第23話 日常の非日常・下
「……何故志願した?」
俺は当然の疑問を投げ掛ける。
「パイロットになれば貰える報酬が増えますし…それに施設出身者ですから、この定めからは逃れられないだろうなって………」
また施設って訳か…結局施設ってなんなんだホント!
「ただ乗って旅行するんじゃないんだぞ!モテナとサウパレムの現状を知ってるだろ?激化すれば間違いなく駆り出されるんだぞ!」
「それが何か?」
まるで他人事の様に答えるニコル。
肝自体は座っているらしい。
「はぁ!?」
「まぁ堅苦しい話は後にしましょうよ。今は楽しめる内に楽しまないと!!」
ニコルは直ぐ笑顔を作り直し再び着替えの為、更衣室を閉める。
「じゃーん!!少し趣向変えてみました。どうですか?」
「……」
その後もニコルのファッションショーは続いたものの、俺はイマイチ乗り気になれなかった……。
買い物を一通り終え荷物を一旦車に置いた後、ニコルは少し外を歩きたいと言い出した。
「…俺ここで待ってて良いか?」
「良かったら先輩もご一緒に……」
誘ってくれたので同行する事に。
無論ニコル側は気遣ったのだろう。
(一番女に嫌われるやり方だな…)
俺は自虐した。
それでもそんな男を態々彼女が誘ったのは、いわば先ほどあった押し問答にケリをつけたいという彼女の意思なのだろう。
つまりこれは只の散歩ではない。
彼女は街を歩く人々を色々見渡す。
「家族連れですね」
「そうだな」
「私は羨ましいです」
「……」
楽しそうに歩く家族連れを見てそう語るニコル。
私も家族が欲しいというニュアンスは伝わる。
だがそれで俺に俺が家族になってやるみたいな答えを彼女が待っている訳ではない。
いわば俺がどういう返事をしてくるかの選民の儀式である。
「…………」
無論俺はスルーする。
仮に純粋な彼女の呟きだったとしてもそれは所詮孤児で施設という場所で育てられた彼女故の只の羨望なのだ。
百万ほど理屈が覆って、彼女が純粋な好意を持って俺にその返事を待っていたとしても俺は答えないだろう。
(それでも俺は選ばない)
俺に彼女を支える力が無いからだ。
ありとあらゆる角度から見て0なのである。
まぁこんな御託をグダグダ考える人間に好感を抱く人間などいないだろう。
他人の心が見えないという部分に人間は救われていると改めて感じる……。
そして解答すること無く、彼女の横を歩き続けている内にいつしか公園にやって来た。
そこでは子ども達が遊んでいる。
俺が知る時代の遊具に比べると古めかしいが、ブランコ砂場鉄棒と一通り完備してる。
こんな場所俺一人だったら絶対来ないだろう。
仮に来た所でマジマジ子どもでも見つめてれば捕まるだけの変態扱いだ。
まぁ幸い今はニコルもいるのそうならない……とは思う。
改めて一人で生きるということが、ただ他人が迫害するためのマウントツールになってることをまじまじ感じることだ。
ある種文明が土人レベルに落ちぶれた異世界でもその辺りあんまり変わらない事を考えると生物の本質なんだろう。
いつもの飯屋とかでも一人で行くと集団の連中はひけらかすからなぁ……
他に自慢できるものがない……俺と同じ持たざる者であれば尚更。
公園のベンチに俺達は座る。
遊んでいる子ども達を存外微笑ましく見つめているニコル。
(単純にそういうのが好きなのかもな…)
「子どもが好きなら他の道もあっただろ?」
「他に選べませんでしたから。先輩が一番分かってると思います。」
ふーんと俺は思った。
少なくともこの世界の俺達がいた施設っていうのは、職業選択を与えてくれる様な場所じゃないって事は確かだろう。
(正直聞くまでもなくロクでもない場所なんだろうな…)
ニコルがやたら射撃が上手く、ふてぶてしくない上官がパイロット候補に太鼓判を押し職業選択が無く……大体が軍人になってるという場所。
記憶喪失だから施設の事をニコルに多少聞いてみようかと思ったが、その必要はなくなった。
マンガゲーム脳なら一発で分かるような場所の説明と押し問答に労力(セリフ)を費やすのは無駄でしかない。
(ならば今俺がやるべき事は……)
そんな時だ。
