第2話 牢獄の、握手

 

 頑丈がんじょうな石造りの、四角いお部屋。

 とにかく頑丈でなければならない、つめた~い、お部屋。

 警備兵の、詰め所だった。

 しがない雑貨屋の息子ネリーシャは、なぜ、自分がここにいるのだろうと、ぼんやりと観察する。掃除はされている様子でも、土ぼこりがあわただしい。木製の机と椅子も荒いつくりで、過去に誰かが暴れたのか、古傷もある。


「いやぁ、どうやら誤解があったようで、すまなかったね」


 威圧を振りまいていたおっさんという壮年の男が、親しみを込めてネリーシャの手を握ってきた。いわゆる、仲直りの握手と言うヤツだ。

 にこやかに微笑むおっさんの顔が、近い。握手の相手は、この警備兵の詰め所の責任者でいらっしゃる、警備部隊長殿だった。


「まぁ………お役目でしょうから」


 ネリーシャが釈放されたのは、捕縛されてわずか一時間後の事だった。

 わずか――と、言うべきだろう。雑貨屋の息子だと告げても、兵たちに真偽を判断する時間はなかった。その後の調査によって、ネリーシャが真実、雑貨屋の跡取り息子だと判明、釈放と相成ったのだった。


「いやぁ、改めて謝罪させてもらおう。本来は被害者である君を捕らえるとは、どこか痛みはあるかな、医務室へでも」


 押し倒された時に少しすりむいたが、ネリーシャはこれ以上、この詰め所にいたいとも思わなかった。それに、雑貨屋として多くの人と関わってきたネリーシャは、相手の立場を理解する度量を持ち合わせていると、自負していた。

 すなわち、仕方ないと。


「大丈夫です。ご丁寧に、ありがとうございます」


 社交辞令だ。

 これは、敵を作らないために必要である。なにより、相手は街の治安を優先すべき警備の方々なのだ。協力はこの町の安全の上に寝そべっている一人として、当然の事だ。

 そのように大人ぶることで、怒りを抑えていた。


「そうかね、いや、君は理解のある若者だ。君のような若者ばかりであればありがたいのに、いや、それでは」


 おっさんの言葉に軽く会釈をして、ネリーシャは立ち去った。

 胸の内では、文句の一つも言いたかったが、言っても鬱憤が一時的に晴らされるだけだ。

 その結果、何を得る。

 この町の警備兵達は、演劇の悪役のような、悪い兵隊さん達ではない。誤解であると、すぐに開放されたことでもある。だから、この話はおしまいにしよう。

 ネリーシャは早足で歩きながら、そう決めた。すでに立ち去っているのだ、ぐずぐず考えるより行動するのがネリーシャと言う少年のいいところだった。

 その行動力ゆえに、かつては悪ガキの一匹として、散々大人を悩ませたのだった。

 そこで、忘れていた疑問が、再びむくむくとわきあがってくる。


「あいつら、いったい何だったんだ?」


 悪ガキ軍団と言う子供達は偶然にしても、屋根を突き破ったグリーンヘアーの女は、何者なのか。

 単純に考えるなら、盗賊だ。

 警備兵に見つかり、屋根の上を伝って逃走中の、事故だ。

 魔法の力を持っていた様子だが、魔法に関しての知識は、ほとんどない。魔法の力の持ち主は、王宮や、神殿に仕えているということしか、知らない。

 それにしては、あまりに間が抜けていると言うか、害意が欠片も感じなかったのは、どういうことか。ネリーシャが理解者を気取って、女を逃がした理由だと、今更ながら思い至る。

 分からないことが重なり、少しいらだってきたネリーシャ。

 いいや、ただ一つ、分かることはあった。


「………はぁ、オレが片付けるのか」


 雨が降らないことを願って、家路を急いだ。


 *    *    *    *    *    *


「隊長、よかったのですか。確かに、聞き込みの結果、雑貨屋の少年だと確認されました。それでも、王宮へ忍び込もうとした一味の――」


 隊長は、片手を上げることで、その言葉をさえぎった。


「協力者である――そうかもしれん。だがな、むやみに敵を作るわけにもいくまい」


 言いながらも、無実の少年を牢獄に入れたことも、事実だった。

 緊急を要していたために、情報が不足に過ぎた。そのため、怪しいヤツは捕まえろとなるわけだ。


 ――緊急・王宮への侵入未遂事件発生、怪しいヤツを探せ――


 なんとも大雑把であるが、伝令は単純で、緊急を要していたのだ。しかも、屋根を走る人物を見て、怪しいと思わない警備兵はいない。

 追いかけていると土煙が上がった。

 そこに少年がいたので、確保した。

 巻き添えを食らった少年だとは、その時点で気付けるわけもない。


「改めて言うぞ。我々は、人々の支持と信頼によって力を得ているのだ。さもなければ、人々を煽る連中の格好の餌食だ」


 その通りだと、部下は引き下がった。

 釈然としないものがありながら、納得したふりをしていると、見て分かる。

 そして、今回捕縛した少年も、おそらくは同じだ。

 だが、あのような対応を、誰もがするとは限らない。小さな不満は、抱いていることだろう。問題は、その小さな不満を大きくしたい人々の存在である。

 独り言のように、隊長は話を続けた。


「そう、人々の信頼あってこその、我々なのだ」


 警備隊長はしばし、遠くを見つめていた。

 ネリーシャが立ち去った方角だった。


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