第4話 あきらめが、肝心


「散らかってるのね………」

「てめぇらが暴れたせいだ。ちなみに、一番の被害は屋根だ。弁償しろ………っ言ってやりたい所だけど、とっとと説明しろ、コラ」


 遠慮は、消えていた。

 雑貨屋のせがれとして、ネリーシャは人付き合いの大切さを、幼いころから教えられてきた。

 その成果が、近隣住人の証言と言う、早期の釈放しゃくほうである。

 だがしかし、限度と言うものがある。


「あとで片づけを手伝ってもらうとして、この手紙は、いったい何なんだよ。なんでおまえは追われたんだ」


 大声にならないように、気をつけた。

 すでに隣近所で噂になっているだろうが、今はまだ、警備の手違いによる捕縛であるという、正しい噂のはずだ。

 だが、本来捕縛されるべき人物をかくまっていれば、どうなる。

 いやな汗をかきながらも、疑問が首をもたげる。

 なぜ、おバカそうなこの女がこんな重要な手紙を持っているのか。王家の紋章が印された手紙など、それなりの地位の人物でなければ、運搬することが出来ないはずだ。その人物が盗賊やスリに襲われた。そして襲った相手が品物の重要さに驚いて、何とかしようと動いている。その可能性が、最も高い。

 まぁ、盗賊の仲間にされる危険は、平凡な少年には十分に重たいものである。

 答えは、少女がもたらした。


「これ、帝国にお嫁に行った、ラオダ姫の紋章だよ」


 ネリーシャは、耳を疑った。

 おバカと思っていたのに、自分よりも知っている。王家の紋章が、神々を表す三対の腕を持つ怪物の姿と言うことは知っていても、それだけだ。腕の角度、武器や作物など、手にするものだけで、さらに個人を特定できる。