遊んでいる子ども達の間に一人の母親が割り込んでくる。
どうやら我が子がそこに混じっていたらしい。
詳しい会話は聞こえなかったが、母親のこの声だけは聞こえた。
「この子達と遊んではいけません!」
泣きはしないが悲しげな表情をする我が子をそのまま引きずって連れ出す母親。
周りの子ども達は呆然としている。
「どうして……?」
ニコルも一部始終と母親の声を聞いていたらしく大層驚いていた。
少し寂しげな表情でだ。
(身なりを見りゃ分かるだろ…)
他の子達に比べ引き連れられた子の身なりは小綺麗だった。
最も凄まじい上級の貴族とか財閥のガキではない。
所詮着てる服は一般市民の大衆製品の域を出ていないし。
第一本物の上級はそもそもこんな所に沸かないだろう。
中の上…いわば世間体で普通より豊かに出来たり出来なかったりするような立場の連中だ。
上級にも階層(カースト)があるからな。
フン……奴は上級では最弱……そんな連中だ。
ニコルは暗い表情になっている。
連れられた子どもと仲が良かったらしい連中がやたら困惑してるのもあるからだろう。
大方自分の子どもが格下だと思っている子達と遊んでいることが不愉快だったのだろう。
大胆な選民は大人の特権だ。
(丁度良い。これをダシにしてやる……)
「あの女にとって子どもは宝石なんだ。周りに見せびらかすためのな…」
「見せびらかす??……子どもをですか?」
俺は説明する。
ニコルは女が行った概念が理解出来ないらしい。
「アイツはきっと旦那(ツール)が良いもんだから図に乗っちまったんだ。最もその宝石…二十年位つけ置いてようやく価値を炙り出されるんだがな」
「その言い方はあんまりです伍長先輩!子どもをモノ扱いするなんて!」
彼女は純粋な怒りの表情で俺を睨む。
宝石の例えが気に入らないのだろう。
だが俺が転生する前の世界では欠陥のある我が子を金や天使、宝石と言った人間以外のモノに例えて育てる親が聖人扱いされているのだよ。
現実にはそういう人間達のみが恩恵を預かるだけに過ぎない。
自身の境遇を不幸だと自覚し、黙して死ねるのは本物の強者だけだ。
だがそんな純粋な怒りを向けるニコルは強者には程遠い。
だがら尚更戦場に行かせてはならない。
「必然だニコル。競りに勝てれば高値で社会で売り渡り何食わぬ顔であの女のコピーをやる……最も負ければ先代の所業と共に報いを受けるだけ。砂場で遊んでる子どもを見てみろよ!」
俺はニコルに子ども達の居た方を見るよう諭す。
「あ……」
子ども達は何事も無かったように遊び始める。
一部気負いの空気のある子も居なくは無いが所詮まやかしである。
「私が子どもの頃あの中に居たら…絶対気にしていたと思います。あの中にだってそう考えてる子達がきっと……」
(後からなら幾らでも……イカンイカン)
俺はかなり血迷ってしまった。
本筋のパイロットを辞めさせる理屈から大きく外れてしまっている。
やはり転生前の中途半端な記憶は役に立たない。
そもそも役に立つなら転生前の人生で使えるハズだろう。
そんな記憶が頭に浮かばん時点で全てお察しなのだ。
精々他人を見下すレパートリーを増やせるくらいの虚しさだけだ。
一銭にもならない。
空腹すら満たすことは敵わない。
我ながら情けない限りだ。
だがそれでも彼女を引き止める理屈を俺は必死に沸かせてゆく。
「所詮ガキだよ。思って必死に考えて……でも気付いた頃にはヒゲの生えたオッサンになってる。連れられたソイツも、遊んでいたガキ共も何処にもいない!人間同士は分かり合わない!」
「それは…」
「いいか?そういう事やってた奴らが今度素性も分からん状況で殺し合うんだよ……戦争って奴は!分かった所でこの様なのにな!親の有無なんて関係無くな!!だからパイロットなんてなるの止めろ」
「…………」
やったか?
これだけ人間の醜悪さを語って必死に叫んだのだから確実にニコルはパイロットになるのを止めるハズ!!
だが喉が痛いぜ……。
「いえ、私は普通にパイロットになりますよ伍長先輩……」
あンれェェェェェンれェ????
全くニコルは動じていない。
(チィィィ!)
