第22話 日常な非日常・上

異動前日。


俺は非番になれた。



(あの獣人の店に行くか………彼女の予約を取っておけば良かったな)



どうせ暫くこっちに帰れない。


食べ納め感覚で俺は向かうことにするのだが、



「せーんぱーい!!」



聞き慣れた声が俺の宿舎にやってくる。



「なっ!?ニコル?」



周りの男性兵士達も驚きだ。


だって男性兵舎だし。



「今日ってもしかして非番ですか?」


「はい」


「今日一日付き合って下さい!!」


「はい」






はい……。


スムーズにラッキーイベントが始まると案外御託は減るものだ。


同室の仲間達が羨望の表情で此方を見てる。


そんなレベルのスムーズさでニコルと一日付き合う事になった。 



















まぁ実際の所…



「すみません先輩~私訓練課程の関係で免許持ってないんです……」


「そうかそうか…」



そうですそうです。


要は荷物運び+運転手+荷物持ちという役回りで呼ばれたようだ。



「他の奴じゃダメだったのか?」


「あまり他の男性と仲良くないですし-。同郷で声掛けやすくて非番の伍長先輩なら助けてくれるかな-って-。てへっ☆」



いつも以上にぶりっこなニコル。


甘える攻撃で俺の拒否退路を潰す。



シュラシュラシュアフィシュラフィンッ!



(あぁ逃れられない!!)


「じゃあ俺、車準備してくるから…」


「えっ?伍長先輩着替えないんですか?」



急に真顔で言われましても………軍服が不服か?



「これ三着持ってんだわ。洗濯仕立ての奴だから安心しろって」


「うぇぇ…じゃなくて!じゃあその間に私着替えてきますね!」



オイ今の何だよ?


あれが素か?


そう言ってニコルは女性宿舎に戻って行く。



(別に街に出るだけなのに…マジでデートしてくれるって訳?)



因みに車は軍の通常車両を軍曹に頼んで上と交渉して貰った上で借りた。



(ガミガミ言われてしまった…)



一応借りることは出来た。


鍵を廻しながら脳裏にお小言がフラッシュバックする。



ガミガミガミグチャアガフガィガミガミガミッ



この辺りの面倒事もあの後輩加味した上で俺を誘っていそうだ。



「伍長先輩!!」


「!?」



倉庫のガレージを開けようとした時だ。


そこには私服のニコルが居た。


キャミソールにフリルが施されたブラウスとスカート。



(バリバリ私服って奴か………)



しかも時代風景の割に着こなし妙に近代的な気がするんだが…。



「ソレ流行なのか?」


「はい!アイネス様一押しの!!」


「アイネスって?」


「冒険家ジーク様のお仲間の盾使いです。世界レベルのファションデザイナーで自ら流行も牽引してるんですよ!」



どうやらジークの仲間らしい。


盾使いというが、そもそも銃弾が肉体を貫通する世界に生きてきた身としては、盾がどの程度のモノか知らない。


俺からすれば凄さが今一伝わらない。


ただ彼女の着こなし自体はそのアイネスという女(多分)がデザインしたモノらしい事は分かった。


それでだが態々分かった言う必要ある?


わかんないな……



「まぁ去年のですけどね……」


「去年のじゃダメなのか?」


「流行なんて直ぐ変わりますから…でも給料は安いですし中々直ぐに切り替えは難しいし…」


「へーへーへー」



これ以上聞くとボタンになりそうだヘェェェェイ!!


とりあえずファッションってモノはこの世界でもやっぱり高い上に面倒って事は分かった。


大衆向けの安売り量販店なんて無さそうだし、尚更ベリーハードだろう。


まぁそれ着たら着たでマウントワールドな訳だが。


だがそういう生き様はオムツをつけて小便や糞を漏らしてきた連中のオツムとも言えるかもしれない。



「あ……あの…似合いますか?」



俺がこんなしょうもない悪態をついてるとは知らず、先程のぶりっ子態度とは正反対にしおらしい態度でコーデの出来を俺に尋ねてくるニコル。



「うん。めっちゃ可愛い」



良く分からんがベースが可愛いから素直にそう言える。


普段纏めてる髪も軽く下ろしてるだけあってかなり印象が違って見える。


それだけ軍に似合わない人物って事なんだろう。



(不細工や冴えない顔だと本当服買っても楽しくないからな。それで買わないと買わないでマウント取る奴等(ブリブリウンチ)多いし。そりゃその金で風俗や飯食った方が有意義ってなりますよ俺なんか特に……)



俺はニコルを見て改めてそう感じた。


一方俺の言葉に嘘偽りが無いのが分かったニコルは笑顔で……



「ありがとうございます!先輩!」



と答える。


んんっ??



