第3話 ヤバイ手紙

「なんだ、これ………」


 ネリーシャは、一通の手紙を手に、立ち尽くしていた。

 警備兵詰め所から、無事のご帰宅。その後、近所への挨拶もそこそこに、大慌てで片付けていると、見つけたのだ。

 木片にわらの束に漆喰しっくいなど、屋根の材料の山から、出てきたのだ。

 一通の、手紙だった。

 誰の落し物か、心当たりは唯一つ、腹にどっかりと座りやがったグリーンヘアーの女だ。

 そして、大変にまずい事態だと分かった。

 手紙には、紋章が押されていた。一般の方々の間では用いられない、大商人や、身分の高い方々の間でしか用いられない。雑貨屋の息子ネリーシャが、そのように記憶している紋章でも、とってもヤバイものだった。

 紋章には、動物やそのほか、抽象的な模様が描かれているものだが、それが、やばかった。

 姿は人だが、腕が三対の、怪物であった。

 この怪物の紋章に、心当たりは、ただ一つ――


「………見ちゃったんだ」


 声がした。

 誰だか分からないが、女の声だった。いいや、大人になりきっていない、どこかイタズラっ子の印象。

 思い当たる節は、腹部の鈍痛が教えてくれた。


「………お前、さっきの………」


 ネリーシャから出てきた言葉は、それだけだった。

 それより重要なものを、ネリーシャは手にしていた。

 手紙である。

 紋章つきである。

 その落とし主が、警備兵に追われていた。これは大変厄介であると、それだけは分かった。


「見ちゃったんだ………」


 同じ台詞だった。

 神妙しんみょうな面持ちだった。

 どこか気遣うような顔で、こちらを見ていた。独特のグリーンヘアーは目立つ、光加減で黒く見えていた。

 ネリーシャは、覚悟を決めて、答えた。


「………王家の紋章………おまえ、これ………」


 手紙の封を、改めて見る。

 少年ネリーシャは、無知ではなかった。

 しがない雑貨屋を自称していても、様々な取引相手が存在するのだ。修行のために、近隣の都市や村々を訪れ、数ヶ月ほど滞在した経験もある。

 それら知識、経験のうち、最上位に類されるものがある。

 王家の紋章。

 この紋章を手にした人物には、優先的に対応せよ。

 常識である。

 そのために、違和感。

 この手紙は、いったい何だと。


「二度目の疑いはマズイから、目立たないうちに、入れよ」


 ネリーシャの中のもう一人が、叫ぶ。

 追い出すべきだと。

 手紙を落とし主に渡して、何もなかったことにすればいいと。

 しかし、ネリーシャはその声を無視した。

 もう一人の自分が、賢者を気取るのだ。今、この少女を見捨ててはならないと、なぜ、王家の紋章が記された手紙を持つ少女が追われていたのか。この疑問は、絶対に無視してはならない。何事もなかったことになど、できるものかと。

 だが、本当に正しかったのかと、すぐに疑問符が鎌首をもたげた。


「コレがうわさの、お誘いってヤツなのね」


 緑のロングヘアーの少女は、身を捩じらせて、恥らう………演技をした。

 おのれが肉体に自信があるらしく、腹立たしい。確かに胸は豊かで、肌の露出が控えめな衣服でありながら、発育のよさは、よく分かる。

 分かるのだが、いいや、分かっているからこそ、腹が立つのだ。

 十六歳の少年、ネリーシャの中で、何かがぶちっと切れた。

 相手が女であろうと遠慮はいらねぇ――と、こぶしがうなっていた。


「わっ、待って、待って、冗談。冗談だから………」


 グリーンヘアーの少女は、あわてていた。

 同年代の男女が、こうして出会う。

 それも年頃であれば、恋の花が芽生える事もある。


 その可能性は、この瞬間に途絶えたのだった。


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