第30話 結婚式のあとで

 

 式は終わった。

 じじばばたちは、なんだかんだいって、盛大に私たちを祝福してくれた。


 海には、泳ぐのが苦手という人たちがたくさんいるらしい。

 指輪を作ってくれたロブスターのおばあさんも、穏田先輩も、ここには来れなかった。

 でも、その人たちもお祝いしてくれているって、私、素直に信じることができたよ。


 仁堂くんに抱きつきたかったけど、ギャラリーが多すぎてあまりに恥ずかしい。

 でも、式が終わって、時間が経つにつれ三々五々、みんな解散していった。


 長田おさだ先輩、「なんだかんだ言って良い式だったな。穏田には俺から伝えておくから」って言って、どこかに泳いでいってしまった。

 リーヴァイの爺さんも、「我はすでに1000年この海底にいる。だが、まだまだ死ぬ気がせん。もう1000年くらいは生きているだろうから、なにかあったら我を頼れ」って、そう言い残して、私たちの泳ぐ場所より遥かに深い海に消えていった。

 なんだかんだ言って、良い爺さんなんだろうなぁ。



 そして、ハワイの近海で、私と仁堂くん、2人きりで取り残された。

 「仁堂くん……」

 「……あおり、結婚しちゃったね、ついに」

 「ええ、しちゃったわよ、結婚」

 2人でそう言い合う。


 そして、どちらからともなく腕を伸ばし合い、抱き合ったんだ。

 「あおり、僕が感じているくらい、あおりも幸せを感じてくれていると良いんだけれど」

 「なに言っているの?

 幸せを感じていないはずがないでしょう?」

 仁堂くんに、私、そう答える。


 「ずっと好きだった。

 死んじゃったなんて話も聞いたけど、私は信じなかった。

 一緒になれるって、ずっと信じていたんだよ」

 「それで、深海まで追いかけてくれたんだね。

 あおり、あおりがいなかったら、俺、孤独のままここで生き、回遊し、淋しく第二の死を迎えたんだろうね。

 あおり、俺、本当に幸せだよ」

 仁堂くん、私を強く抱きしめる。


 仁堂くんが、自分のことを「俺」って呼んでる。

 仁堂くんの強く硬い身体が、私を締めつける。

 私の視界も、触覚も、すべてが仁堂くんで満たされている。


 腕と腕を絡め、足と足を絡ませて、とても近い距離から目を合わせ続ける。

 そして、足と足が絡み合う中で、だんだんと私たちの身体は縦に一列になった。

 目を瞠ると、仁堂くんも同じように私を見ている。

 足と足を正面から絡み合わせていても、視線は合わせていられるんだね。これは発見だよ。


 いつものロケット噴射だと、お互いに離れ合っちゃうからね。

 耳を波打たせて、足と足を近づける。


 ついに、私の足と足の間に、仁堂くんの足が滑り込んできた。

 仁堂くんの足の吸盤が、私の足にこそばゆい感触を残していく。

 手と手も、しっかりと握り合う。


 そして……。

 仁堂くんと初めてのキス。

 私にとって、初めてのキス。

 仁堂くんにとっても、初めてだったらいいな。


 私の嘴と、仁堂くんの嘴が触れ合って、歯と歯が触れ合うような硬い音がした。

 私、思わず仁堂くんの嘴を貪ってしまう。

 より深く深く足と足を絡ませ、手を引き合う。


 「仁堂くん、仁堂くん、仁堂くん」

 「あおり、俺は君を離さないからな」

 「仁堂くん、きて……」

 「うん」


 不意に、私の口の周りに鋭い痛みが走った。

 「あおり、あおりっ」

 仁堂くんがあまりに強く足を私の足と絡めるので、口の周りの痛みを伝えることもできない。

 嵐のような仁堂くんの情熱を、ただただ受け止めるので精一杯。


 「仁堂くん、痛いよぅ」

 ようやく、仁堂くんの力が少し緩んで、私、伝えることができた。

 「やさしくして、お願い」

 「ごめんね、あおり。

 愛おしくて愛おしくて、我慢できなかった」


 仁堂くん、息苦しいのか、全身で海水を吸い込んで呼吸している。

 私、仁堂くんにあらためて寄り添う。

 「仁堂くん……。

 ……好き」

 「俺もだよ、あおり」


 再び、仁堂くんと抱き合う。

 そして、再び激しいキス。

 嵐のような仁堂くんの愛。

 すべてが終わったとき、疲れ果てた私は仁堂くんの力強い腕の中で、そのまま眠りについていた。

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