第35話 冷房(クーラー)と異世界

ジキルとリゼはトーンゴールデンの歓楽街の一つ、オウタムブリーフへとやって来た。


そこがナスカの指示した手渡し相手のモテナの要人が待つ場所なのである。


歓楽街だけに活気は凄まじく、市場も大量に建ち並ぶ。


また4、5階建てのビルタイプの建物も建ち並び、あちこちで建設中の建物の姿があった。



「凄いな……」



ジキルは周りを見渡す。


リゼもこう言った場所は馴染み深くないのか、年相応にはしゃいでいた。



「オニイチャーン!!こっちこっち!!」



リゼが大手を振りつつ手招きしてきた。



「待てリゼ少尉!待ち合わせもあるんだ!あまり離れると……」


「むー!リゼって呼んでよー!!」


「はい……?」


「オニイチャンさっきからリゼ少尉リゼ少尉って、ナスカもいないんだから名前で呼んでほしいなーって!!」


「わっ、分かった…リゼ」



呼び捨てで呼ぶようにジキルに提案するリゼ。


彼女にとっては些細なこうしたやり取りも大切なモノなのかも知れない。


だがリゼが突如行き先で同行することになった年不相応の上官であること以外何も知らないジキルにとって見れば、全てが全て実感の持てない謎でしかない。



「なぁリゼ、施設で俺と君はどんな関係だったんだ?」


「あたしに色々教えてくれた人だよー。今のあたしはオニイチャンあってのあたしなんだー」



(それが抽象的なんだよ………)



加えてリゼを連れているジキルに対する周りの人間の視線は冷たい。



(案の定か……確かにこの格好ではただの変態不審者が子どもをさらっているかのようにしか見えない。あぁまずい!!)



格好が格好なのもあるだろう。


とは言え幸いリゼがジキルに対し、好意的かつ頻繁なオニイチャン呼びから辛うじて身内同士で動いているようにも見てもらえているらしく、通報を受けずに済んでいる。


だがそれはそれで、今度は身なりの整った可愛らしい妹に対し、無神経かつ小汚ないだけのキモヲタ姿のジキルに対する外の視線が、妹(リゼ)への同情や憐れみと、兄(ジキル)に対する軽蔑の念へと変貌してゆくだけなのだ。



(兄妹ごっこをやるにしても彼女を映す鏡(ミラー)が汚すぎる……)



思わず頭を抱えそうになるジキル。


そんな時だ。






そそそそそそそそおおこおおおう♪


そそそそそそそそおおこおおおう♪


でんげきぃぃぃそおおおこおおおう♪





「!!」


リゼと二人で歩いている最中だ。


突如真横の建物のスピーカーから響くタイトルコール。


ジキルはその建物の看板を見る。



「で……電撃…………倉庫?」



そこは電撃倉庫なる生活家電を取り扱う店だった。



「家電製品取り扱い……っ!」


「あっ、オニイチャン!!」



ダッ



ジキルは思わず駆け出し店の中へと入った。



(家電屋って事ならこの異世界の技術水準の歪さを知る手がかりになるかも知れない!)



彼は完全に異世界に溶け込めた訳ではない。


彼は転生した人間としての自負が強いのである。


どうしてもこの世界に単に生まれた人間とは異なる『違和感』から逃れられなかった。


故に彼は行動してみたのだ……。




































家電製品店に入ったジキル。


開幕店内で彼はこう思った。



ヒュー アフュー


アフュヒー



「やべぇ……めっちゃ涼しい……」



彼が異世界に転生して一番感動した事かも知れない。


エアコンが存在する異世界。


それが彼が一つ見つけた大発見だ。


(やっぱ微妙に温い地域にいたせいか、久々のエアコンって感じだな……まぁどうせ元いた世界との違いなんてフロンガス大量使用でオゾンアタックしてるか否か位だろう……ならば存分に身体に当ててやりたい)



「はぁ~涼し~い~」



リゼも空間が気持ち良いらしくリラックスしている。


そしてすぐさまジキルは店内を物色した。


尚リゼは少しつまらなそうにしているが、ジキルの行動に付き合ってくれてる。


要人と会う時間には少し余裕があった。


一応以前ニコルと買い物にいった際にちゃっかりジキルは懐中時計を買っていたので、パッと見挙動不審ながらも時間には気を使っていた。



(家電屋というより博物館に来たみたいだな……)