(俺に態々声を掛け、私服も着てくれるとは実は気があるのではなかろうか?)


「あのさぁ…もしかしてニコル俺に気がある?」



あっ、聞いちゃった。


まぁ明日異動だし多少のセクハラ発言は許されるだろう。


二度と会うことも無いのだし。



「……違います」



速攻否定された。



「街に出る以上そこは戦場なんです!男性は冴えない子には声をかけてくれません!」



戦場かぁ…凄い意気込みだ。


最も冴えない子を育てる男もいるんだがなぁ…ニチャァ……












~虚無タイム~









そんなこんなで街にやってきた俺とニコル。


彼女は開幕連れてこさせたのは映画館だ。



「暫く観れなくなりますので…」



ニコル曰く、どうしても今日観ておきたいらしい。



「お、おう…」



券は普通に二人分。


しかも店員の計らいか席は隣だ。


これは最早デートなのでは!?



「すまん、鑑賞中に手ぇ繋いでもいいか?」


「集中したいので止めてください」



ああああああああああああああああああ生殺しじゃねぇかぁああああああああああああああああああ!!!!!!


そんな感じで劇場へ。


因みに映画は白黒音声無し字幕というレトロなモノ。


内容は以前他の兵士も観たがっていた冒険家ジークVSボブカットオヤジのアレ。



(まぁこの中身なら大したラブシーンなんて無いわな。ゴ○ラ見てるようなモンなンだわ)


「ジーク君!好きです!」


「俺もお前が好きだ!!」



ガシッと抱擁からのキスシーン!


しかも相手はあの金髪のローブ少女と思われる相手だ。


あんな積極的とは……役者だから顔は多少違うが、出てる役者は当然美麗だけにダメージが大きい。



(嘘だろ!めっちゃ恋愛描写あるじゃん!!戦闘描写よりいちゃラブシーンが多いってどうよ!てかコイツら冒険してるのベッドの上だけじゃねぇか!しかも三人告白して全員快諾してるの実話かジー君!?)



興奮しすぎてお友達になっちゃったのかい?


てなレベルに赤の他人の俺がジークのフレンズになってしまう。


免疫が低い人間がこれくらい発狂するくらいには恋愛濃度が高い内容だ。


同時に優秀な一流エンタメである。


娯楽とは人を楽しませるもので、俺がこれだけ作品に没入してしまうという事実はこの作品の質の高さを物語っているのだ。


糞みたいな悪態をついて鸚鵡返ししか出来ないモノは虚しくつまらないからだ。



(んでっ!二ッ!ニコるは!?)




そのあまり隣のニコルちゃんを俺は凝視。




かぁぁぁぁぁかかかかかお



(とぅぅぅぅくぅぅぅぅ!?めっちゃいい感じに涙だして赤面してる!)



しかも隣の手すりに手が乗っかっとる!



(仕方ない。これはたまたま…たまたまだぞ!)



俺はその手に自分の手を置こうと画策!!




だがしかし



「感動しました…」



バッ


(あっ……ふぃん……)



そう彼女は言うと置かれていた手でハンカチを取り出し涙を吹きとる。


目論みは失敗した…………。

















一旦映画で時間を潰した後、飯を取ることにした俺達。



(こじゃれた店だな…)


「時間をゆっくり取れないとこういう店は中々入れませんからね……」



本当中々気取った店である。



(なんか犬っぽくねぇなぁ…)



店に置いてある生き物の置物はどうやら魔獣らしい。


俺はこの時改めてこの世界異世界なんだなと痛感する。


とりあえず俺達は座ってメニューを眺める。



(雰囲気で利益取ってそうだな。出るものの原価考えたら俺らがよく使う飯屋の方がマシかも知れない)



