第6話 御前会議、おてんば経由
なんでだ?
とっても広く、豪華なお部屋で、少年ネリーシャは思った。
間違いなく、場違いなお部屋にいるという、自覚がある。とても広く、百人ほどが、寝転がっても過ごせるだろう、広大なドーム形状のお部屋だった。
ここで待つようにと、案内してくれた城の兵士が説明したが、その後はポツリと、置いてけぼりを食らっていた。
手紙を城の衛兵に渡して、終わりのはずだったのだが、おかしい。部屋の中央に座るおっさん達が、声をかけてきた。
「おぉ、早くこちらへ」
「姫の手紙か」
「なぜ、少年が?」
「ともかく、王のお越しを待とう」
三日月形の、それはそれは大きな、木製の机だった。樹木を、縦に割っ手作られたのか、しかし、巨大だった。大勢が集まり、議論するには十分なサイズであり、様々な書類や、ロウソク、飲み物などが置かれていた。
ネリーシャの前にも、置かれていた。
「………?………………」
飲んでいいのだろうか、誰も口をつけていないし、下手をしてこぼしてしまっては大変だ。中身は水だと言うが、それにしては、とても贅沢なグラスに注がれている。
木製の食器で、井戸水を汲んで飲むネリーシャには、手にしたこともない類の高級品である。
「国王陛下の、おなりだ」
そばにいた壮年の男性が、教えてくれた。
全員が立ち上がる。
あわてて、ネリーシャも立ち上がる。
ここは御前会議が開かれる空間である。ネリーシャの隣に座るおっさんも、目の前にいる爺さんも、誰もが将軍や学者や大臣や、ダーカジラン王国の重鎮の皆様である。
ネリーシャはなぜか、その御前会議に招かれていたのだ。
この状況に、十六歳の少年が緊張しないわけはなく、むしろ、卒倒しない勇気をたたえるべきである。
もう、戻れないあの日々。
悪ガキ軍団がお菓子をちょろまかそうとしないように目を光らせていた、あの緊張感が、そよ風に感じる。
「皆、席に着け」
お言葉により、ネリーシャは現実に引き戻された。
遅れないように、静かに椅子に座る。
柔らかなクッションが、贅沢すぎた。あまりに立派過ぎて気後れするが、座らないと失礼である。もはや、どうにでもなれと言う心境である。
「それでは少年、手紙をここに」
言われ、ネリーシャは静かに立ち上がる。座ったばかりでおかしな感じがしたが、言われるままにするしかない。そのために、ご列席の方々には、ネリーシャがまるで物怖じしない、度胸のある少年に見えたらしい。何人かは感心したような眼差しを送る。
次の言葉で、大きくその目が開かれることになる。
「これが、おバカが持ってきた手紙です」
つい本音が出てしまった、少年ネリーシャ。
緊張のあまり、礼を尽くさねばならないと気を張ったあまりに、心の声が素直に現れたのだった。
説明が必要だと、ネリーシャは理解した。
「あぁ、いえ、屋根をぶち破ったんですよ。アイツ、帝国でもやらかしてて、盗み食いのついでに、姫様と出会って――」
ネリーシャは、いきさつを説明しているつもりだった。
しかしながら、要点を得ないお子様の言葉に戻っていた。緊張のあまり、何より、普段はかしこまった言葉遣いの無用の雑貨屋の跡取り息子なのだ。
無茶であった。
こんなことなら、アイツこと、あのグリーンヘアーの少女、ラマーナに手紙を返して、終わりにしていればよった。
ネリーシャは、そう思ったのだが………
「あのおてんばめ………嫁にいっても変わらぬか」
国王陛下は、頭を抱えておいでだった。
おてんば娘に振り回される、父親の姿に変じていた。
老臣の一人は、机に白髪頭を突っ伏したまま、動けない。
「王よ、これも教育係であったこの老体の不徳の致す所。もう、煮るなり焼くなり、好きになさいませ」
神妙なる時間を返せ。
そんな気分がたっぷりと伝わってきた。
「えっと、その姫さまのお手紙です。どうぞ」
ネリーシャからは、緊張が消失していた。
「おぉ、すまん」
近所のおっさんのような気軽さで、手紙を受け取る国王陛下。
そして封印の蝋をしばし指でなぞり、ペーパーナイフを手に取った。
「さて、どんなイタズラをしたことやら」
おかしい、話がずれている。
しかし、それでよかったのだ。
手紙の主が、あの懐かしいおてんば娘だと、誰の目にもよみがえった。これで、手紙の真偽は、明らかとなるのだと。
書き出しには、こうあった。
――父陛下には、まだ生きていたのかと、驚きをもってペンを走らせます。
国王陛下は、肩をがっくりと落とした。
「間違いない、娘だ」
父親の悲哀が、見て取れた。
まだ子をなしていない少年ネリーシャにも、みぞおちを踏んづけてくれたおバカが娘であったらと、同情を禁じえなかった。
早春の、心地よいある朝の日、のんびりと寝転がって店番をしていた。木造一階建ての、雑貨屋の跡取り息子の、ささやかなる贅沢なる時間。
そんないつもの時間が、踏んづけられて終わったのだから。
「ご苦労………なさったんですね、王様」
「あぁ、分かるかね」
「あのおバカと親友になられるお人なら、まぁ、察しが付くというか」
そう、察しが付く。
邸内を、なぜか手を携えて逃げる姫とラマーナ。
そう、見ていないのに、姿が目に浮かんでしまう悲しさは、ネリーシャがすでにラマーナと関わってしまったためだ。
「少年、いいから、席につきたまえ」