一番最初に抱いたジキルの感想だ。


店内で売られる家電はまさに混沌(カオス)そのものだった。


まずモノクロテレビとカラーテレビが共に新製品として売られている。


ただしモノクロは売れ行きが悪いのかカラーテレビの半分以下の投げ売りをされている。


更に氷式の冷蔵庫の横で冷凍冷蔵両方の機能を持った冷蔵庫が売られている。規格もバラバラで、本当に動くのか疑問すら感じる部分も多い。


電話に関しては、ダイヤル式黒電話の横にボタン式電話、どこに送るのか分からないFAX式の電話まで売られていた。


尚、洗濯機はダイヤル式しか出ていない。


他レンジオーブン、カメラ等、ジキルが知る世界の家電としてはやや古めの品が多かったが一通りの家電製品が売っていた。


別に古い家電製品はジキルの記憶にある転生前の世界でも売っていない訳ではない。


ただ、そこに置かれているレトロな製品達は年季の入った中古製品ではなく、彼が知る限りの時系列関係なく、文字通り『新品』として陳列されているのだ。



「おー困ーりでーすかー?」


「君は……!」



戸惑いの表情のジキルに黒髪ロングで前髪をヘアピンで留め、頭の両方にピンクリボンをつけ、漫画みたいなグルグルメガネ(@_@)をつけた可愛らしいエルフの女性店員が声をかけてきた。



「いや驚いている。俺はかっぺなんだが凄いな都会の品揃えって奴は……どんどん製品が進化してる……正直これだけ早いとついてこれる気がしないな」



ジキルは自分の心境をややぼかしながら店員に伝えた。



「それには私共も凄く混乱してるんですよー」


「どういう事だ?」



ジキルとしては意外な反応だった。


この世界にいる人間は現状を割かし受け入れてるんじゃないかと勝手に思っていたからだ。



「実はこの店、7年位前までは魔術師向けの杖や小道具を売ってたんです。けど技術革新の影響か急に売れなくなっちゃってー」


「何でだ?」


「元々ベーシックの人達は魔法があまり得意じゃないので、技術革新が進むとそっちに鞍替えする人が増えたんです。エルフもモテナで成り上がるなら魔法使いやるより収入が安定した公務員目指した方がマシだって。モテナは奇石防壁が弱めだから初心者のベーシックの方でも魔法を覚えやすい環境なんですけどねぇ……凄ーい悲しかったんですよ当時は」



しくしくと軽く涙を流しながら、説明するエルフの女性店員。


年齢は十代に見えるが実際はおそらくそこそこ年季の入った人物なのだろうと、この時ジキルは察した。



「んで、家電屋に鞍替えしたと?」


「そうなんでーす!当時から大衆向けの生活家電が出回り始めましたから。最初は凄ーい売れたし最近もそんな羽振りは悪くないんですけどー」


「なら問題ないのでは?」


「ここ最近は次から次に新製品が出てくる訳ですよー。同じ製品でも凄ーい性能に差があったりするし、そこのテレビは二週間前に仕入れたんですが今週には更に新しいカラーの製品が出てくるし。当然前仕入れた品は全く売れません。お客さん、不良在庫ですよ。不良在庫」


「難しい話だな」


「しかも家電自体落とし穴があって、電化されてない地域では全く使い物にならないんです。トーンゴルデンなら兎も角、ダマサイやゴッドオリヴァも少し進めば非電化地域です。だから外から来る人の買い物需要にも依存してたんですけど、サウパレムの一件で凄ーい観光客減っちゃって、加えて今凄ーい不景気ですしー今後はちょっと心配かなーって」


(インフラ構築もまだ完全じゃないという訳か……)



ジキルが仕入れていた事前情報では、モテナはジキル達駐留軍の大元やブリコに比べると経済規模は小さいが、どちらかと言えばこの異世界だと先進国に分類される王国だった。


その規模の国でインフラ構築が追い付いていないのである。



「やっぱりこの世界の人間も戸惑ってる訳か。因みに技術革新っていつ頃からだ?」


「私が知る限り30年前の三族間戦争が終わった位からです。最初は緩やかな気がしたんですが、ここ数年急にですよ、急に。フォレスト戦争終わってから更に早くなってきた気がしますね」


「三族間戦争……ねぇ」


「オニイチャン!!こっち来て来て!」



考え込もうとしていたジキルをリゼが呼ぶ。


彼女に呼ばれた先には杖や魔法使い向けの小道具が幾つか置いてある。



「オニイチャン!これどう!」



そう言ってリゼが見せたのは小型の子ども向けの杖。



「これ、魔法使い用の杖か?」


「はい、そうですよ!売場面積は凄ーい勢いで縮小しましたが、ちょこっとだけ選りすぐりの品を取り揃えています!」



エルフの女性店員はそう言うと、売場にかけてあったマントと魔法使いらしい帽子をかぶり、グルグル(@_@)メガネを外す。



(ナオミンと同じく奇抜よりの髪型をもろともしないガチの美人。これがエルフって奴か……)



