第32話 手紙の主

ホテルに到着したジキル、リゼ、ナスカの三名。


ホテルの名前はホテル・ニューカースト。



「えぇ!?一兵卒の俺が個室ですって!?」



あまりの厚待遇に色々驚きを隠せないジキル。



「喜ぶような事か?まぁ良い、これが鍵だ」



ナスカはそう言うと、ジキルに鍵を渡した。



「えぇ~!あたしもオニイチャンと一緒がいいっー!」



リゼが駄々をこね始める。



「流石にそれは難しいよ…リゼ少尉」



ジキルが苦言を呈す。


彼女は女な上に見た目は子ども、頭脳も子どもだからだ。



(悪いが俺は少女趣味(ロリコン)じゃないんだ。身長155センチより大きい女以外は抱かない主義の紳士(ジェントルマン)でね……まぁしかしだ……)



何故軍人なのかという疑問はジキルの中にも疑念は拭えなかったが、それを突っ込む暇は今日無かった。



「そもそもジキル軍曹の部屋は一人しか眠れない。私と同じ部屋に来て貰うぞ少尉」



そう言ってリゼはナスカに連れていかれてエレベーターで別の階へ向かう。



(ますます時代の文明レベルがよく分からなくなるな)



初期の電動式エレベーターが既に同盟国のモテナでも普及している。


最も短期間で集合住宅を作れる事もある世界でもある。


建築技術はそこそこあるのかも知れない。



(正に不思議な国って奴だよな。俺はアリスって柄じゃないが……)



そう言いながら、エレベーターのボタンを推そうとするジキルをホテルマンが制止する。



「お客様の部屋は此方でございます」


「ん?何だって?」



そう言われてホテルマンに連れていかれたのは、このホテルの真横にある小汚ない三階建ての建物の一階。



「六等室でございます」


「おっ、おう……」



ザザザァァンッ



そこに広がるのはコインランドリー感覚にずらりと並べられたカプセルタイプの寝床。


ボロいが一応寝床入り口をミニカーテンで閉められる新設仕様だった。



「確かに、まぁそうだよな」



何より不思議な国感覚の異世界である。


文明水準は全て均等に上がっている訳ではない。


カプセルホテルがあっても不思議ではないのだ。


この時ジキルはそう思うのだった。


渋々最初は寝床に入ったジキル。



「とはいえ広い部屋よりマシかもな…」



そう開きなおっていた。



(今日1日だけで色々あった…昼休みに三人ボコってステイシーと遊んだら上司にボコボコにされ、いつの間にか嫌な奴と再会し、そいつの命令で異国の首都にこうして寝泊まりすることになってる……)



別れ際のナスカの伝言では明日は明日ですぐやることがあるらしい。


少し落ち着いた所で、ジキルはランプに火をつける。


仰向けになって手に取りやすいところにはご丁寧に、以前試供品扱いだった財閥企業のボックスティッシュの製品版と、投げやすい位置に斜斜のついたゴミ箱が設置されている。


更にホテルマン達の気遣いか気忘れなのか、ティッシュ横には忘れ物らしき成人雑誌が無造作に置かれていた。



「親切過ぎて涙出ちゃうね…」



そう皮肉りジキルは成人誌をパラパラめくりながら、先程リゼに返し忘れていた自身の写った写真を見比べる。



「一応、カラー写真はあるみたいだが……」



成人誌はモノクロ写真や春画と官能小説が主な記事構成の中、僅かながらカラー写真も掲載されていた。


最も雑誌のカラー写真は新技術と銘打たれている。


まだ一級ポルノ女優にしか使われていない位の貴重な代物らしい。


更に解像度に大きな差があり、圧倒的に解像度はジキルが写っている写真の方がよかった。



「あんま考えたくないな……」



ポンッ



ジキルは雑誌をゴミ箱に放り投げる。



バシッ



大きさ的に入りきらず、きれいに雑誌の角がジキルの足の小指にぶつかった。



「ッ……アー糞…っ!」



そんな気分転換も兼ねてジキルは今度、ステイシーに手渡された二通の手紙を取り出す。



(まずはステイシー直筆のモノからだな)



中に入ってたのはステイシーの自撮りらしきモノクロ写真二枚と、現在の基地の内線らしき番号、電報や手紙の送り先と自身の名前、そして「もっと貴方を知りたい」という一文の書かれたメモ書きだった。



(あの短時間でここまで準備してくれるとはな…)



嬉しい一方、寂しさも湧くジキル。



(あまり余韻に浸ると寝てしまいそうだ……)



ジキルはステイシーの手紙を大切にしまうと、次に例のもう一枚の封を開けた。



(ん?)



そこには白黒のムキムキな店主の写真とメモ書きが!



