第27話 憂鬱

衝撃の出来事にキスメル以外は騒然としている。


一番ショックを受けていたのは仲間を逃がそうとしたチャドだった。



「私の命令を聞かなかった者、危害を加えようとした者は今の様になる!」



キスメルは告げる。その後チャドの機体は機能を停止する。



「動きが!キスメルがやったのか?」



ジキルは思わず言葉を溢す。



「違う。人獅子はパイロットが戦意喪失すると自動停止するのだ」


「なっ!?」



ジキルは驚愕する。


しかし一番の驚愕事項は…



「それよりジキル伍長、私を敬称なしで呼ぶとはな……」


「しっ、しまっ!?」



何を隠そう、人獅子内の発言は外に筒抜けなのである。



「すっ、すみません大尉殿!」



ジキルは狼狽する。



(ヤバイ!俺も飛ばされる!)



そう不安になるも次の瞬間キスメルは笑い出した。



「別に構わんよ。それより真っ先に間に入ったのは流石だったな」



と逆にジキルを誉めたのだった。


程なくチャド機は整備兵や警務兵が取り囲みチャド自身も連行された。


警備兵に連れられたチャドは項垂れていたが、キスメルとステイシーの間を通りすぎた際には、彼らを強く睨み付けるのだった。


そしてその後、訓練は再開された。


4機の人獅子はキスメル指導の下、何事も無かったかの様に基礎訓練に励むのだった…………。

































訓練の後キスメルとステイシーは今回の訓練と騒動の報告の為、基地司令室に来ていた。


普段とは打って変わり、淡々と状況報告するステイシー。


ダマサイ基地司令であるショーン・ヴェンツァー准将は黙々話を聞きながらも、傍聴終了後には少し険しい表情で手を組み込み、その上に顎を乗せこうボヤく。



「やはり例の810期生が来る迄、実戦投入は避けるべきだったかもな……」


「元々上の指示で此方は急かされてるだけです。気を病む必要はありません」



ヴェンツァーを宥めるキスメル。


ヴェンツァー自身は人獅子の投入自体は賛成だったのだが、搭乗パイロットに関しては、彼らより後に育成された特殊な施しを受けた施設出身者に乗せるべきという考えを持っていた。


要は早期投入に反対していた人間だ。



「早速一名補充が必要になりましたので、今回は施設に直接補充を依頼しました。幸いなことに例の810期生を一名送れるとの事です」


「一人だけだと!私としては全員取り替えて欲しいのだがね!」



ヴェンツァーが苦言を呈した。


その一言にステイシーが一瞬不機嫌な表情になる。



「他4名は現状特に問題ありません。奇しくも見せしめ紛いになった事もあり、下手な真似はしないでしょう。それに施設側の話では現状810期生で送れるのが一人だけということです」


「フンッ!で、チャド軍曹の様子は?」


「懲罰室で懲罰の後、2日程独房で観察処分です」


「脱走未遂だぞ?普通に銃殺だ!!何考えとるキスメル!!」


「彼にチャンスを与えてやることは出来ないでしょうか?思惑ありきとは言え、初回であれだけ基地内を動き回れたのです」



司令塔外の滑走路に目をやるキスメルとヴェンツァー。


ボロボロの敷地を兵士や作業員が片付けている。


最も二人とも言って光景を見たがあんまり被害が酷いので直後顔をうなだれた。



(アハハ……)