元いた前世の世界での悪癖を出してるような気がする俺。


正直はじめて見るメニュ-ばかりなので戸惑いが多い。


そんな中ニコルはスタスタ注文を決めたらしく……



「すみません、私グレイルフィッシュのロートソース添えにバケット付、ヴェルデサラダ、クリティカルマッシュのポタージュ、ペアースターキーにゼクチィカツレツをお願いします。後デザートにクリアランスパフェを。伍長先輩は?」


「はっ、はぁ??俺??」



サッと店員を呼びオーダーする。


もう言っちゃった?


てか心なしか色々頼んでね?



(マヂわかんねぇよ…もうこれで良いや)


「ポートアリゲータの照り焼きサンドとブルベリーフェリペチルノで………」


「は?照り焼き?そんなの無いんだけど?」



店員がタメ口で返してくる。


なんだコイツ?



「あっ、すまんグ、グリルだったな…炙り焼きでお願いします。アリゲータは焦げ目がつくまで念入りに焼いてくれ」


「しゃーらした」



あからさまに俺に対する態度が酷い女性店員。


やっぱ女って(以下略。



「そう言えばお客様、パフェと言えば今期間限定でこういうメニュ-をご用意出来るのですが?」


(おっ?これは??)



そう言って店員がニコルに見せたのはカップル向けのスペシャルパフェ。



「にっ、ニコルこれッ…」


「結構です」



無慈悲な一言。


まぁそりゃそうだけどね……。























次に化粧品店に到着する俺達。



「軍じゃ禁止じゃないのか?」


「最近女性活動家のお陰で一部緩和されたんですよ。知らなかったんですか?それにオフの時は必須ですし、イヤだなぁ先輩ったらハハハッ!!」



はぁァァうっぜぇえええええ!!


そんな感じでドンドン選りすぐっては買って行くニコル。



「あっ、因みに今こんな新製品があるんです!」



そう言って販売員が見せたのは新製品のフレグランスとスキンケア一式。



(ん?)



販売員とニコルの座るテーブルに挟まれたビラに何か書かれている。


カップル同伴なら値引き+試供品の香水がつくらしい。



(BBAがキレてしまうような博打を化粧品屋が!?さすが異世界!)



だが俺達はカップルではない。



「後此方なんですがカップル連れの方でしたら、此方の試供品をプレゼントしています!」


(フン!こんなん解答一択なンだわ!)


「残念だが俺らは…」


「本当ですか!!是非是非!!」



俺が言い切る前に流れを押し切るニコル。


そのための……俺(ツール)!!



(そういう事か……)



しかも律儀に俺の分まであるし。



ガチャッ



扉を開けた時だ。



バッ



「あっ!?」


「きゃっ!?」



俺は誰かとぶつかった。



「いってぇ……」


「大丈夫ですか伍長先輩?」



駆け寄るニコル。



「ちょっとぉ!店員さん!」



なんだかぶつかった相手は俺ガン無視で店員に食ってかかってるみたいだが。


こんなフェアやるからババアがキレて難癖つけに来たのか?



「んって……」


「えっ!?」



だがそれは違う。


スラッとした華奢な体躯に新緑の様な清んだ長い緑色の髪をツインテールにした色白の美少女。


何より耳が長い。



「エルフ……」


「あっ、アンタは……」



するとそのエルフの美少女はすぐ駆け寄ってきた。



「ごめんなさいっ!つい熱になっていたから貴方の事を忘れていてっ!怪我とかはない??」



意外にも素直に謝ってくるエルフの美少女。



(これが……エルフ……確かに美人だ)



横でなんかニコルが不機嫌そうだが、知らん知らん。



「大丈夫ですよ……それよりどうしたんです?」


「そっ、それは……」


「同伴の特典よ。私貰えなかったの……」



どうやらアレか。


という事は彼氏持ちか。



(知ってた)



