第37話 六次元

(ミイム・ペペロン……)



その少女を見て動揺するジキル。


ジキルからすれば昨日会った時とは別人レベルの雰囲気だった。


何より彼からすれば予想以上に小柄で華奢だったのである。



「??どうされましたか?」


「いや、失礼した……」



ミイムはまじまじと自身を見つめるジキルを不思議そうに尋ねてきた。



(だが、それはそれとして……)


「何故お前がここにいる?国外追放されたはずだろ?」


「それはあくまで君らの国の話なんだ。同盟国のモテナは対象外。厳密に言えば身元偽ってビザ偽造してもガバガバだからこの国割りと容易に入れちゃうんだ」



ジキルはフロッピーディスクを手渡した際に投げ掛けた疑問にヲタクはそう答える。



「はんっ!」



用も済んだ為、鼻息を粗げ吐き捨てる様に場を去ろうとするジキル。


だが……



「待とぅんだ!」


「は?」



オタクがジキルを引き留めた。



「用は済んだだろ?」


「折角だしお話したいんだ。どうせ君薄給だろうし皆におごってあげるんだ」


(嫌です……)



といえる雰囲気でもない。



「それに君の後ろの二人……」


「!?」



そこにはリゼとマイの二人がいた。



キラキラキラキラッ



「二人はかなり楽しみにしてるんだ」


「おじさん奢ってくれるのー!」


「オニイチャン!お昼まだだし、ごちそうになろうよー!」


「好きなの頼んであげるんだ。おじさんは優しいんだ」


「「やったぁ!!」」


(うっわ……やべぇ……)



その一方でヲタクはジキルに近付き、彼の耳元でこう囁いた。



サッ


「あまり直ぐ帰ると却って怪しまれるから困るんだ。ついでに君も聞きたいこと沢山あるハズなんだ。多少答えてあげても良いんだ」


「なっ、お前何故それをっ!?」



そう誘われたこともあり、ジキルは渋々ヲタク達と昼食をとることになる。





















彼らがやって来たのはオープンテラス付きのレストラン。


リゼ、マイの二人はヲタクの連れであるミイムと三人で外のテーブル席に座り、談笑していた。



キャキャキャッキャッウフフッ



その横のテーブル席で、子どもを見守るような保護者の様な感じに座って三人の少女を舐め回すように眺める仮面をつけた中年の男と、情緒不安定な二重人格の男の二人。



ニチャアベチャアフィチャベッンチャアァァ




ジキル自身、ヲタクと面と向かって一対一で話したかったのもあるだろう。


奇しくもその希望は果たされることになった。


相変わらず仮面をつけて素顔を見せないヲタク。


フォレスト時代のモノとはまた別物になっていて、今度は完全に素顔が露出しない仕様になっていた。



「飯屋だろ?仮面外したらどうだ?」


「生活習慣病に引っ掛かったんだ。外食すると先生に怒られちゃうんだ」


「如何にも贅沢してそうだもんな。お前のカ・ラ・ダ」


「ぷよぶよなんだ。でも横で彼女達がキャッキャウフフしてくれてるんだ。これで3日分くらいの栄養補給が出来たんだ」


(キモッ)



そうヲタクに心で舌打ちしながらまじまじミイム・ペペロンの様子を凝視するジキル。


すると視線に気付いた彼女はジキルに社交辞令な笑顔の返事を返す。



ペコッ


(よく訓練されている……)


