第34話 OはなしのくNI

ジキル達が目的地へと向かった一方で、ホテル・ニューカーストの会議用の一室では、モテナ王国国防長官スライス・アップルトンとドドスコ・S・ラックマンとの極秘裏の密談が開かれていた。



「先のサウパレムのモテナ領占拠からそろそろ半年近くなる訳なのだが、君達(モテナ)は……いやモテナ国防軍は一体何をやってるのだね?」



ドドスコはスライスを叱責する。



「占拠された領域に関しては、サウパレムと交渉を進めております」



スライスは国防軍には触れず話に返答する。



「彼らが返さないと言ったら?」


「それは……」



強引だが当然の返しをされるスライス。


そもそも何故サウパレムが急に侵攻を開始したのか。


その背景にはモテナの駐留軍の大元……連合軍とギョクザ帝国の対立に他ならない。


先のフォレスト戦争で莫大な利益を上げた彼らは、際どかったパワーバランスを更に歪めた。


最大の仮装敵だったギョクザ帝国は彼らに対抗すべく周辺国に対する圧力を更に強化。


サウパレムの侵攻もギョクザ帝国と隣接していたが故に、結果をせかされた形だった。


ギョクザは巨大な国だ。


周辺国を脅すのは容易だった。


その結果エルフ国家であるサウパレムが最寄りのベーシック国家モテナ王国に侵攻する。


一方で異種族間で戦争中は、同種族国家同士は表向き戦争が出来ない、且つ支援は出来るが基本は静観というルールが存在する。


三族間協定である。


ギョクザが異種族であるエルフを使ったのもこの協定が大きかった。


だがこの協定通りであれば本来他国に過ぎない駐留軍及びギョクザ帝国は積極的に動けないハズだった。











最もこれは全て表面上の話である。


ドドスコらが今回好戦的に動く理由には訳があった。













「遺跡……」


「!」



ドドスコは口を開く。



「フォレスト戦争を経て、既に覇権の鍵を握る陸の遺跡は粗方片付いた状況だ。サウパレムが今回占拠したアブラハエム周辺は、文献に記されていた遺跡が多く点在してるとされる海域を含んでいる」



『遺跡』の存在。


それがこの世界の歪な文明体系を築く源だった。



「ですがそれは全て深い海の底です。とても探索を行えるような場所ではありません。年代(トシ)を考えれば既に使い物になるかどうかすら……」



スライスは反論する。


元々アブラハエムは海が殆どの地域である。


その海の底に遺跡があるというのだが、海の底深くのため調べに行くのは難しかった。


エルフであるスライスはそこが大魔術師の潜水魔術を用いた所で、成果物を持ち帰るのが困難な場所であると言われているのを知っている。


サウパレム、モテナに海底の遺跡を手に入れるだけの技術力はない。


無論帝国も、下手すれば駐留しているドドスコ達の軍でさえ届かない深い海の底だ。



「資源もさることながらフォレストの遺跡は莫大な結果をもたらした……」



だが、ドドスコはそんなスライスの言葉はガン無視でフォレストでの戦果を強調する。



「えぇ。そのお陰で短期間に生活洋式は急速な変貌を遂げ始めています。ですが、急速な変貌に対して人は追い付いておりません。その結果貴殿方の国も我々の国も多くの失業者を出している!!」



急速な変化はこの異世界でも問題だったようだ。


スライスは遺跡の恩恵を強調するドドスコに対し、遺跡がもたらした負の側面を主張した。



「スライス…風呂敷とは広げてゆくだけ、すくえるモノは少なくなるというもの……」


「完全に同意しかねますね。上に立つ者であれば上に立つだけの責務がある。このまま民衆の不平不満を放置し続けば国の存続は難しくなります」



スライスは現状が続くことのリスクをドドスコに提示する。



「それはただの模範解答だよ、スライス」



ドドスコはスライスにそう言った。


そしてこう続ける。



「既に一度は得ていたハズの力であってもかね?元は先代が得た礎の塊だ。正当な後継者である我等が何故それに遠慮をする必要がある?」


「それは……」


「流暢に構える余裕など無いのだ。帝国も時同じくして、周辺国から得た遺跡を持って力をつけている。一度世に出てしまえば、それが我が国ものだろうが帝国のモノだろうが、価値として時と共に民衆の概念に定着する」