そりゃあ美人なら男がいないわけ無いもんなぁぁww



「店員、渡せよ?」


「でッ、ですけど条件が……」


「差別は良くない」


「人種差別は問題ですよ店員さん。私も色々この店考えちゃいますね」


「はわわっ……そういう訳では……」



ニコルが同調する。


かくしてエルフの美少女は特典の香水を貰った。



「貰ったけど一個だけって!あの子どんだけボケボケなのよっ!」



エルフの美少女はイライラして軽く癇癪を起こしている。



(要は彼の分って奴か……まぁあんだけ急な状態で店員も慌てたんだし許してやれよ……)



そう俺は思ったが、やっぱり深刻みたいですね。



「よかったらコレあげますよ」


「へッ?」



俺は自分が貰った香水をエルフの美少女に手渡した。



「でっ、でもソレ貴方のじゃ……」


「俺がつけるより君がつけた方が似合う」


「あっ、ありがと……兵隊さん」



エルフの美少女は少し気恥ずかしそうにして俺が貰った香水を受け取った。



「おーい!」


「あっ、ミカン!!」



すると彼女を呼びかける声が。



「じゃっ、じゃあね!」


「気をつけてな」


「…………」



バササッ



そう言ってエルフの美少女は去ってゆく。



(友達か?だが………ってまさかの獣人かよ!)



なんと駆け寄ったのは獣人の胸の大きい女だった。



「彼氏さんですね、彼女さんかも知れませんが」


「マジかよ!?」



まさかの獣人とエルフの、それも同性のカップルだったのだ。



(強いられ過ぎだろ……いやそれにしても……)



二人は恋人繋ぎで背を向けながら去ってゆく。



「やっぱりここはベーシックが多いわ。まだあの子達とやるのは……」


「なら一旦帝国大陸の方に移動しようぜ」


「そうね。じゃあ皆を待たせてるし、お土産も少し奮発しないと」


「えっ!?まだ買うのかよ」


「予算に余裕が出来たわ。良いこともあったし……」




何やら二人は会話をしている。


俺にはよく分からない。



「んっ!?」



一瞬肩を寄せたエルフの美少女が俺の方を振り向く。



ペコッ



彼女は俺に軽く一礼すると直ぐに前を向いてその場を去ってゆく。



(気のせいか少し名残惜しそうに見えたが……)



気のせいだろう。


しっかしエルフってのはやはり予想通り美人なんだなと思う。



(あの細い指先からもう既に体が浮きそうな位軽そうな雰囲気だ。抱えやすそうな身体だし本当色々唸るだろうな……)



相変わらずの煩悩全開な俺。



「伍長先輩?」


「あっ、ゴメン……」



立ち尽くし過ぎてニコルの存在を俺は忘れていた…………。
























そして最後にやってきたのは服屋。



(さっきの店では結局よく分からん洗顔料買わされたわ…)



どうやらあのキャンペーン、カップルというより男性顧客獲得が目的の代物だったらしい。


あの時の販売員は獲物を見つけた鷹の如く俺を襲ってきた。


ずぼらな癖に、商売になると違うもんだな人って奴は。



「ここで何買うんだ?」



試着室入ったニコルを腕組んで仁王立ちする俺。


正直軍服で来てる関係で周りの客に目立つらしい。



(見られている…あぁ見られてるぅぅ……)



俺は割りといかつく見られている様だ。


内心ビックビクで足震えているんだが…



「お待たせしました!」



そう彼女は言うと、勢い良く試着室のシャーシは開かれた。



ジャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!


「ぷぷぅ?ぷにッとお!?」




目の前にはビックリ!


水着のニコルが!!


普段からは想像つかないレベルの薄い肌面積の暴力が俺を襲う!!  



「随分ぅ肌面積が低っつう!そみょそみょ…も海無いだろこの国。まちゃ…まさかそれでありゅッ…街を歩くのか?」



クールに応対するつもりが変に噛みまくる俺。


ええい!!


風俗で女のまっぱなど見慣れた癖に!


何故こうなる!?



「いえ違いますよー。モテナ王国行ったら休みの日とかに遊びに行きたいな-って……」


「え?モテナ王国?どういう事だ?」



俺は状況が掴めない。











「私も人獅子のパイロットに決まったんです!!」



満面の笑みでそう答えるニコル。



(嘘だろ…)



俺はこれまでの茶番が泡になるくらいの事実に動揺していたのだった……。


(続く)

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