第5話 姫の手紙
よく
巨大な樹木をたてに真っ二つにしたような、三日月形の机であった。どのように真っ二つにしたのか謎である、十数人が取り囲んで、余裕のあるサイズであった。
取り囲むのは、この王国、ダーカジラン王国の重臣たち。
ここは、御前会議の間であった。
「この手紙は、本物か?」
分かりきっている質問を、重臣の一人は、改めて確認をする。
手紙は、すでに開封されていた。
王国の運命を決めた手紙。
後にそう呼ばれるに違いないと、誰もが見つめていた。封印の蝋の紋章は、ダーカジラン王国の第三王女、ラオダ姫のものだった。
もしもこれが偽造であれば、偽造した人物は死刑。関わった人々も、一生牢獄暮らしか、よくても国外追放となるだろう。
それほどの、重罪なのだ。
その理由が、重臣達が頭を抱えていることからも分かる。紋章が印された手紙一つで、いま正に、国の運命が分かれようとしているのだから。
「紋章は、肌身離さずいるわけではないのだ、その気になれば偽造できよう。死罪を覚悟で、世を混乱に陥れようとする者は、まれにいる」
老人が、頭を抱えたい心境を押しやって、答える。
王家に長年仕えた、王の最も信頼厚い臣下である。引きずりそうなほど、立派に蓄えたひげに、重厚なコートは身分の高さを表す。姫の教育係でもあったため、筆跡の鑑定に呼ばれていたのだが………
「代筆させたと断ってあっては、紋章のみが姫の意志の証となります。しかし………」
「帝国に嫁がれた姫からの手紙………いいや、警告………か」
手紙には、帝国が侵攻を開始すると、記してあった。王国は、一刻も早く戦いの備えをしろと。
敵国からの密告であり、命をかけた言葉である。応えるのが、願いを託された人々の義務である。
「素直に受け取るのならば………だがな」
「しかし王よ、この手紙がニセモノだったのなら、大変なことになりますぞ。戦の準備をした。それが帝国へ開戦の合図になりますからな」
「周囲の目と言うものがある。ダーカジラン王国に隣接するのは、カブール帝国だけではない。それに、人以外の目もあるのですからな」
「ですが、もし本当であれば、この王国を守るために――」
「いいや、それが狙いかもしれない。わざわざ百年に及ぶ平和を、我らが壊す愚は――」
口々に意見を述べる出席者達。
その誰もが、ありえない、あってはならないと叫びたかった。
百年以上の昔の戦乱を苦い記憶として、ダーカジラン王国と、カブール帝国は共に、敵国と言う言葉を形式にするほど安定した関係を守ってきた。
その安定を、百年の永きにわたって維持してきたのだ。
それほどに、帝国と王国の関係は安定しているのだ。戦いを避けるべき工夫に、さらにその意志が強固なのだ。
「帝国でないならば、我らの土地が欲しい、衰退しつつある国家連合に、怪しい思想団体、宗教団体………まさか、緊張状態が続くことを嫌った神々の――」
硬い音が、響いた。
沈黙していた王が、杖で石畳を叩いたのだ。
重臣たちに、無言の圧力が加わった。
「軽々しく、噂を立てるものではない。特に神々への言葉は、慎まれよ。策謀の必要なく、我らを滅ぼせる力を備えている。神話は事実を伝えていると、忘れたか」
静まった議場に、王の言葉はよく響いた。感情に任せた怒声ではない、冷静な声であることが、より効果を与えている。
熱を帯び始めた議場は、おかげで冷静さを取り戻した。
王の威厳と言うよりも、神々への恐れが、大きく作用した。帝国、王国が共に神々としてあがめる存在が、決して自分達の守護神ではないと知っているためだ。
帝国との争いは、この圧力のために抑えられたとも言える。こうした安定は、すでに神々の存在を御伽噺とするに至った今も、続いている。
その間に憎しみも、欲望も、希釈され続けた。今や異なる勢力として、一定の共同歩調をとる関係にまで、安定している。
それは恩恵として十分であり、恐るべき存在をあがめ、神と呼ぶことに躊躇などなかった。
互いの、適度な距離。
それは、人の問題は、人が解決するという自助努力に帰結する。
「なれば、我ら自信が考え、動くしかありませんな」
「そう、我らの事は、我らのみで行わねば………」
堂々巡りの議論になる予感に、全員がため息をついた。
自分達の身は、自分達で守るしかないのだ。
今は、この手紙の言葉を信じるか、黙殺するかで、大いに悩んでいた。
一通の手紙を、全員が見つめていた。
そこに、急ぎの報告が入った。
「申し上げます、ラオダ姫殿下の手紙を預かったという少年が――」
兵士の報告が終わるまでもなく、数人の重臣が、立ち上がった。
思わずと言う行動は、混乱と驚きを表す。目の前の手紙の真偽を疑っていたところへ、第二の手紙の登場なのだ。
ネリーシャ少年の、登場である。
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