第23話 仁堂くんの悩み


 仁堂くんが心を決めたのか、悩みを打ち明けてくれたのは翌日のこと。

 並んで泳いでいたのに、すぅーって私の前に出ると足をひらひらと動かし、また定位置に戻る。


 「わかったかな……」

 「わかんない」

 「じゃもう一度、僕の足を見てくれ」

 そう言って、仁堂くん、再び私の前に出る。


 ちぎられた足も、まだ短いけど、再生が始まっている。

 これ、別に悩むことじゃないよね。

 で、まだ残っている足を一本一本見て……。


 「仁堂くん!

 足が、足が1本、変。

 吸盤がなくなっちゃってる!」

 病気だよね、これ?


 クラーケンを見てくれる獣医なんて、いるんだろうか?

 いたとしても、深海まで来てくれるんだろうか?

 薬で治るのか、命に関わるのか、あああ、頭ん中、いろいろ考えがぐるぐるするー。

 もしかして、仁堂くん、私を置いて逝くことが心配で悩んでいたのかも?


 私の今の目、涙を出すことはできない。

 でも、自分の腕で頭を抱えて(文字どおりの意味だ)、しくしくと泣き出してしまった。


 またもや、仁堂くんのあせりまくる気配。

 「あおり、泣く前に僕の話を聞いてくれ。

 頼むから」


 私、必死で仁堂くんの視線を追う。

 ようやく目と目を合わせて……。

 「病気じゃないんだよ……」

 と仁堂くん。


 「じゃあ、どうしたの?

 吸盤だけ食べられちゃったの?」

 ここで私もさすがに気がついた。

 仁堂くん、恥ずかしがっている。


 

 ええっ、恥ずかしくて言えなかったってことなの?

 「仁堂くん、どういうこと?」

 「あおりと一緒にいて……。

 身体が、準備完了してしまったんだ」

 私と一緒にいて、身体が準備完了?


 きゃあっ!!

 それって、それって、そういうこと!?

 そういうことなの!?


 で、足の1本が、そういう役割なんだ。

 そうだね、人間のときで言えば、大きくなっちゃったってことだから、それは言いにくいだろうなぁ。


 でも……。

 いいよ、仁堂くんなら。

 そう思って……。

 そこでさらなる謎に、私の頭は混乱した。


 私のカラダ、どこで仁堂くんを受け入れるの?

 ないよ、そんなところ!

 というか、それ以前に、私のナイスバデー自体がないんだから。

 もう、本当にこの身体、わけわからないよ!



 仁堂くんが、視線を外す。

 きっと恥ずかしくて、しかたないんだ。

 私もおんなじ。


 仁堂くんの腕が、私に向かって伸びる。

 私も腕を伸ばす。

 でもね、なんか、知ってしまったら、腕は良いけど足はなんか怖い。

 仁堂くんの足には、近寄れない。

 とはいえ、具体的にどうするのかがまったくわからないから、ただ、いつものように抱き合うだけだ。



 「震えているね、あおり」

 「……仁堂くんこそ」

 「お願いだから、僕を怖がらないで」

 怖くはない。

 怖くはないよ。


 でも、怖い……。

 「優しくして……」

 そう言うのが、精一杯だった。

 

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