「我々とてそれは承知の上です」


「では何故畏れる?我等は盟友、盟友(トモ)が危機になれば問答無用で戦装束に身を包み剣盾持って馳せ参じよう」


「ならば我等は既に危機です。お力添えが必要な事は分かっているハズ!」



スライスはドドスコにこう返答する。


深刻な問題である一方で、やや誇張を含めた形である。


しかしドドスコはそれを鼻で笑うかのように一蹴する。



「いかんなスライス君。今の君らを見て誰が君らを危機だと認めよう?三族間協定もあるのだよ?我等は既にフォレストとの戦で侵略者という汚名と冷ややかな目線で世間には見られている。同じベーシック国家なら兎も角、帝国の息のかかった者達、そして耳人獣人達は我等を大義と見るつもりはないのだ。ならば力を以て彼らを全てねじ伏せれば良いか?否。世界を統べる君主とは寛容な器だよ」



ドドスコは連合が置かれた状況を、誇張を含めながら語る。


ある種、遺跡というカードを持つ者の彼らと、広義ではそれを持たざる者であるモテナの力の差を明確にしたような言い分だ。



「アブラハエムの占拠地域には帝国の軍も出入りしております。今迂闊に攻めれば、帝国とも一戦交えなければなりません。我々にそれだけの力はありません」


「ならば尚更だよ。先ほど言った通り、その時は我等が馳せ参じよう」



ドドスコ元来の狙いはそこにあった。


スライスは言っている事は理解していたが答えず無言を貫く。



「スライス、魔術に長けた君達(エルフ)なら分かるだろう。我々の世界は等価交換なのだよ。正義の召喚には大義が必要なのだ」


「おっしゃる意味が分かりません……」



それが何なのか……スライスは言及を避けた。



「生け贄が必要なのだ。その意味、貴様なら理解できるだろう?」


「引き続き、早期終結の為の交渉を続けて参ります」



強引に結論を続けようとしたドドスコに対し、初期からの意思で返したスライス。


最も、ドドスコとしてはそれはそれで問題ないようだった。


フッっとドドスコは溜め息をついた後、スライスに対しこう言った。



「では我々も引き続き君達の危機にいつでも駆けつけられる様、この地で備えを続けよう。だが兵というのも人の子でね。我々も彼らを路頭に迷わせたくないだ。盟友(トモ)よ、そこは分かっているかな?」


「予算案は既に提出しております」



スライスはドドスコの要求に対しこう答えた。



「おかわりって奴だよ。皆働き盛りでな。君も彼らの事は知っているだろう?」


「それは……」


「命を捨てる覚悟で皆来ている。異国でな。ここで餓死しなければならぬ事があるのならば、我等も彼らを親元に帰さねばならない。兵を使う我等とて人。畜生では無いのだよ」


「可能な限り善処致します……」



そうスライスが語ると、次の瞬間……



パチパチパチパチパチパチ



ドドスコは両手を合わせて拍手を送る。



「流石だ国防長官殿。感謝の限りだ」



するとスライスの秘書官のトゥーミカ・ズゴーンがスライスの耳元で口添えする。


スライスはしまったという顔で慌てるように身支度を整え始める。



「では、私はこれで失礼します」



スライスは机に置かれたグラスワインを一杯飲んだ後そう言った。



「足早では無いかね国防長官殿?この後昼食でもと考えていたのだが…」


「息子の迎えがありましてね」


「それならば仕方ない。ならば水にしておけば良かったな?」


「心遣い感謝致します」


「親とはそういうモノだ。昔は私も君のような父親には憧れたモノだからな」


「……失礼します」



そう言ってスライスはトゥーミカを連れて会場から去っていった。












「宜しいのですか?」



補佐官がドドスコに尋ねる。



「構わぬさ。口約束は取れたからな」



ドドスコはそう言って懐に偲ばせていたレコーダーを止めた。



「しかしこの国の女王も酷な事をするものだ」


「スライスの事ですか?」


「長寿の種に大器晩成を願う心構え、それだけの難局であるという自覚、そして寛容という名の架け橋を目論む意図は分からんでもない。御立派というものだ」


「ですが現状では只の緩衝材(ヘイトヒール)にしかなりませぬな」


「時間があれば、いつかその苦難も華は咲かせてくれるだろう……」



ドドスコはそう言って自身にも注がれていたグラスワインを手に取り一気に飲み干す。



「最も我等はそう流暢に構えているつもりもない……」



野心に満ちたドドスコの瞳。


彼の真意はまだ誰も分からない……。

(続く)

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