二人や基地の状況を見てステイシーも被害の壮大さに内心苦笑した。



「そういう意味ではベール伍長も逸材ではありましたが……まぁ全体の結束の為、致し方ない犠牲とこの際割り切りましょう」


「万一また脱走しそうになったらどうする?」


「すべての責は私が負います。それに彼らの手綱を持っているのは我々です」


「…………」



真剣な表情で迫るキスメル。


そんなキスメルに言いくるめられる形でヴェンツァーは渋々提案を承諾した。























「良かったぁ-!」



ステイシーは肩の荷が下りたかのようにキスメルの横で安堵の表情をする。



「最も私の始末書の量は膨大になったがね……」


「ベン大尉ファイトー!!あぁでもやっぱ気にしてるの?」


「何がだ?」


「チャド軍曹の事」


「サウパレムとの事や背後の帝国の動きを考えれば、戦力は多いに越した事はない。モテナの国防軍は輸送船(キャリアー)位にしかならんからな」


「そっかー」



ステイシーは両手に報告書を抱えながら、そう頷く。


その時、直ぐにキスメルはステイシーの両肩に手を置いた。



「ステイシー准尉!」


「はっ、はい!」


「色々大変だろうけどこれからもよろしく頼む!!」


「わっ、分かりました!」



突如真剣な表情でキスメルが迫った為、思わず敬語になるステイシー。


そうキスメルは告げると直ぐに肩に置いていた手をステイシーの胴に広げ直ぐ様抱え、彼女の顔に近付き唇を押し付ける。



「んぅ!!んんっ!!」



ステイシーは頬を恥ずかしめながらも、彼のそれを受け入れた。


そしてキスメルは自己満を得た後、彼女から唇を離した。



「来週辺り休みを取らないか?」


「休み……ですか?」


「君も今日の流れで随分疲れただろう?」


「まぁ疲れたと言えばそうだけど……」


「その時色々労いたいと思う。ゆっくりとね。上には全て私がつけとく。待ってるよ」


「かっ、考えときます……」



そう言ってキスメルは狼狽するステイシーを置いて自室に戻っていった……。















共用シャワールームで一人黙々水を浴びるステイシー。


当然男女別にはなってる。


しかし、以前更衣室に置いた下着が何度か破かれたことがあった。


そのため出来るだけ一人かつ利用者の少ない時間帯を選んで利用していた。


昔はダマサイにも仲の良い兵士が何人か居たのだが、転勤や辞めたりで今は会話できる位の信用相手しか残っていない。



「誘われたけどなぁ…」



キスメルに誘われた事を思い出すステイシー。


だが内心乗り気じゃなかった。


キスメルが嫌いという訳ではない。


元々着任時からかなりキスメルはアプローチが強かった。


施設出身者としてはCの等級(ミドルネーム)が表す通り、上位クラスにあたるステイシー。


というより、施設出身者でも等級は軍生活での待遇やその後の扱いに影響する。


ざっくり分けるとS~Aが一般上がり以上に軍では特別待遇を受けられ、B~Eが好待遇、F以下が有象無象扱い……数合わせ位の存在だった。


兵役を設けずとも上下関わらず安定した兵隊供給が出来るこのシステムは特にこの世界では問題になっていない。


寧ろ異常に孤児や捨て子が軍に大量に送れる位増えている状況が昨今のベーシック社会では問題になっていた。


話戻してステイシーは上位の施設出身者として好待遇+上官に半ば愛玩されてる事を、複雑ながらも受け入れようとしていた。


だがその矢先に今回の脱走未遂事件も起きた。


起きなければ多少はキスメルに身を任せたかも知れない。



「まぁ直ぐじゃなくても……良いよね」



次辺りキスメルに聞かれるか、もう少し期日が近付いたら承諾しようとステイシーは思うのだった。























-二ヶ月後ー



(今日も疲れたな…まだ午後あるけど……)



ジキルは昼休みをとっていた。



(外出………いや観光位させてくれたっていいだろうに……)



人獅子の操縦には慣れてきた。


だが外出許可は全く降りない。


来てから3ヶ月は人獅子パイロットは外出出来ないというルールがあった為だ。


その為後1ヶ月は訓練を続けなければならない。



(改めて以前の環境が天国だったと知るなマジ……)



一抹の衝動でパイロット候補になったジキルだが、早くも倦怠ムードが出始めていた。



(それに頭痛に飲み込まれるような違和感が連日……マジでどうなってる?)



実はダマサイに来てから顕著に出始めていたジキルの不調は未だに続いていた。


念のため、症状をボカシながら軍医にも見て貰ったジキルだが特に異常は無いといわれてしまっている。



「やっほー!ジキル伍長!」



そんなジキルの相席にステイシーがやってきた。



「君はステイシー……いや准尉殿」


「そんな改まらないでよーステイシーで良いって。第一私年下だし」



ステイシーは微笑みながらそう答える。


とは言えジキルは表情が固くなる。


初対面の時は容姿に目が眩み見落としていたのだが、ジキルは程なくして彼女が年下ながら格上の立場の人間だと知ったからだ。


更にあのキスメルとよく行動を共にしている人物である。



「なら……ゴホン!じゃあステイシー、珍しいね…俺と相席してくれるなんて」


「だってー前のお礼言ってなかったし」


「お礼?俺は別に君に…」


「以前のチャド軍曹達の一件だよ。色々ありがとジキル伍長」


「あぁあれか…そりゃどうも……」



ジキルは一件を思い出すが、開幕血だまりに冷や汗かいた事の方が印象深く複雑な気分だった。



「でもあの時ホントにピンチだったもん私達。正にヅラハゲ危機一髪だった訳!」



(一髪もねぇじゃんそのゲーム…てかホントにそうか……)



ジキルは疑問に思う。


ステイシー自体は本心からそう言ってそうではある。


だがキスメルは機体のボタンも持っていたし、チャドも抵抗が酷ければそのま打ち出されたかも知れない。



「真っ先に守りに来てくれたでしょ?乗って間もないのに早々出来ることじゃないよー」


「そ、そうですか……ハハハ」



思わずタジタジになるジキル。


強調された胸元が目立つのもある。


露出がなくても豊満なのが伝わる。



(まぁパッドの可能性も否めんがな…あんなロボットがいきなり出てくる異世界だ。さぞ高性能なパッドが普及してるに違いない。だが垂れ方は自然……触れて掴めば確実だが……イカンイカンッ!)



そうジキルは考えようとし、心の惚けを消して平静を保とうとする。


その時だ。



「ファルメル准尉!」


「ほぇ?」



ステイシーは呼び掛けた声の方を振り向く。



「ってチャド軍曹!?」


「お前独房送りじゃなかったのか?」


「アンタに話がある」



チャドはステイシーを連れていこうとする。


非常に真剣な表情だ。



「うん、分かったよ」



ステイシーはジキルにじゃあまた今度と言った後、その場を離れた。



(何だ……このざわつきは……)



一連の顛末を知らないジキルにはチャドが何事もなかったかのように独房から出てきたのが不審でしかない。


ジキルの頭に妙な悪寒が走った……


(続く)

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