剣と魔法と、悪ガキ軍団

柿咲三造

第1話 突撃の、出会い

 西を広大な森林に覆われた王国、ダーカジラン。

 その王都には、王国中から様々な人が集まり、毎日がお祭りのように、にぎやかだ。それも、本当にお祭りが近いのであれば、大通りでは屋台の仕込みや何やらで、さわがしい。

 ただ、全てが騒がしいわけでもない、大通りから外れた下町では、少し落ち着いた雰囲気が続く。庶民の皆様にはむしろ、こちらのほうが過ごしやすいかもしれない、雑貨屋などが立ち並ぶ界隈かいわいである。


「ぶげぇゅ――」


 事態は、この一言から始まった。

 少年の、断末魔であった。

 つつましい、木造平屋建て集合住宅地の、安っぽい衣服をはじめとした日用品に、焼き菓子や砂糖菓子などの、雑貨屋の出来事であった。

 ブラウンのまっすぐなショートカットの、黒い瞳の十六歳が、断末魔を上げた。

 名前を、ネリーシャ。

 きたえ抜かれた肉体の持ち主ではないが、ひ弱でもない。

 この際はどうでもいいだろう。寝転んで本を読んでいた上に、女の子と言う重量物が直撃したのだから。

 屋根を突き破って、何かが落ちてきたのだ。

 腹を、直撃であった。


「………ってぇ………ここ、どこぉ?」


 少女の声が、聞こえた。

 涙ぐんだネリーシャの瞳に、顔が見えた。とっさに風が吹き、ホコリがき消えたことから、魔法を使ったらしい。余波よはで、少女の髪の毛もふわりと舞い上がる。緑の波打ったロングヘアーの女の子。女と呼ぶにはまだ幼さを残す、おそらくはネリーシャと同じ十代半ば過ぎの少女だ。

 それも、向かい合うというより、ネリーシャの腹の上に、少女がどっかりと座っている状況。縮れたスカートの合間からは健康的な太ももが覗いており、ネリーシャも健全な十六歳男子であれば、この肉体的接触に我知らずに思うものがある………わけがなかった。


「重いんだよ、降りろっ!」


 怒りに任せて、少年ネリーシャは、叫んだ。

 のんびりとしたごろ寝から一転、断末魔なのだから、仕方ない。

 まぁ、叫ぶ程度には、元気が残っていたようだ。

 ここは王都の下町の一角にある、よくある雑貨屋であった。その屋根は頑丈な石造りであるはずもなく、少女の体重でも、場所によっては突き破れるのだ。猫のように屋根を走る事など、想定していようはずもない。


「どけって、失礼な。私がまるで重いみたい――」

「重いってんだよ、殺す気かっ」

「女の子に向かって、重いって失礼だな、君は」


 人の上にどっかりと座っている暴君がのたまう。少年ネリーシャの腹の上に座ったままである点に、留意されたい。そこに、悪魔の軍団が現れた。


「いたあぁ~、あそこだぁ~」

「たすけろぉ~っ」

「「「おぉぉ~っ」」」


 そう、軍団であった。

 上で十二歳、下は七歳ごろの、イタズラ盛りの悪魔達が、やってきた。


「たっ、やっ………わわわわあああ」


 少年ネリーシャは、情けない悲鳴を上げていた。

 子供とは、遠慮を知らないものだ。遠慮をするために必要な社会常識や社交辞令、そして、その結果を考える知識と経験が、その判断基準がお子様であるためだ。

 すなわち、人とは分かり合えない、悪魔の群れである。

 悪いことをしているのか、面白いことをしているのか。判断基準はどちらであろうか。

 もちろん、面白い事である。

 正に、悪魔である。


「やっ、やめろ、その菓子ビンのふたをあけるなぁ」


 女の子と言う肉塊を押しのけて、強引に立ち上がるネリーシャ少年。押しのける手のひらに、とても柔らかなものに触れた気がしたが、気にしていられなかった。

 お子様が、ガラス瓶のお菓子に群がったためだ。

 色とりどりの、子供の目を引くつくりであるが、この際は最悪であった。


「えぇ~っ………いいじゃん、一個だけ、一個だけ」


 とんでもない、少なくとも十人はいるのだ。そして、一個の約束が守られる保障も、あったものではない。それでもネリーシャは、店の主人代理らしく怒りを抑え、子供に向けた言葉を放った。

 無駄であろうと、確信しつつも


「お小遣いもらってる子だけ、ちゃんとお金払ってから。小銅貨一枚で、一個だよ」

「えぇ~、五個じゃないの?」


 隣にある、安いお菓子を差している。

 というか、わしづかみにしている。購入してもらわねばなるまいと、心に誓うネリーシャ。ビンの中身をわしづかみにされるより、ましではある。そのあたりは、さすがに心得ているらしい。


「材料とか、色々と工夫されてる分、高いの。それに、その子が持ってるお菓子も、もう触っちゃってるから、ちゃんと買ってもらう――」


 証拠隠滅を図られた。

 周囲も、協力していた。

 すなわち、お子様達の口の中である。

 まぁ、口の中のものを合計しても、銅貨一枚に満たない。屋根の修理費用に、ホコリまみれで売り物にならない数々を考えれば、もはや誤差の範囲である。

 そう、最もこの店に損害を与えたのは、悪魔の群れではない。


「って、屋根の修理代、お前、ちゃんと金は――」


 どうやら魔法を使えるらしい。ならば、それなりの金は持っているだろうとネリーシャが振り向くと、グリーンヘアーの少女は、子供達に混じってお菓子をほおばっていた。

 保存の利くげ菓子の袋の残骸が、風に吹かれて消えていく。


「ほほほ、ほばほはは、ほは?」


 殴ってやろうと、心に決めたネリーシャ。子供達と共に、冬篭ふゆごもりの前のリスよろしく、口いっぱいにお菓子を詰め込んでいたのだ。

 女の子には優しくしましょうね――

 問答無用、目の前にいるのは女の子などではなく、悪魔の一匹である。


「この野郎、いったいお前は何なんだ」

「ふがっ、ははほっへはふほっ!ははひ、ほほはばぼぼあぼっ!」

(訳――ふがっ、野郎って何よっ!、私、女の子なんだよっ!)