お願い、それ以上言わないであげて――と言う、側近さんの心の声が聞こえた気がした。
「はい」
少年ネリーシャは、素直に従った。
もはや、御前会議の印象は消え失せ、近所の寄り合いも同然になった。
まぁ、近所の寄り合いであっても、初めて出席した時には緊張したものだ。なぜか、国王陛下がご近所のおじさんに見えたのは不思議であった。おそらく、おてんばに振り回された、その相憐れむ心がなさしめたのだろう。
十六歳の小僧が、国王陛下に対し不敬きわまるが、この国ではそれでいいらしい。
「かいつまめば、策謀だ。教育係がそそのかされていたと。よくある話といえばそこまでだが、話はこれで終わらぬな」
御前会議の印象が、戻ってきた。
「陛下、それで姫は………」
「あぁ、娘はな、この事を夫たる帝国第三皇子に伝えると記している。だから、我らも下手な動きをするなと言うことだ………それはつまり」
「帝国側は、偽の手紙が我が方に送られたことを知っている。と言うことですな」
「そして、本物の手紙が届く保障もない。その可能性を考えるでしょうな」
「なれば当然、我が方が戦争準備を始めてると思い、迎撃準備を行っているはず………」
ネリーシャは、自分がとんでもない事態に巻き込まれたのだと、改めて感じた。
いいや、ラマーナが天井を突き破って落ちてきた。そのラマーナが姫の手紙を手にしていた時点で、とってもいやな予感がしていたのだ。
戦争の予感だったのか。
ならば――
「なら、お手紙の返事を出せばいいですよね。帝国に………姫様があいつ、ラマーナに手紙を託した理由って、陰謀してる人たちを出し抜くためでしょうから………その、アイツ、魔法使いみたいで………えっと」
言い出しながら、ネリーシャの言葉は歯切れが悪くなっていく。
皆様の視線がネリーシャに集まった。自分が場違いにも、御前会議で勝手に発言したのだと理解してしまったためだ。
とっても、気まずかった。
ただ、叱責を受ける類でないことは、様子で見て取れる。
その時だった。
「私が手紙を?いいよ」
ラマーナが、頭上にいた。
おとなしくしていろと、店においてきたはずのグリーンヘアーが、垂れ下がっていた。
「おい、またオレの上に落ちてくるなよ」
見上げたネリーシャの言葉を合図に、ラマーナはリスのようにタタタタッ………と、駆け下りた。
どうやったのか、駆け下りた。
「失礼な、もうおなか一杯食べて――さっきは疲れてたからだよ」
すっと、となりに到着して宣言した。おバカと言う言葉は、とても素直と言う意味でもある。それは見事なる自白であった。
「おまえ、店のものをまた勝手に………」
ネリーシャの言葉に、ラマーナは、縮こまって頭を守る仕草をする。
しかし、ネリーシャの言葉は、途切れた。
痴話げんかが始まる。
そう思われては大変だと、ネリーシャはわざとらしく、咳き込んだ。
「どうしたの、カゼ?」
いつもは殴ってくるくせにと、とっさに頭を押さえて縮こまっていたラマーナが、不思議顔で見上げていた。
その様子に、誰もが納得の顔をしていた。
「なるほど、我が姫と友人になったわけだ」
「本当に、姫の皮をかぶらねば、そう、まさにその娘とそっくりだ」
「おぉ………申し訳ありませぬ。私が教育を誤りましたばかりに」
相憐れむ、大人の世界であった。
なぜか分からないお子様の顔のラマーナと、ちょっと大人な気持ちになってきた少年ネリーシャ。
ただ、それで話はまったく進まない。ネリーシャは、覚悟を決めた言葉を、改めて重臣の皆様に伝えた。
「あの………さっき言いかけましたけど、こいつ、こうなんです。ですから、手紙を運ばせてはどうでしょうか」
ラマーナが優れた運動能力の持ち主であることは、今の、天井から駆け下りる姿で披露されている。
手紙の運搬の実績は、国王の前の手紙だ。最後の詰めで失敗しているが、今度は気をつけるように言えばいいだろう。
ネリーシャは、子供向けの言葉で、向かい合う。
「お前、姫様のところまでお使いできるよな?」
「うん、任せて。ちょくちょく盗み食いに――遊びに行ってるトコだもん」
言い直した。
なんだかとんでもない発言だった気がした。
ラマーナも自覚があるらしく、静かに周囲を見渡す。
さすがに口笛でごまかすには人数が多すぎたようだ、ラマーナは必死に弁解の弁を述べる。
自白とも言う。
「待って、待って、姫ちゃんと一緒にお菓子をちょっとつまむくらいで、さすがにみんなの食料に手を付けるような事はしてないよぅ」
限度はわきまえているらしい。
そして、ネリーシャにぶたれると思ったのか、手をワタワタさせる。
見た目こそ十六歳の少女だが、その言葉に仕草は、イタズラ盛りのお子様そのままであった。
だが、一緒にイタズラをした存在が、大人たちの頭を悩ませていた。
「あのおてんば………よそ様の家でまでイタズラを………」
「王よ、お気を確かに」
「おぉぉおおお………この老臣がしっかりしてれば………おぉぉおお」
約一名の白髪頭が、本気で涙を流し始めていた。
おかしい、国家の存亡をかけた会議のはずが、ご近所の寄り合いにしか思えない。身分と言う皮をかぶらなければ、偉いおっさん達も、おっさんに過ぎないと知った、十六の春のネリーシャであった。
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