第33話 与えられし任務(ミッション)
翌朝……
ジキルはホテルロビーで待ち合わせのナスカ、リゼを待っていた。
「遅いな……」
ジキルは待っている間、ホテルのフロントに冒険家への返事の手紙を渡す。
そしてフロントからロビーの待ち合いに足早に戻ろうとした時だった。
ガッ!
「ぬはッ!」
ジキルは何者かとぶつかってしまう。
(かっ、硬っ!凄まじい硬い筋肉!こんなものにぶつかったら思わず女のコになっちゃうんっ)
思わず反応してしまうジキル。
「すまない。君、怪我は……!!」
ぶつかってしまった相手は酷く狼狽している。
(ん?当然だが男か……しかも耳人……だが何故こう耳人の男は皆髪の毛を女みたいに伸ばすんだ……あぁぁっ髪切りてぇ!)
そしてジキルは相手が何者かたずねようとした。
相手は高そうなスーツを着こなした長身のエルフ男性だ。
「まさか駐留軍の方とは……改めて申し訳ございません」
エルフの男は軍服姿の彼を見ると柄にもないくらいに深々と謝罪する。
あまりの低姿勢に逆に狼狽えてしまうジキル。
「い、いやっ!別に俺も不用心だったからあまり気にしなくて大丈夫ですよ!それより貴方は?」
「滅相もない。私はモテナ王国国防長官のスライス・アップルトンと申します」
よく見ると男の後ろには明らかに手練れそうなエルフのSPが二人に、秘書官と思われる美人なベーシックの若い女性が一人立っている。
加えてスライスには沢山の豪勢な勲章がつけられていた。
(いかにも凄い偉い人って感じだな……)
「すっ、すげぇ……」
思わず沢山つけられた勲章に目が行き口を溢してしまうジキル。
結果にコミットした彼の強靭な肉体と鋼の様な胸板がその輝きを更に引き立てていると言っても過言ではない。
勲章への熱い視線に気付いたのか、スライスはこう言った。
「これですか?別に対したモノではありません。年を重ねれば勝手に増えて行くような代物です」
(夏のラジオ体操のスタンプみたいなモノか……)
ジキルは納得する。
そんなときだった。
「オニイチャーン!!」
相手との邂逅を一通り終えた後にようやくリゼとナスカがやってきた。
リゼは昨日とは違う私服に身を纏っている。
一方で昨日実は私服姿だったナスカだが、今日は飾り気無い士官軍服を着こなしている。
派手な髪型も唸りを潜め丸刈りにしている。
バッ!
「んがッ!」
ジキルに飛び付くリゼ。
ラッキーシチュエーションではあるのだが、ジキルの腰からゴキッという音が出た。
「早かったなジキル伍長。それにスライス国防長官までいらっしゃるとは…」
ナスカが言った。
「ナスカ中尉、髪型どうしたんです?」
「そこにいるスライス国防長官との会談があるからな。時には慎む事も大切なのだ。それに会談後は接待で動かねばならない。髪など後で生えるから問題ないのだ」
「そうかそうか」
ジキルはナスカがプロフェッショナル軍人であることに納得する。
(強い女性は丸刈りも辞さないのだな。しかし会談への参加が俺の任務……妙だな?)