 それを、特定できたのだ。信じたくはないが、姫の手紙を託される地位の人物である可能性が出てきた。

 目の前の少女が、まさか貴族の関係者。

 あるいは………


「ラオダ姫って………なんでそんなこと分かるんだ、まさか、まさか………」


 驚きの真実が、もうすぐ明かされる。その予感におののく少年、ネリーシャ。

 一方の少女は、どこか得意げなお顔になる。

 そう、私こそが――と胸をはる。

 ついに、ネリーシャは叫んだ。


「おまえは、王族をも恐れさせる大盗賊だと言うのかっ!」


 胸を張っていた少女が、つんのめる。

 まさかあなたが王女様だというのか――そんな勘違いを吐いて欲しかったに違いない。


「ちょっと待ってよ。その流れだと、あなたが王女様だったのかって、かしずくとか、見直すとか、そういったシーンでしょ?なんで盗賊なの」

「いやいや、お前が王女ってのはあまりに不敬ふけいってもんだ。間違えても、それはないっ」


 少年ネリーシャは、言い切った。

 なお、これはイジワルから来るだけではない。

 面識はないながら、帝国にとついだ姫とは、燃えるような赤色だったといわれている。年齢も、十八歳だったか、十九歳だったか、少なくとも、自分よりは年上だ。

 目の前の野生児は、おそらく自分と同年代で、毛髪は癖のあるグリーンヘアーだ。

 何より、姫であれば警備に追いかけられるはずもない。


「っていうわけだ。まぁ、お前の態度が、姫じゃないって白状してるけどな」


 改めて、その姿を見つめる。

 髪の毛は、少し波打った癖のあるグリーンのロング。瞳は美しい鮮血色。発育は大変よく、出会いが出会い出なければ、どぎまぎしていただろう事も付随しておく。

 しかし、出会いはとても大切だ。十六歳の少年ネリーシャにとっては、目の前の少女が半ば、野生の獣のようだと、感じ始めていたのだ。


「やんっ、そんな獲物を見るオスの瞳で見ないで」


 少女は両頬を手で押さえ、恥らう仕草をした。

 少年ネリーシャは、次の瞬間、ドツいていた。


「ってぇ~………女の子に暴力を振るうなんて、最低よ」


 野生児は、両手で頭頂部を押さえ、かがんでいた。この仕草は、正にご近所の悪ガキか、あるいは野生児だ。

 ネリーシャは、言い放った。


「女の子って上等な生き物か、お前は。いきなり屋根ぶち破りがって………ふざけてないで、話を進めろ、話を。お前はいったい何をやらかしたんだ」

「っとまって、私がやらかしたこと前提なの?」

「当たり前だ。悪ガキ軍団まで引き連れてきやがって、店のもの勝手に食うな。本当ならな、屋根の修理代に、勝手に食った菓子代も請求するトコなんだぞ」


 ネリーシャは暗に、非常事態であるため、今回は見逃すと言っている。

 何か事情があることは、理解すると。

 まぁ、請求したらしたで、犯人を知っているという扱いにされてしまう。それは平穏な日々への別れを意味する。そんな計算が働いたことも、事実である。

 すでに手遅れの予感もあったが………


「非常事態ってのは分かったから、なにがあったんだ、話せコラ」

「分かったわよ、ってか、あんたこのナイスバディーの」


 ネリーシャは、こぶしを、再び握った。

 肉体美を強調しようとしていた少女は、さすがに調子に乗りすぎたと理解したのか、手をワタワタとさせて姿勢を戻す。本来の目的は、親交を深め合うことではないのだ。

 名前も知らないのだ………

 と、まだ名前も聞いていないことに、ネリーシャは今更いまさら気付いた。

 そして、たずねた。


「で、おまえ、名前は?オレはネリーシャ。この雑貨屋の跡取り息子の十六歳」

「私はラマーナ。あんたと同じ十六………たぶん?」


 おバカと言う印象は、固定してよいらしい。野生のままに生きていれば、年齢など無用のものといわんばかりだ。

 だが、それは自分の常識だと、ネリーシャは突っ込むことをやめることにした。

 知らない町、知らない村では、自分の常識は非常識になる事もあると、学んでいる。よそ者という言葉で、常識ハズレをしても許してもらえると、身を持って経験したのだ。それが、悪ガキを卒業、跡取りとしての成長を始めたときだったのかもしれない。

 少し苦い思い出がよぎり、すぐに吹き飛ばす。

 今、気にすべき事は、他にある。

 ラマーナと名乗った、自称十六歳の少女は、語った。

 この手紙を届けねばならないのだと。

 ラオダ姫に頼まれたのだと。


「昨日、姫ちゃんのところに遊びに行ったら、真剣な顔で、この手紙を届けてくれって。そうでないと、戦争が起こっちゃう――って」


 姫と友人であるように聞こえたが、手紙を託されたのは、本当だと信じるしかない。ここにあるのだから。

 いいや、そもそも帝都からここ、ダーカジラン王都まで、そんなに近いはずがない。馬車で一週間どころか、早馬でも、昨日の今日に到着できるはずがない。

 ネリーシャはわきあがる疑問のうち、肝心なものを口にした。


「――っておい。それなら、お前を追ってた町の警備兵たちに事情を話して、手紙を渡してもよかったんじゃないのか?俺と一緒で、王家の紋章だって事は分かるんだぜ?」


 言うと、ラマーナは何かをごまかすように横を向いて、口笛を吹き始めた。

 口笛は苦手らしく、口で、ぴゅ、ぴゅぴゅぴゅ~と、語っていた。

 やはり、やらかしたようだ。


「まさか、いきなり王宮に侵入しようとした………とか?」


 当たりだと教えるように、口笛が、とぎれた。

 そして、より忙しく、口笛のまねごとをはじめた。

 ラマーナは恐れ知らずにも、無断で王宮の壁をよじ登ったと言う。ネリーシャのこぶしが、再びうなる時が来たようだ。

 ラマーナは、あわてて手を振って、弁解を始めた。


「あっ、ちょっとまってよ。ちゃんと姫ちゃんのお父さんに渡そうとしたの、直接。そうしたら………曲者くせものだって………失礼な、私こんなに可愛い女の子なのに」


 肉体美を強調するように、ポーズをとった。誰かが、入らぬ知恵を与えたことは決定だ。両手を頭の上で組んで、バストを強調するポーズをとっていた。猿真似でも、十分に威力を発揮することが、腹立たしい。

 健全な十六歳男子、ネリーシャは、思わずに、その手が伸びてしまった。

 遠慮なく、こぶしを振り下ろした。


「って~………なんですぐ殴るのさ」

「バカは、殴るしかないのさ」


 ネリーシャは、それでも加減はしている。相手が女の子だからではない、いい加減にしろという、ただのツッコミである。

 イタズラへの注意勧告で用いられる、程度の力である。

 この手も通じない場合は、親か警備兵の出番となる。


「可愛いとか、女の子とか、そういったことに配慮してどうする。いきなり王宮に誰かが侵入しようとしたら、警備兵が飛んでくるに決まってんだろ」


 都市に生まれ育った者が持つ常識を、どうやら持ち合わせていないらしい。

 だからこそ、疑問の答えも限られる。


「ってか、お前が帝国に嫁いだ王女様と知り合ったのだって、まさか帝国でも何か盗み食いをしようとして、逃げてるところにばったり………とかじゃ――」


 口笛演奏が、再び始まった。

 こぶしもまた、震えだす。

 そして、力なくうなだれる少年ネリーシャ。


「冗談のつもりだったんだぞ、これでも………」


 さすがにそこまでのおバカさんだとは、思わなかった。そこで考えうる可能性は、バカらしい話が現実味を帯びてくる。


「ところでアレか、そうして逃げてる途中で、この町の悪ガキ軍団と意気投合して、そこに警備兵と目があって、屋根伝いに逃げてきたところ、オレと出会った。そんなトコか」


 正解と示すようにピュー、ピューと、言った。


「巻き込んでやるな。善良な悪ガキどもだ。せいぜい、親を呼び出されて叱られる程度のイタズラで終わらせてやれ」


 うなだれていた。

 王宮へ忍び込もうとしたおバカが加わるだけで、盗賊と言う枠に変わってしまう。

 そのために、暴力に訴えてでも、止めるのが、大人の役割なのだ。

 今回は、事情が事情であるために、手段は一つ。


「まぁ、仕方ないな、ここまできたら。協力しないと、もう」


 人間、諦めが肝心であった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る