人物が、元気よく腕を掲げて、ご挨拶申し上げた。


「そして、私がリーダーっ!姫ちゃんと一緒に盗み食いする予定なの。また、追いかけっこするの」


 いたずらっ子のラマーナは、待ってましたとばかりに、元気よく宣言した。

 策謀うごめく外交戦を引っ掻き回す、真のイタズラっ子様である。

 自らは大人だと自負する雑貨屋のせがれネリーシャは、大慌てでラマーナの口をふさいだ。


「このバカ、大事な会議なんだから、おとなしくしてろって言っただろ」

「だって、退屈だったんだもんっ」


 町の子供達のケンカが始まった。

 印象としては間違いなく、外交の場にいてはならないお子様達だった。

 だが、さすがは外交の舞台に送られた帝国軍使節、ナンシオ・コマージャンである。驚き、呆然とするばかりではなかった。

 聞き逃してはならない単語を、逃さなかった。


「………姫と………ですか。まぁ、私も宮中の噂など、多少は聞きかじってございます。そうですか、第三皇子婦人のご友人でいらっしゃいましたか。なるほど、なるほど」


 なにがなるほどなのだろう、これも外交上の、礼節らしい。


「さて、そろそろ使節殿の用向きを伺うとしよう」


 ゴホン――と、重臣の一人が、砕けすぎた議場の進行に入った。


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