「次の妻ってか?あんな歳の背丈の子を妻にするのは流石に悪趣味だぞ」



ジキルはミイムが何者なのかヲタクに尋ねた。



「酷いんだジキル君。彼女はこの国の彼女代行サービスのスタッフなんだ」


「は?」


「18歳以上しか登録できないんだ。因みに彼女は19歳。今年成人の予定なんだ」


「嘘だろ!!小さ過ぎないか!?」


「モテナは貧富の差が激しいから栄養不足で満足に背が伸びなかったんだ」


「嘘だろ!!先進国だろ!?」


「先進国だからなんだ」



最早問答するしかない衝撃の現実に驚き続けるジキル。

















そんな愉快な二人の横のテーブルから三人の話し声が聞こえる。



「ミイムちゃんって今年何歳なのー?」


「私ですか?今年で二十歳になります」


「ウソー年上!!さんつけなきゃダメじゃん」


「別にミイムで大丈夫ですよ」


「はぁぁ~アタシまだ16だよー。早く大人になればミイムみたいに稼げるのにな-!!」


「二人とも年上かぁー。あたしなんて15だよー。オニイチャンって大人の女性が好そうだから二人に惚れちゃいそうであたし心配だなぁ……」


「そんな事ありませんよ。愛の力は無限大です」


「お待たせ致しました。グルグルカーバンクルグリルサンドにウィンドラビットグリレッグ&グラノーズフライです」



談笑する三人の元に青髪の獣人ウェイトレスが料理を配膳する。






キャッキャッキャッキャッ


ウフウフウフウフウフ


ワイワイワイワイワイワイ






(んな訳ねぇだろwwww愛の力にも限度あるわwww)



三人の会話に対する率直なジキルの感想だった。



「いやぁやっぱモテナは最高なんだ」


「それより答えてくれるんだろ?俺の聞きたいことに」


「遠慮無くするんだ」



ジキルは家電屋でも確認出来た急速な技術革新について尋ねる。



「この世界の急速な技術革新は一体どうなってる?」


「遺跡なんだ」


「遺跡?」


「大昔に滅んだ旧人類の文明の技術なんだ」


「!!」



ジキルとしては驚愕の真実だった。


だが一番しっくり来る話でもあった。



「遺跡ってどのくらい昔の?」


「六桁は軽く越えてるハズなんだ」


「あり得ないだろ!!」



ジキルは耳を疑った。



(大体の建物は物理的に無くなってるだろ。第一六桁も時間が経過してるなら大陸の形だって多少変わってるはず。不可能だ)


「あくまで文明があった時代の時期なんだ。最大の不可解な部分があるんだ」


「不可解な部分?」



この世界の人間であるヲタク達ですら遺跡の存在を不可解だと認識しているのだ。それは一体何なのか?



「技術をもたらす遺跡が見つかったのがここ300年程前。更に劣化もつい最近起こったかのような状態なんだ。加えて殆どがベーシックでは無く獣人とエルフが主の居住エリア中心に点在してるんだ」


「なら遺跡の技術で本来恩恵を受けるのはベーシックじゃないハズだろ?」



尚更遺跡の恩恵を受けているベーシックの存在が不自然だと感じるジキル。



「それがなんだ。遺跡はベーシックを介さないと中に入れないし、見つかる聖遺物もベーシックでしか動かせないんだ。300年前より前に発した三種族や亜人達がこぞって冒険家となり世界を旅立った大航海時代や大冒険時代と呼ばれる時期にはこれらの遺跡は全く見つかった痕跡がないんだ」


「まるで後から出てきた様な……」


「一つだけ仮説として六次元(ムジゲン)空間に滅ぶ直前に旧文明が遺跡を移して放置していたって説があるんだ」


「ムジゲン?」



六次元空間とは?


新たに出てきた言葉(ワード)に困惑するジキル。



「駄洒落か?」


「ノンノンなんだ。一次元二次元三次元全部足した空間って事で仮称してる、この星に存在する時間と質量の無い『もう一つの空間』なんだ。要は僕らがいるこの場所にも同一同等だけど時間と質量が存在しない空間が存在するんだ。それが六次元(ムジゲン)」


(要は四次元みたいなモノか……)



ジキルは多少納得するが、転生前の人生でそんな概念と対面した事が一度もなかった。深掘りしてヲタクから話を聞く事にする。



「どういう事だ?」


「…………人間が魔術で水や火を使うとき、その元はどこから出ると思うかい?」


「なっ……それは……」



突如マトモな口調で尋ねてくるヲタクに言葉を詰めるジキル。



「……そっ、それが魔力って奴じゃないのか?」


「違うんだ。魔術とは詠唱を用いて一時的に六次元空間に存在する物質を引き出してるだけなんだ」


「!?」


どうやらこの異世界ではそうらしい事が分かったジキル。



「魔術で使う魔力とはいわば詠唱で六次元空間から『物質を引き出す』という行為の対価でしかないんだ」



ゲホンと咳払いするヲタク。


仮面をつけたままである。



(臭そう……)