ジキルはその一方で、自身もその会談に参加するのか疑問を感じた。
「まっ、待ってください!!無知な俺に会談参加は荷が重いです!」
「何を言っているのだ?貴様らには別の任務が下されている」
そう言うとナスカは嫌々ジキルに近づき、耳元でこう伝えた。
「いいか?スライスとの会談は極秘……言わば密談だ。後程ドドスコ大将達が参加する。下手に口外したらタダでは済まんと思え」
「!!……了解しました」
事を理解したジキル。
「それはそうと貴様は此方に着替えろ」
ナスカはそう言って服の入った紙袋と、やたら重そうなキャリーバッグを渡す。
「何ですかコレ?」
「公に軍服は警戒されるぞ。キャリーバッグには新型の通信機が入っている。お前達にはこの時刻のこの場所にこの人物と出会いこれを渡して欲しい。私にはよく分からんが大将の話では重要な品らしい。相手はモテナ国内の要人との事だ。ただ渡すだけなのだからくれぐれもしくじるなよ」
この×3と共にジキルに手渡されたのは一枚のフロッピーディスクと詳細が記されたメモ書きだった。
(俺はこれ何だか分かってしまうんだが……)
いかにも怪しい雰囲気全開だ。
しかしジキル自身命令の為、拒否権がない。
ナスカもフロッピーディスクの存在は知らないようだ。
(まぁパソコンなんて多分無いだろう…異世界だし)
ジキルはその後も幾つかやり取りしつつ、リゼと共にその場から去って行く。
その様子をスライスは物憂げに見つめていた……。
更衣室前にリゼを待たせ、着替えるジキル。
「これは……」
アッシュブラウンに黒のチェックのよれたボタンTシャツに、塩が微妙に吹き残ったベルト、紺色のジーパンだった。
さらに渡されたガラスの太いダテ眼鏡をつけるジキル。
軍服はもうホテルに戻らないそうなので、ナスカから手渡された着替えの入っていた紙袋に折り目がつかないようにきれい畳んで入れて持って行く事に。
「これがガテン系って奴か……」
そう言ってジキルは着替え終えた後、キャリーバッグを開く。
「これは…」
中身は背負い式の大型無線機だった。
更にやたら右のアンテナが長い。
とりあえず背負ってみるジキル。
ノッシ
「糞重ッ!!」
異常に重い無線機だった。
完全に着替えた後、自身の顔を鏡で眺める。
「この格好さぁ……」
目の前に現れた自身の姿は転生してそこそこ顔が良くなってるハズの自らの容姿バフを容易に引き剥がす本当の意味での『ヲタク』姿だ。
「だがベタ過ぎて逆に珍しいか。ロクに研究せず我流で洒落るよりは幾分マシだろう」
そう言ってジキルは更衣室を出た……。
「オニイチャーン!」
ジキルが部屋を出るとリゼが待っていた。
「遅くなってすまなかったな」
「無線機重いから仕方ないよー。ところでオニイチャン-昨日オニイチャンに見せたオニイチャンの絵ってどこ?」
「あ……」
オニイチャン×3。
念入りに訪ねられジキルはしまったと思った。
実は昨日手紙の返事をしようと思った際、紙代わりに写真の裏を使ってしまったのである。
そのため既にフロントに売店で新調した封筒ごと手渡してしまっていた。
(あぁうっかりしちゃったぁ…)
つい手紙に対して寛容な気持ちが出過ぎていたのかもしれない。
若さ故の過ちだった。
「すまないリーゼ少尉。実はあれ間違ってトイレに流しちゃった……」
「えっ?」
「ヱェ……?」
急激に暗転する場の空気。
リゼは下を向きブツコラブツコラ色々呟きながら、目を上げる。
(なっ、目が死んどる!絵なんでしょ!絵じゃん!!目の前に俺がいるのにダメなんかい!!)
ハイライトが酷い。
誰が見ても不味い状況だった。
「ごっ、ごめん!!ゆ、許してくれリゼ少尉、代わりと言っちゃなんだが手空きの時間に写真館でも寄ろう!!折角大きくなった君も見れたしツーショット写真が欲しいかなー!なっ、なんて…てさっ!!ほら新しい思い出いっぱい作ろうぜ?う、うん!!」
(こぉ……こんなんでどうよマジ?お兄ちゃんなんだろ俺?)
「…………」
その場の状況かき集めて作った必死の言い訳。
ジキル的にはこれがリゼに通じるかは疑問だった。
「……うん」
リゼは大粒の涙を浮かべながらも必死に堪えていた。
その姿を見てジキルも良心が痛む。
(この子が何故俺を兄と呼ぶのか、記憶を失う前の彼女が俺とどんな関係だったのかは分からない。だけどせめてここにいる間は兄を演じてみよう……)
心でそう言いながら、ジキルはリゼに手を差し出す。
「手でも繋ごう。一応兄妹って感じに世間体は通すからな」
「うっ、うん……」
そう言ってジキルとリゼは手を繋ぎ、目的地へと向かうのだった……。
(続く)
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