こうなったら直球だ!
「いいか?お前は前線の惨状を知ってるのか!!行って運が悪ければ最後死ぬ。死ぬんだぞ!デスだ!マトモな形で残ればマシかも知れない!死にきれずにおかしくなる奴だっている。さっきみたく楽しく生活する事だって!」
「他に私に選べるんですか?」
「今の場所にいれば少なくともそのリスクは減るはずだ」
そうコレだコレコレ!!
折角軍しか選べない人生で割かし平和な駐屯地勤務を選べたんだからここに残ってりゃいい話。
外で戦争してようが関係ない。
ここの勤務なら適度に休みも緩く取れて、気難しいが人は悪くない軍曹もいる。
美人なんだし、適当に安全な男を捕まえて兵長みたくそのまま寿退社してしまえば丸く収まるんだ。
そんな簡単な選択肢があるのに何故出来ない!!
「ここがずっと安心だとは限りません。それに私が行かないということは、逆に私の変わりに誰かが行くということですよね?」
「別にそんな事構うはず!!」
「伍長先輩は私の何ですか?」
「!?」
何も言い返せなかったわ………………
「先の大戦で現場を見てきた先輩だからこそ私にこれだけ言ってくださるというのは分かります」
「それは…」
「何より私を気にかけてくれること、心配して下さることはとても嬉しいです、でも伍長先輩は私の何でもありません……」
躊躇無く俺へのフラグを折るなお前って女は……
だがあったらあったで俺が折るか……
要は俺達はそういう関係。
この糞みたいな異世界で起こりゆる非常にベーシックな様!
でもそれでも俺は……
「じゃあ好きだと言ってやるよ!」
「私の見た目だけですよね?ブスだったらどうするんです!」
「んぐぅ!?」
しまったァァァあ違う違う!!
これは一瞬の躊躇い!
「ブスでも好きだと言ってやる……」
「嘘ですね」
そうですそうです。
だがそれでもパイロットになることは止めるがな。
それとこれとは別問題だ。
帰ろうと思って帰る場所じゃないのを知ってるからな俺は。
「好きぃ……とは言わないかも知れない。でもパイロット……いや戦争に行かせることは絶対阻止してやる。それは嘘じゃなく本気(マジ)だ!」
俺は彼女の両肩を持ち本気で持ち目をひんむいて叫ぶ。
正直熱が入りすぎている。
相変わらず両足が震える。
横を向いて俯くニコル。
非常に美人だし、このまま力任せに抱き締めたい気持ちも無くはない。
だがこんな変態な俺でも不思議とそれが出来なかった……。
「……痛いです。伍長先輩…」
「す、すまん……」
俺は手を離した。
夕日が沈み始める。
公園から子どもは消えて気付けば俺達二人になった。
ブランコに乗り俺は一人黙々こぎ始める。
ニコルも横のブランコに座っている。
「獣人のさ……小さい女の子がいたんだ。二人な」
「ロリコンなんですか?」
「違う!!」
いきなり話を剃らすの止めろぉ!!
「二人とも死んだよ。一人は俺が戦争ではじめて殺した…」
「……」
「その時は仕方なかった。だがその話には続きがある……」
「聞きたくありません」
「二人ともちゃんと亡骸が始末されてなかった。訳あって再び会った時は変わり果てた姿だったさ…」
「止めてください」
正直出すべき話題じゃない。
引き止めの材料に死んだ人間を使いたくなかった。
「結婚を間近に控えてた奴がいた。俺とは似使わない程良い奴で、何でもそつなくこなせた。その癖俺への面倒も良かった…」
「聞こえなかったんですか?先輩……」
「だがソイツは結婚出来なかった。出世欲の塊の巻き添え食らった。出世欲の塊がやらなきゃ戦争がもう少し続いて、ソイツも俺も別の形でくたばってたかも知れない。槍にケツからぶっ刺されたり俺の真横で撃たれて何処の誰とも知らず死んだ奴みたいにな…だから今も凄い悔しいんだ……」
「止めてって言ってるじゃ無いですか!!貴方はそうやって無理やりでも私をパイロットから引き離したいんですか?」
「そうだよ!!」
他に理由が必要なのかよ!
