第11話 旅


 一度手を繋ぐと……。

 仁堂くんは大胆になった。


 仁堂くんの方から私の手を吸い(吸盤をこんなふうに使うだなんて……)、そして離してくれない。

 私も思い切って、仁同くんの手を吸い返す。

 吸盤には、細かい歯があって、もう絶対離さないって感じになる。


 イカになると、指先でもキスができるんだね。

 私、背筋がぞくぞくするほど……って、背中ないんだけれど。

 胴体がないって、ナイスバデーがなくなる以外にも、感覚を説明するときに不便という問題があるね。



 深海のとばりの中、私と仁堂くんは泳ぎ続ける。


 手をつないだら、次はキスかも。

 でも、もう、自分からおねだりする勇気はない。

 次は仁堂くんが勇気を出してくれないと。


 ただ……。

 前にも言ったけど、私の口、当然仁堂くんの口もだけど、足の間にある。

 ここを股間と言っていいのかわからないけど、でも感覚的には股間ではある。

 仁堂くんと股間と股間をすり合わせていたら、これはR15とかになってしまうかも。

 でも、そこにあるのは、お互いのくちばしの付いた口。

 人間の常識で批判しないで欲しいわ。


 それに、R15のように見えると言っても、実はイカが足と足を絡ませているようにしか見えないはず。

 エロい話にすらならないじゃない。

 こんなはずじゃなかったの。

 あくまでこれは、初めてのキスの話なんだから……。

 きれいな、それももう、本当にきれいなシーンを想像していたんだよ。



 そして、何より残念なのは、きっと目と目を合わせながらのキスは絶対にできない。

 ああ、もう。

 それこそもう、きれいな、それはもうきれいな絵に描いたようなキスをしたかったのに。


 なんで、よりにもよって、クラーケンに生まれ変わったんだろ?

 しかたない。

 口と肛門が一緒くたの、イソギンチャクに生まれ変わらなくてなくてよかったと、そう思おう。




 仁堂くんは、私の手を離さないまま、高速で泳ぎ続けるだけ。


 もう一歩踏み込むためには、勇気がもっと必要みたい。

 私……、待っているからね。



 海の中は、いろいろな音で満ちている。

 おでことおでこを寄せ合って、仁堂くんはその音が何かを教えてくれる。

 魚のぐうぐうという鳴き声。

 クジラやイルカの歌声。

 遠くで船のスクリューが水をかき回す音。

 民間と軍用の、それぞれのソナー音。


 特に、魚群探知機については、仁堂くん、よく説明してくれた。

 そこに映ってしまうと、面倒なことになるって。

 軍用は、遠くからもわかるし絶対的に数が少ないから、そこまで神経質にならなくていいって。

 見つかっても、魚雷なんか絶対撃たれないって。

 でも漁船は違う、獲りに来るぞって。


 地殻変動の音も教えてもらった。

 そうか、この音が嫌で、逃げ出す子達もいるんだね。


 海は、沈黙の世界じゃないんだよ。

 すごく、その実感を持てたんだ。

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