第7話 ネリーシャ、密使になる
「それでは、この者達に密使を勤めてもらうということで、各々方、よろしいな」
この言葉をもって、御前会議はお開きとなった。
なぜだ。
少年ネリーシャは、恐る恐る手を上げた。
そして、訊ねた。
「………あのう、オレまで密使に名前を連ねている件については………」
「各々方、よろしいですかな」
「異議なし」
「まさに」
「そのとおり」
――と、言うことで………
「――って、なんでだよ」
ネリーシャは一人突っ込みを入れていた。国王が手紙を書き終えるまで、控え室で休むように言われていた。
「手紙渡して、終わりじゃないのかよ」
小さいと言っても、ネリーシャにはとても広いお部屋だ。きれいに磨かれた石の床の上には、カーペットまで敷かれている贅沢であった。
カーペットが敷き詰められた廊下でさえ、緊張していたのは懐かしい思い出だ。今は、突然押し付けられた大きすぎるお役目に、頭を抱えていた。
「おれ、ただの雑貨屋の息子だぞ、貴族の隠し子とか、魔法使いの弟子とかじゃ、ないんだぞ」
しがない雑貨屋の跡取り息子が、なぜか王様に手紙を渡す羽目になった。そこまでは、仕方がない。偶然によって、ラマーナが腹を直撃したためである。
素直に門番に渡せばよかったものを、ラマーナが王宮の屋根を登って、
予想外だったのは、御前会議にまで出席したこと。
しかし、重要な手紙であれば、手にした人物が最後まで責任を持って届けるのは、当然かもしれない。本来は屋根を突き破ったラマーナの役割だが、何かしでかしそうであるため、ネリーシャが役割を引き継いだのだから。
それなのに、密使として、国王の手紙を届ける役割を押し付けられたのだ。
「冗談だ、王様はおてんば姫の父親だから、きっと冗談なんだ、そうなんだ」
冗談でないところが、恐ろしいところ。
なにより頭が痛いのは、密使を仰せつかったことではない。ラマーナの、このおてんばの世話係を押し付けられたことである。
魔法使いと言うには疑問のおてんばは、となりで退屈そうに、足をぷらぷらさせていた。
そわそわと、今も何をしようかと言う好奇心の塊だ。
何かやらかさないと、心配だ。
「ネリーシャ、大丈夫だって。走れば、半日もしないから」
頭痛がした。
そんなに、短い距離のはずがない。隣国と言う表現であっても、王都から帝都までの距離が、走って半日と言うわけがない。
それは、馬にとっても無謀である。全力疾走で、何時間も走り続けることが出来るものか。途中でへたばって、倒れるのは常識。そのために、要所、要所に駅舎があり、緊急連絡は馬を乗り継ぎ、伝えられるものだ。
それを、小さな荷馬車を扱った経験しかないネリーシャが、出来るわけもない。
帝都からここまで、半日もかからずに走破したラマーナが、異常なのだ。
しかし、それが出来るために、姫が手紙の運搬を頼んだのだろう。もちろん、姫殿下の信頼の厚いイタズラ仲間と言うことも、理由ではあろうが………
「お前が巫女様って………神殿のお役目とか、いいのかよ」
「だってぇ~、おじいちゃん達のお話、退屈なんだもん」
退屈で仕方なく、脱走した悪ガキに、間違いはないようだ。悪ガキと言うにはお姉さんだが、意地でも、お姉さんと言う分類にはしたくない。
だが、認めざるをえない。
いたずらっ子ラマーナが、生まれ持った才能ゆえに、神殿で育てられた巫女様と言うことを。
正しくは、魔法巫女と言うのだったか、そのあたりは知らない。
ネリーシャが知っているのは、西の森の、さらに奥に、神殿があるということ。さらに西の果てに住まうという神々と、その眷属とのつながりを取り持つ、大切なお役目を与えられているということだけだ。
王家のみ、用いることが出来る三対の腕の怪物の姿こそ、神々の姿である。御伽噺と言うか、神話と言うか、怒りを買えば災害をもたらし、共に歩む友人であり続ければ、守護神でもある。
まぁ、自分を害する相手を守るバカはいないということだろう。それは教えと言うことで、王国に住まう誰もが知ること。
ただ、知っているだけ。
御伽噺といわれるほどの昔に大きな戦いがあり、それをきっかけに、人以外の種族との交流が禁じられたのだ。
神殿を境界として、人にありながら、魔物と同じく不思議な力を使う魔法使い達が住まい、人との関わりを守っている。
それは、人を超える存在と、共に過ごす力の持ち主と言うことである。
屋根をリスのごとくよじ登り、即死は確実の高さから、軽々と飛び降りるラマーナを見ていては、信じるしかない。
ただ、その能力と無邪気さから、野生児と言うか、野生の獣を相手にしたほうがマシと言うか………
「はぁ、帝国まで、コイツのお守りか………」
王族や貴族でもなく、魔法の力など持たない平凡な少年には、関わりのないはずの物事が、突然身近になってしまった。
神々に仕える巫女様と呼びたくはないが、確実なことはある。
馬より早く駆けるに違いないラマーナを、どのように抑えるのか。密使と言う重要な役割をおおせつかった少年ネリーシャは、頭を抱える以外に何が出来よう。
そこに、突然、扉が叩かれて、おっさんが入ってきた。
将軍だったか、大臣の一人だったかはどうでもいい、大変な事態が訪れたらしい。
「おい、少年、ちょっと来たまえ」
よいところの生まれであり、それは言葉に仕草に現れる。
慌てていれば、関係ないらしい。
帝国軍から、使節が訪れたというのだ。
密使を送ろうという準備中、またも、出来事は訪れた。
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