それで十分すぎる位だ。
「じゃあ貴方は何でパイロットになるんですか?」
ニコルは俺がパイロットになった理由を問いかける。
「今俺が言った奴等と俺、どっちに命の価値があると思う?」
俺は歪んだ質問を彼女に問う。
「そんなの比べられません!」
「それはお前が優しいからだよ。俺はハッキリ言える。奴等の方が価値があるってね!!」
「それはおかしいです!」
「命は平等じゃない。俺はアイツらの命より安い……最低野郎だから行くだけだ!」
「………………」
………勝ったな。
我ながらパーフェクトゲームをしてしまったと思う。
だが気付いたら何故か俺の話題にすり替えられた気もするが…。
どっちにせよもうパイロットになる選択肢はなくなったハズ。
「だから大人しく服でも買ってろ」
「伍長先輩……軽いなら先輩こそパイロットになる必要がありません」
悔し紛れの一言か?
ニコルの潤んでる顔は綺麗だが辛いものである。
だが何故潤む?俺に論破されたのが悔しいのかそんなに?
「何故だよ?」
俺は尋ねる。
「軽かったら伍長先輩が言ったような人達を守ってあげられないじゃないですか?軽すぎて弾がすり抜けていきますよ?すり抜けた弾は何処へ向かうんですか?」
「!?」
何故俺は動揺する?
俺に力が無いから守れないのは知ってる。
だが何故今俺は戸惑ったんだ?
「私の憧れ……ジーク様や彼と一緒に歩む人達は、自分を含めた命の重みを知ってるんです。だから強いんです。私はその人達程じゃなくても、そんな人になりたいんです!!」
「き…詭弁だ……第一奴等と違って俺達は軍。汚れ仕事だってある!お前も知ってるだろ?この国の軍の悪業だって!!」
「分かってます。それでも私は目指したいんです。選べない私なりに選べる憧れと……誰かを守れる人に!」
ズドオオンとのし掛かるような気分だ。
「最低野郎って言い方止めてください。そんな人に貴方自身が泣いてくれた人達は泣いて欲しくないと思います……」
俺は膝をついて項垂れる。
彼女にあって俺に無い物。
それは覚悟だ。
この世界に来てずっとそんなモノなど無かった。
なし崩しに戦争へ加担し、悲劇に手を染め、引きずったが結局そこで俺は止まってしまった。
理不尽な理由で少女を手に掛けた……
理不尽な理由で仲間が死んだ…
そんな事すら覚悟で背負うという意気込み。
それはある種彼女が無知だからこそ突き進めるのかも知れない。
賢しいだけの世界で生きた価値観と知識だけを引き摺る俺。
理不尽が前提でひたすら貧しい世界を生き抜こうとする彼女。
正しさなど……必要ないのだ。
だがそんな彼女は俺の手を両手で取りこう促す。
「誰かを守れる人を目指しましょうよ。伍長先輩……いえ先輩なら出来ます」
「……」
思えば、俺はこの世界に来て何を目的に生きてたのだろう。
ただ転生前のやり方の焼き増しをやりたかったのだろうか?
いや違う。
焼き増しで満足出来るなら死んだ奴の記憶なんて残っちゃいない。
未練?
そんなオカルト俺は信じたくない。
例えオカルトが実在する異世界であったとしても……
(少なくとも…もう焼き増しで時間を潰すのは止めだ!)
「ありがとう……ニコル」
俺は差し伸べられた手を握る。
「伍長先輩……」
「俺が間違ってたよ……もうお前を引き止めはしない。俺も自分のあり方を少し変えてやる」
「それで良いと思います」
ニコルがパイロットになることを止めようとしたら結果的言いくるめられた上に、微妙に改心させられていた。
ただあまりにムードが良くなってきて、気付くと俺はニコルを抱き締めようとしていた。
「……嫌です」
「あっ……そっかぁ……」
「……ごめんなさい、先輩」
速攻止められる俺。
我ながらこの場合良かったと思う。
セクハラ案件で訴えられたらたまったもんではないし。
「……それ以上の事は伍長先輩がホントに好きになった人と出会った時にしてください」
その時のニコルが見せた笑顔は素晴らしいものだった。
(すげェ……本気で惚れるな)
だが今勢いで告白したらこの笑顔を彼女は間違いなく二度と見せてくれない気もした。
(まずは目指さなきゃダメなんだろうな……)
誰かを守れる人って奴をさ。
俺は異世界に転生して遂に目的を得るのだった……。
(続く)
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