第16話 欲しいものとは


 「あおり、悩んじゃったのか。

 そうだな、君は家を欲しがっていたし、ね。

 ここにとどまるリスクは、穏田先輩がああ言う以上、大丈夫なんだろう。

 好きにするといい」

 仁堂くんの言葉、冷静だけど心の底で泣いているような声だった。


 私だって女に生まれた以上、一度はね、三角関係で2人の男子から求められてみたいとは思ったけど、実現するとこんなに辛いことになるだなんて……。


 もう、どうしていいかわからない。



 「仁堂……。

 こんなことを言い出して、すまない」

 穏田先輩の声。


 「先輩、謝らないでください。

 辛さはわかります。

 僕よりもずっと長く、この深海で独りで耐えていたんですもんね。

 だからといって、僕からあおりを渡せるわけもないです。

 だから、あおりに選んでもらいましょう」

 くっ、だから、私にもどうしていいかわからないんだよっ!

 これじゃ、本当に嫌な女だ、私。


 

 「……そうだな、仁堂。

 それに、だ。

 あおりちゃんが仁堂を選んでも、俺はなんの感情も残さないよ。

 でないと……。

 深海でまた独り取り残されることになる。

 それはさらに辛いからな」

 ……切ないこと言いますね、穏田先輩。


 ……って、待ってよ。

 穏田先輩って……。


 「たくさんの……、魚じゃなくて人が会いに来てくれたら、穏田先輩は満足ですか?」

 私、聞いてみた。


 「そうだな。

 そうなれば、淋しくなくなるなぁ」

 「あのですね、先輩。

 先輩はその気になれば、いつでも独りじゃなくなりますよ」

 「はあっ?

 どういうことよ、あおりちゃん」

 思いっきり食いつかれた感じになったよ。


 「私と仁堂くんはクラーケンです。

 まだ発見されていない未知の動物なんですよ。いや、それどころか、化け物扱いで、人間に見つかったら殺されちゃうかもしれません。

 でも、穏田先輩は違います。

 ここにオンデンザメがいるのはテレビでも見たことありますし、アイドル扱いでした。

 なので、この辺りの大きな港に、定期的に浮上して、ヒレを振ってみたらどうでしょうか。

 5日目にはテレビが取材に来ますし、10日目には、外国のテレビ局まで来ますよ」

 別に私、穏田先輩を焚き付けた気はない。

 実際、テレビでもきゃーきゃー言われていたもんね。


 「そうかー。

 こっちから出ていくなんてこと、考えたこともなかった。

 サメなんて、嫌われていると思っていたし……」

 「穏田先輩、それは考え過ぎですよ。

 ジョーズなんて映画もありましたけど、穏田先輩は人を襲うサメとは種類が違いますし、大きくて珍しいサメですからね。僕もテレビで見ましたよ、オンデンザメの映像。

 これが、浅いところで、家族連れでも見れるなんてなったら、絶対人気者ですよ」

 これは仁堂くん。

 

 「そ、そうかぁ?」

 あ、穏田先輩、まんざらでもない?

 歌って踊れるオンデンザメなんて、考えてるかもしれないなー。

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