 勢いよく立ち上がったので、怒っているだろう事は、伝わった。

 あと、性別が女だろう事も、間違いない。

 発育が大変よろしく、立ち上がった拍子に、たゆんと元気よく、胸のふくらみがゆれていたのだ。ネリーシャも健全な十六歳男子であれば、瞬間は、意識してしまうのだ。それは仕方がない。

 あくまで、瞬間に過ぎない。

 あくまで、悪魔なのだ。

 女の子とは、男子をからかい、反撃すれば女に手を上げるのかとウソ泣きをする悪魔なのだと、十分すぎるほどに、学んでいたのだ。

 主に、幼き日のご近所のお姉さんからである。

 その時だった。


「いたぞっ、あそこだ」


 遠くで、声がした。

 とたん、悪ガキ軍団の気配が緊張へと変わった。

 悪さをする現場に大人の声がしたのだ、当然だろう。さすがに町の警備に突き出すのも可愛そうかと思うネリーシャは、優しい少年である。しかしながら、この現場にみ入れられれば、かばうことも困難。

 少なくとも、屋根の上から………


「屋根?」


 ようやく、ネリーシャの頭に疑問符が沸いた。

 目の前の、性別は女の悪魔は、屋根から落ちてきたのだ。

 なぜ、屋根の上にいたのか。

 猫のように屋根の上を走って移動する光景が、目に浮かぶ。悪ガキ軍団は、面白がって追いかけていたとしても………


「ふがっ」


 発育は大変よい悪魔が、叫ぶ。

 手振りでよいものを、お行儀が悪い。まぁ、野生児では仕方ない。ようやく姿をしっかりと認める余裕が出来た。緑色の波打ったロングヘアーは、正に野生の獣のようにぼさぼさだ。

 膝丈の、前後に切れ目のある腰布のようなスカートはやや縮れている。野生児と言う印象の理由だ。森を駆け回り、枝葉によって、徐々にり切れたのだろう。


「ぐぐ、ぐぼっ」


 女が、何かを言いかけた。

 片手を上げて、格好をつけようとしたところからして、別れの挨拶だろう。

 ただ、苦しそうだ。

 口にものを入れて話をしては、咳き込んで危険だという、見本であった。あわてて胸を叩いていた。これで落ち着くのは若いうちだけだと、近所のご老人が言っていた。


「もういいから、行けよ」


 ネリーシャはあきらめて、野良犬を追い払うように手を振った。

 この様子では、賠償金の支払いや、片づけを命じることすら出来ないとわかる。バタバタと消えていく悪ガキ軍団の顔も、一部覚えたものの、さて、どうしたものか。


「んっ………」


 グリーンヘアーの少女は涙目で、改めて謝意を示して、立ち去る。

 ネリーシャはその様子を見守るしか、出来なかった。

 今日も、いい天気だ。店の中だというのに、さんさんと降りしきる太陽が、頬を照らす。

 見上げてみる。

 二つの小さな月が、太陽に追いすがらんとしていた。そろそろ、『逢魔おうまが祭り』だ。雑貨屋の一番忙しい時期でもある。祭りのために衣装に飾りにと、ランプの仕入れ。そのために、ゲンコツ親父こと、この雑貨屋の主人は仕入れに奔走、ネリーシャはここ数日、お留守番なのだ。

 帰宅後にこの惨状を目にすれば、何と言われるかと気が滅入る。


「何はともあれ、出来ることは、出来るうちに………ってな」


 父であったか、悪魔で暴君の姉の教えだったか、ネリーシャは店を見回す。

 木片と土ぼこりにまみれた店内には、大小さまざまな足跡が散乱している。木製の商品棚には、保存食代わりの安い焼き菓子に、ちょっとした日用品の数々がふんぞり返っている。少し値の張る砂糖菓子は大瓶に入れているので、被害はないだろう。食器類にも割れたものもないようだ。誇りまみれであるために、片付けの後に中身の確認も必要だがと、頭痛がする気分だ。

 衣類は全て、洗濯する必要がありそうで、頭痛は見渡すほどに、強くなる。


「さて、無事な品物は………」


 どたどたと、本日二度目の嵐が来た。

 ほんとうに、頭痛がする気分だ。


「逮捕するっ」


 待ってくれと、少年ネリーシャがうんざりしたい気持ちで振り向くと、有無を言わせず羽交い絞めにされた。

 簡易鎧の胸当てがあたり、それなりに痛かった。


「待って、何か誤解して――」

「だまれっ、話は牢獄でゆっくりと聞いてやる。連行しろっ!」


 理解者を気取って、見送るのではなかった。

 せめて、この腹の痛みを引き起こした女の姿の悪魔を、捉えればよかったと思ったネリーシャだった。


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