思わず見とれてしまうジキル。


最後にエプロンから取り出した眼帯をつけて売場の杖を持ってポーズを決める。



「中々様になってるな」


「凄ーく久しぶりにやった気がします」


「昔は冒険家だったのか?」


「まぁ、そんな所でした……100年前の話ですけどね」


「おっ、おう……」



そんな感じにエルフの女性店員と軽く10分程話したジキルだった……。
























ホテルを後にし、秘書のトゥーミカ・ズゴーンに黒塗りの高級車を運転してもらっているスライス国防長官。



ブゥゥン



「SPは連れてこなくて良かったのですか?」


「仰々しく行くと息子が怯える。それにまだこの国は平和だ。国防軍も彼らも予算分の働きはしてくれている」



スライスはそう言った。


家族(プライベート)の為、出来るだけ他人を介入させたくなかったのも大きい。



「少し過保護過ぎます。エルフ年齢でまだ41とは言え彼は世間から見れば立派な大人なんですし……」



トゥーミカは呆れたようにスライスに言った。



「それも……分かっているさ。だが妻とも別居してるのでね。妻代わりもやれる限りはやらねばならん」



スライスの妻は息子の事で現在精神を病み、半ば自身の里に帰る形で別居している。


そんな見たくない現実を思い出しスライスは少し気が重くなっていた。



(耳が痛い。普段の彼女(トゥーミカ)ならあまり口出しないのだがな……)



そんな時、車内の無線に通信が入る。



「もしもし、どうぞ!父さん!!」


「ジョブズンか?外ではスライス国防長官と呼よう言っただろう。誰かに聞かれていたら足下を見られるぞ」



厳しく相手を忠告する。


通信相手の名はジョブズン・アップルトン。


彼の養子である。


ハキハキとした声だが年齢は60近いベーシックの男性だ。



「す、すみませんスライス国防長官殿。先ほどの議会で予算案が無事女王陛下承認の下、賛成多数で可決されました」


「ふぅ……一先ずは安心できると言った所だな」


「はい。それで国防長官の方は、上手く行きましたか?」


「予想通りの反応だ。連中は此方に追加資金を要求してきた」


「そんな無茶です!今回も相当骨が折れたんですよ!」


「此方の装備更新が停滞してる状況を連中は理解している。だが下手にヤケを起こせばそれこそ連中の思う壺だ。女王陛下の微笑み、国の未来を守るためにも何としても策を練らねばならん」



無線越しでもオロオロとした声をあげるジョブズンを叱責するスライス。



「それとですが……先日彼らとのコンタクトにも成功しました。旅先で危機に瀕した第三王女も無事です。一行は現在我が国に滞在しておりますが……」


「どのくらい力は借りれそうだ?」


「曰く戦争屋では無く、あくまで冒険家であると。何より彼らに助けられた第三王女様が、我が国の問題に彼らを巻き込む事を望んでおりません」


「まぁ当然の反応だな」


「如何なさいますか?」


「コンタクト自体は続けるが、今は彼らの事は置いておこう。願わくば、今の小競り合いが穏便に終息することを願いたいが……」


「すみません……次の会議が近くなりました。国防長官はこれから?」


「いつものだ」



その一言でジョブズンは納得してしまう。



「はっ、はぁ。分かりました。お気をつけて」





ぶっ!




ジョブズンはそう言って通信が切れた。



「ジョブズンさんも苦労されてますね」


「時折、アイツがホントに血の繋がった息子であればと何度思った事か……」



元々人種違いのジョブズンを養子に取ったのは、スライスが別居中の妻との間に中々子どもが出来なかった為である。


エルフ自体が出生率が低いと散々促されていた事、ベーシック国家にいた事からいわゆる支持の確保も兼ねた養子縁組だったのである。


愛情以上に厳格に育てたジョブズンは政界でやれるだけの人材に育った。


だが彼が大学に入る頃に皮肉にも実の子どもが生まれたのである。



「実際ジョブズンさんは国防長官の……うヴぅ!!」


「どうした?」



突如体調を崩すトゥーミカ。


様子がおかしい為、スライスは道の脇に車を止めさせる。



「大丈夫か?トゥーミカ?」


「すみません、気をつけていたのですが私、月の日が……」


「気を病むな。タクシーを回しとくから今日は帰りたまえ」


「ですが、国防長官……この後の運転は?」


「私がやる」


「それは行けません!国防長官、先程貴方は」



その時、車内の無線に先程のジョブズンとは別の声が響く。



「あぁ!親父!!おやじいいいいいい!んがあああああ!!!!!!」


「ベアール……」



ベアールとは彼の実の息子である。


彼は父親であるスライスが誕生日プレゼントで渡したジキルと同じ背負い式の大型無線機を持っており、出かける際には必ず背中に背負っていた。



「いつ迎えにくるんだよ親父!もうトゥーンタロットの新弾は買ったんだ!!早く来てくれ!あぁもう待ちきれないよ!!オウタムブリーフにいるから!!ああああああ本当に周りの音うぜぇぇ!!特に子供共(クソガキッズ)イライラすんだよ!!国防長官の息子がいるんだぞ!!お前らホントよ!!親父もそう思うだろ!!なぁ国防長官!!!!」



ぶっ


そう言ってベアールは無線を切った。


一瞬スライスは目を閉じる。そして少しばかり瞑想した後、覚悟を決めたように目を開き、ハンドルを強く握る。



「目など……醒めている!!」



そうして、トゥーミカを降ろしたスライスは黒塗りの高級車を加速させ、息子のいる場所へと向かうのだった……。

(続く)

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