「あらやだ良い筋肉……ってじゃねぇ!」



とジキルがセルフ突っ込みをしてると、封筒の奥から更に小さい未開封の封筒が出てきた。



(マトリョーシカかよ……)



まずは店主のメモ書きを確認する。
















「ふむふむ、ジキル君へ。冒険家の子が君宛に手紙を渡して欲しいと頼んできた。君、ウチの店員を偽って手紙を書いたらしいじゃないか?困るなぁ……」



やべぇと思ったジキル。


当初は半分ふざけて書いた為、本気で返ってくるとは思わなかったのだ。



「でもまぁ軍人の君に相手は冒険家だからね。正直仕方ないなと思うからこの事は大目に見るよ。それに相手は君とのやり取りを正直心待ちにしてるからね。彼らはウチの店にもよく来るし。だから出来る限り返事をしてやって欲しい。宛先はウチで良いよ。それと街に戻ることがあったら、宜しく……か」


(イヤーすまないマジ感謝)



と素直に思ったジキル。



「んで、これが例のアレか……」



おそらく相手はあのエルフ、カミュである。


どんな事を書いているのかは不思議な所だ。



「そういやよく検閲通ったな、てか今してないのか……」



ジキルが参加していたフォレスト戦争の頃は検閲が激しかった。


冒険家なんてワードが入ったら一発アウトだろう。


だが戦後辺りから緩和され、よほどデカイ荷物を送らない限り検閲されないようになっていた。


現在も同盟のモテナとサウパレムがいざこざをやってるとは言え、それはある種対岸の火事に近い。


更に今現在の此方側……連合軍は強力な新兵器や工業力故に、多少漏洩しようが怖くないのかも知れない。


そもそも一兵卒のジキル程度の人間が知り得る情報などたかが知れていた。


軍事機密の塊の人獅子パイロットといっても自力でトイレに行くのにキスメルにボタンを推して貰う必要があるくらいの代物である。


ロクな事を知らない。


ガチガチにそんな末端を縛るよりは、多少自由を与えて、彼らの士気を高めた方が、微々たるモノとは言え戦争の効率は上がって行くという判断だろうか。



(下士官で助かったな……)



そうジキルは思いながら、未開封の小さい封筒を開けた。














~ジキル・J・ランスロット様~


はじめまして


募集を見ていただき誠にありがとうございます。


仕事柄どうしても深い人との関わりが限られてしまう事もあり、気兼ねなく話せる手紙の相手を探してました。


こうしてジキル様から返事を頂けたのは本当に嬉しいです。


ただ申し訳無いのですが、私達は有名な身であるため、今すぐ名前を名乗る事はできません。


でもでも秘密の相手とのやり取りって燃えませんか??


此方から一方的に話を進めていながら、本当にすみません。


ですが、バレない程度に近況報告は沢山出来ます。


ジキル様も言える範囲の内容で構いませんので、こうして細々やり取りを続けられると嬉しいです。


因みに前回のジキル様の手紙の内容見ました。


凄い料理がお上手だと言うことで、いつかお会い出来たら是非ご教授して頂きたいです。


これからもお返事、お待ちしています……。


PS・ジキルさんの手紙に載ってたプロフと私のプロフで占いの得意な子に占って貰ったら相手脅威の99.9%でした。凄いですね!!その子もびっくりしてましたよ。きっと私達凄く仲良しになれるハズです!!












「おヴぇッ!!!!」



ジキルは強い吐き気に襲われた。



(嘘だろ!あいつマジでこう思ってんのか?コロコロコミッ○かよ!あぁキスメルに腹パンされた所がうずきやがる……ヴゥオェェ……)



ジキルが見た手紙の内容。


それは明らかに作りが酷い文だ。


字体は細く綺麗だが、内容はおそらく男(カミュ)が頑張ってぶりッ子したと思うとドン引きの代物だった。



(仮にアイツじゃないにしても色々ヤバイが……返事なんて……)



するのを止めようと思ったジキルだが、一旦考えを整理する。



(待てよ。一応店の店主は誰書いたか知ってるんだよな。まぁ教えることはないにせよ、面は割れてるわけだ。それに本気でおふざけならわざわざあの店主が手間かけて俺にこんなの送るわけない。向こうも送りはしないだろうし……)



ジキルは自身の転生前の価値観に囚われていたのだろう。


どうしても彼が知る無限鸚鵡(ベンピ)返しの世界がちらつき、一文一文のやり取りというモノに生理的嫌悪を感じてしまったのかも知れない。


書き方はアレでも、交流したい気持ちは本気(ガチ)なのだ。


そもそもジキルが手紙を送った理由は、冒険家という畑の違う存在の生き方や姿を自身が目指す《誰かを守れる人》になるための参考にしてみたかったのが一番である。


ならないにしても参考資料として、文面の相手はそこそこ話はしてくれそうな感触はあった。


更にジキルとしても相手の顔を知る飯屋の店主が間に介在してる。



(やっぱりリアルの人間関係って重要なんだな……)



でなければ、元いた世界同様に鸚鵡(ベンピ)を永遠に続けねばならないだろう。


(今はじめて俺が一度死んだ人間であることが今生の選択肢に役立ったかもな…)


そう思ったジキルは手紙の返事を書く準備を始めたのだった……。


(続く)

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