ジキルは思った。



「六次元空間のモノは質量が確定していないんだ。だが詠唱を用いることで一時的にこの三次元(リアル)に出現する。でも質量が確定しちゃったから六次元に戻せない。更に出た物質は現実世界の環境の影響を受ける。火事に水を使えば消化出来るし、薪に火をつければ焚き火が出来るんだ」


「だがどこにあるか分からんものをそんなポンと出せないだろ?」


「詠唱にはその物質の六次元空間上にある座標軸が含まれてるんだ。更に突き詰めると水や火、風等の元となる物質を詠唱内で呼び出して詠唱内で化学反応させて出してるんだ」


「すまない。聞かなきゃ良かったかもしれない」



段々聞くのが面倒になってきたジキル。



「まぁ物質であれば何でもあるのが六次元なんだ。そこに留められた遺跡(モノ)が最近になって出てきたわけなんだ」


「待て。今聞いた話じゃ六次元にあるのは元の物質だけなんだろ?」



あるのは物質だけなのに姿形がハッキリしてる遺跡がそこにあるのはおかしいと思ったジキル。



「一度三次元(リアル)側から入れてしまえば空間自体はあるからモノを留められる。だけど引き出すには詠唱が必要だし、単純な物質じゃないから引き出しの詠唱はとんでもなく長いハズなんだ」


「だが遺跡って奴がそこにあったのは確かなんだろ?」


「議論されてる部分なんだ。300年前は悪徳カルト集団の暗黒魔士連合が魔王復活を目論んだ儀式をやろうとして失敗して総人口3割位滅んじゃった大惨事の年でもあるんだ」


「うわぁ……」



要はそのカルト儀式で湧いて出た説があるという。


また暗黒魔士連合はこの後きっちり国や勇者含む冒険家達の団結で滅ぼされたと話すヲタク。



「因みに生き物を六次元に留めとくのは不可能なんだ」


「どういう事だ?」


「不明なんだ。でも現に六次元には微生物すら居ないのは確かなんだ」


「はぇ~」



長話だったが結局、遺跡が六次元空間から湧いて出たという事実しか分からなかったジキル。



「まぁともあれ作為は感じるから僕は六次元に生命が居る説を信じるんだ」


「…………」



ジキルは考える。


思えば没落気味だったとは言え、何不自由無く暮らせる立場のヲタクがこんな裏切りまがいと胡散臭い事を何故やってるのだろうか?


彼には遺跡諸々含めた、いわゆる転生したジキル同様の歪な異世界の構造に疑問を持ってる人物なんじゃないかと。



(どちらにせよ胡散臭い人物なのは確かだし、こいつ発端で色んな人間が犠牲になった。許せん)



その時である。



「あぁぁ!!これクソカードじゃないか!!何枚目だよコレ!!」



ジキル達の近くの席に物凄い大声でカードパックを開ける、目付きは幼いが顔の老けた薄着のエルフの男がいた。



「あれはトゥーンタロットなんだ。モテナ発祥で世界中で人気のカードゲームなんだ。レアカードは全自動卵割機1台分位するんだ」


「そんなモンも普及してるのか……」



どうやらついさっき入店してきたらしい。



「なんか変な匂いする」



マイがエルフの男に一番近い位置にいたらしい。


かなり調子を悪くしていた。



「良かったら私、席替わりますよ?」


「ごめんミイム、ありがとう~」



マイの対面側にいたミイムが席を交換する。


そして三人は何事も無かったかのように雑談を再開。


中年エルフも二人が席移動する際は二人を凝視したが、すぐカードパック開封の技に戻った。



(席を代わるくらいで大丈夫なのか?)



ジキル達の席には例の匂いは届かない。


ホントにエルフと間近くのマイ(現ミイム)の席位なんだろうと思うジキル。



(やはりサービス業の女は強いな)



彼がそう思ったその時だ。



「!?」



彼女達の座る席側の歩道に、赤髪の青年と見覚えあるエルフの姿が。



(あれはジークとカミュ!?何故モテナに?)



バササッ



彼らは急ぐようにかけて行き、建物の影へ消えていった……。


(続く)

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