第36話 魔法の時間

店を出た時には気づけば杖をリゼに一本、更にジキル自身も二本ほど杖を買わされていた。



「何が買うならこの機会に是非是非……じゃねーよ!俺はベーシックだぞ……」



エルフの美人女性店員は家電に対する売り込みより、杖や魔術師向けの小道具の売り込みや説明に凄い熱が入っていた。


何よりモテナはエルフを多く招き入れている関係から奇石を使った防壁が少なく、魔力の低い人でも魔術の勉強がしやすいという。


ジキルの性分的に本来自分が分かる範囲では無駄はしないのだが、何故か彼女の姿や必死な解説を聞くと切なくなり買ってしまった。



(これを機会に魔術でも覚えてみるか……まぁ覚える時間が出来ればな……)



「ねぇオニイチャン…使わないならこれあたしが使っても良いー?」


「ん?別に構わないが……」



そう言ってジキルは買った杖二本をリゼに渡そうとする。



(あっ、でも一本は結構高かったんだよなぁ……なんかやたら装飾凝ってる訳でも無いのに材質が良いとかで。手放すのが妙に惜しい)



色々迷うジキル。



「しょんぼり……」


「うっ……」



だが少し引っ込めようとすると一瞬それを察したリゼの顔がしょんぼりしていった為、結局二本共彼女に渡すのだった。



「えへへ、ありがとー」


「だがそんなモノで良いのか?もっと他のモノだってあるだろ?」



率直な疑問だった。


髪飾りなりのアクセサリーとかなら兎も角、変哲のない杖を欲しがる少女とは早々居ないモノだとジキルは思ったからだ。



「オニイチャンがくれるモノなら何でも良いよー。それにあたし憧れてたんだー魔法少女に……いつか魔導書を買って魔法を覚えたら箒を持って空を自由に飛ぶの」


(何とテンプレな……)



聞いてそう思う一方で素朴に一つの疑問が彼の頭に出てきた。



「買えないのか?」


「軍規で買えないよー。杖や小道具はOKだけどよく分からないよねー」


「…………」



ジキルはそれを聞き複雑な気持ちになる。


だが思えば自軍に魔術師が居ないのはこうした理由があったのかと納得してしまう。



(ベーシックは魔法才覚に乏しいらしいが使えない訳じゃないだろう。にも関わらず俺達の軍は異様に忌避してる。一体何故だ?)



謎は深まるばかりだった。


奇石の力で魔力は大幅に減退するというのだが、使い手によってはそうした影響もノーリスクになるという。


本来ならばジキルの知る世界の科学の力より、秀でいるように見える部分は多い。



(とはいえ前読んだ持久戦士によれば魔術自体は生まれた時の魔力量に加えて個の力……言わば身体機能やその日の健康精神状態に大きく左右されるという。魔術ありきで戦術立てんのって難しいのかもな…)



そうして要人との待ち合わせ場所へ再び二人は向かう。


その途中だった。



バンっ



「ぐはっ!」


「いったぁ!!」



ジキルは道中誰かとぶつかった。



「アンタぁ!!ちょっとどこ見てあるいてんのよっ!」


(また女の子か……勘弁してくれ……)



相手はパッと見、ショートボブが特徴のリゼと同い年位の少女だった。



「すまない……」


「ごめんねぇ!大丈夫?」


「フンっ!」



気の強そうな少女。


彼女はすぐそのままその場を去ろうとするが……



「あっ、折角だし聞くけどアンタ達ってアタシのパパとママを知らない?」


「パパとママ?」



その少女は迷子だったのだ…………。















高い建物の屋上に立って、トーンゴルデンの光景を眺める謎の人影達。



「転移ゲートの設置完了しました。予めマークしていた冒険家一行の索敵も上手く回避……既に迷彩魔術で現在隠蔽中です。ここまで来れば一級の魔術師でも気づくのは容易では無い筈……」


「こうも容易とは逆に畏れ入るでござる。どうやらベーシックはおろかエルフにも満足に探知出来る者がこの国にはござらんと言うことでござるか……」


「モテナ国防軍はサウパレム側の陽動に引っ掛かっております。駐留軍は事前の通り静観。ゴッドオリヴァの主力を演習名目で外洋に出す念の入れようです」


「まぁこやつらとて下らぬ貰い火は受けたくないという事でござる。企ては予定通りでござる」


「帝国側も奇襲に加わるとの事ですが……」


「好きにやらせとくでござる。転移門が開いてる間は奴等も自由に出入り出来るでござる。その間に拙者達、暗黒魔士連合は今回の目標であるモテナ王国女王を抹殺するのでござる!!」


「はっ!!全ては魔王様再誕の日の為に!!」



そう言って報告を行った古めかしい口調の男の部下の一人は持ち場に戻って行く。


続いて別の部下が古めかしい口調の男に慌てた様子でこう報告する。



「ヨーク様!!緊急事態です!!例の赤髪の冒険家一行が此方の動きを嗅ぎ付けた模様でっ!」


「ふむ……仕方ないでござる。こうなった以上、赤髪の剣士は暗黒魔士連合四天王の一人拙者ヨーク・フラグメントが相手を致そう……付きの者達には拙者直属の精鋭くの一部隊こと『危滅(キメツ)の11人』をぶつけてやるでござる………拙者の剣技の錆となって頂くでござるよ……冒険家ジーク」




