第12話 私たちの身体
泳ぎ疲れると、私は仁堂くんと深く深く沈んで、そこで眠った。
その時は、仁堂くんと両手を握りあった。
私たちの吸盤には、鋭い歯もついている。
仁堂くん、はぐれないために、私の吸盤の力だけでなく、その歯も自分にしっかり食い込ませておけって言ってくれた。
「そんな、仁堂くんを傷つけるようなことはできないよ」
私がそう言ったら、仁堂くんたら、こう返してきた。
「あおりに再会できたのは偶然。
はぐれたら、もう会えないかもしれない。海は果てしなく広いからね。
はぐれちゃった時の心の痛みに比べたら、あおりの吸盤の歯の痛みなんて、子猫に爪を立てられたくらいだよ」
だって。
私、おもいきり仁堂くんにしがみついちゃったよ。
いや、あのね、歯を立てたという意味じゃなくて、腕全体で。
だって、私も離れたくないもん。
そして、おでことおでこを合わせた。
イカの体でできるのは、せいぜいそこまでだもん。
頭と足しかない悲しさだよね。
そんな日々が過ぎて2日目。
いつものように腕を絡め合い、おでことおでこを合わせたところで、仁堂くん、またとんでもないことを言い出した。
「あおり……。
おでことおでこを合わせている気になっているけどさ、実は俺たち、実は後頭部同士をぶつけ合っているんだよね」
はっ?
どういうこと?
思わず、聞いちゃったというより、聞くよね、そりゃ。
「あおりが前と思っている部分は背中側で、後ろと思っているのはお腹側。
人間でいたときの感覚でいるけど、実は、体の中身、前後ろが逆なんだ」
「えっ、じゃあ、今の身体って後頭部に鼻がついていると思っていたけど……」
「そう、その感覚自体が逆……」
じゃあ、私と仁堂くんは、背中合わせで寝ていたの?
あまりのことに悲しくなってきた。
「それって、まちがいないこと?」
「あおり、あおりの骨ってどこにある?」
そう言われて、考える。
外から探り回しても、私のカラダで固い部分は、目と目の間の頭の中の一筋。
私、これ、鼻の骨だと思っていた。
イカの体になっちゃったけど、平たくてもすっと通った鼻筋は、変わらない自慢だなんて思っていた。
「それ、実は、骨じゃなくて貝殻だから」
次の爆弾、きたーっ。
イカの身体って、どれだけヒトと違うのよ。
わけわかんないーっ!
思わず笑ってしまってわたわたしている私を、仁堂くんがその力強い腕で抱きしめてくれる。
「おもしろいだろ?
でも、身体は変わっても、あおりを好きなのは変わらないから」
もう後頭部でもいいよ。
仁堂くんと触れ合っていられるんだから。
私、自分でおでこって思っているところを、仁堂くんのおでこにそっと合わせた。
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