リーダー格の古めかしい男の指示の下、トーンゴルデンに暗躍の魔の手が忍び寄っていた……。
































「まぜこみわかめ……」


「どうしたのオニイチャン?」


「!?い、いやっ、何でもない……」



ジキルは要人との待ち合わせ場所で呆然と独り言を呟いていた。


だがそれとは別に…



「で、なぜついてきたんだ?」



ジキルは先ほどぶつかった少女に突っ込む。


何故か彼女はリゼの隣にさも当然かのように居座っている。



「だってーパパとママ見つからないしー」


「警察や案内所に行けば良いだろ?」


「それどこか分かんなーい!第一ぶつかったなら男は何か奢るのが礼儀でしょ!」


「意味が分からん。第一俺がヤバイ奴だったらどうするんだ?君は危機感が無さすぎる」


「ヤバい奴なら警察呼ぶから関係ないもん!」


「呼べるじゃねーか!!」



そんなやりとりをしていた時だ。


ジキル達のいる真横の車道を挟んだ歩道から軽快なアコーディオンの音と音程の外れた男の歌声が聞こえてくる。






~ララララララララララララインインランイラン~


~トーンゴルデンやってきた~


~喜びはしゃぐお子さまよ~


~鈴の音奏でて忍び寄る~


~ザマスパインと呼べば分かるぞ~


~出会いがしらに一捻り~


~奴の背中にゃ骸だけ~


~死にたくなくばおじきをするのだ~


~お目目合わせてマイネーミィング~


~そうすりゃそいつは去るザマス~


~死の後言わずに直ぐ逃げろ~


~ラララララララララララライングイランライライン~


んげほっ!!んげほっ!!げほっ!!








「下手くそな歌だ。考えた奴の脳にはウジが湧いていそうだな」



ジキルはぼやいた。



「アレ、あの名物じいちゃんの挨拶代わり」


「挨拶代わり?」


「自分の名前わかんないんだってー」


「成る程……とはいえご老人もあぁ言ってるわけだ」


「200年以上昔の存在の話ってパパママ言ってたしーエルフでも現役じゃないと思うんだけどー」


「兎も角大人しく警察か案内所行くんだな。俺らは役に立たん」


「嫌だ嫌だリゼともう少しお話したいもん!!」


「あぁ……だからか……」



ジキルは納得した。



「マイちゃん困ってるんだよ?オニイチャン助けようよー」


「リゼ……っていつの間に名前を?」



どうやらジキルの関心が外れている内に二人は仲良くなったらしい。


少し感心してしまうジキル。



キャッキャッウフフッ



その様は後に自分が行かなければならない場所のことを考えれば、ジキル自身の心を強く救っていた。



「それに最悪アタシ一人でも家帰れるしお金あるしー!」


「んじゃ家帰ったらどうだ?」


「嫌だ!観光したーい!!お小遣い使い尽くすまで好き勝手遊びたーい!」


(つまり両親とはぐれたが別に凄い困ってるわけでなく、単に小遣いで遊びたいから交通費(パパママ)を探して欲しいと……)



気持ちは分からなくもないジキル。


マイが我が儘な年頃だから仕方ないと言っても、今はそんな時間の余裕が無かった。



(リゼと話がしたいなら一旦リゼと別れて、俺だけで要人に会えば良いが…変にはぐれると……違う……)






-違うだろ?-


(!?)



何者かがジキルに語りかける。



(まさかHiDeNか……?)



それはジキルの内に眠るもう一人の男の意識だった。



-お前は口惜しくなってるんだ。僅か一瞬でも感じてしまったその平和、その温もりにな-


(それが悪いことなのか?俺だってずっとこんなことしたい訳じゃない!)


-本当にそうか?軍事消耗品(アーミーツール)以外に何が出来る?お前に!寧ろその自負があるからこその今のお前の自尊心(プライド)があるのだろ?ー


(それは……)



内なる葛藤も混ざりジキルが困り果てていたその時だった……。









「便座」


「!!」



すぐ近くから声がする。


ジキルの出会う予定の要人が相手を確認する際に使う合言葉だ。



「拭かずに過ぎ去るクソジジイ」



ジキルは返事の合言葉を言って声の主の方を振り返った。



「!?」



その姿を見たジキルは手に持っていた着替えの紙袋を地面に落とし、かつ口を茫然と開けてしまう位に動揺してしまう。




























「また君かぁ……不思議な縁を感じてしまうんだ」


「ヲタク・ジェシコワルド……」



なんと待ち合わせの要人とはフォレスト戦争の火種工作をし、帝国に亡命したハズのヲタク・ジェシコワルドだったのだ。



「その名前は今使えないんだ。今の僕の肩書きは三種族友愛協会モテナ王国支部友愛なかよし部門課長、キモータ・テロドスなんだ」


「!……失礼しました。テロドスさん……」



色々ジキル自身、涌き出る感情はある。


紙袋には軍曹から譲り受けた拳銃も潜ませている。


ここが市街地でなければ問答無用で取り出して引き金を引けただろう。


だが驚きはこれだけではすまなかった。



「どうしたんですかアナタ?」


「何でもないんだミイム。彼は僕の商談相手に過ぎないんだ」


「!!」



ヲタクの背後から誰かが姿を現す。



(嘘だろ!!)


















「はじめまして、ミイム・ペペロンです」



明るく年相応の笑顔でジキルに挨拶をする相手は、先日トーンゴルデンで出会ったあの邪悪な雰囲気を持つ水色の少女と瓜二つだったのだ……。


(続く)

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