第19話 使い捨ての塵紙

「伍長先輩!」



試験二日前にニコルが声をかけてきた。



「ニコォルかぁ?」


「なんですその伸ばすような言い方?普通にニコルって呼んで下さらないと思わず笑いそうです、フフッ」



流暢に発音して返してやろうとしたら変に間延びしてしまう。



「お前、前回の飯の後俺捨てて直ぐ帰っただろ?酷くね?」


「女子は門限厳しいので、それに最初に先輩が奢ってくれるって言ってくれたんですよ?忘れちゃったんですか?」



そうだっけ?


ただ酒大量に入れられて煽てられたから勝手にトチ狂った可能性は否めない。



「明後日の試験は自信あります?大丈夫そうですか?」



ニコルが自信の程を聞いてくる。



「別に試験自体は基礎知識だし、ヤマは小論文と面接くらいだろう」



まぁこの2つがネックなのだが。


忘れがちだが俺は記憶喪失である。


正確には異世界へ転生→一兵卒って訳なんだが、この世界では記憶喪失扱い、いわばこの世界における今の俺の出自の記憶がほぼない。


ついでにこの世界に関する知識もかなり飛んでる。


軍での生活で必要な知識やスキルはインストールされてるみたいだが、時事関連は壊滅的だった。


一応休みに情報を仕入れたりはしているものの、出題される課題によっては詰む可能性が高い。



(まぁ論者になったつもりで祈るしかないな)


「どうしました?」


「あっ、あぁいや別に!!」



ニコルに顔を覗かれ思わず狼狽する俺。



「余裕しか感じない」



俺は取り繕うように答える。



「本当ですかぁ!?伍長先輩は本番にお強い方なんですね!」


「本番強くなかったら命がなくなるからな……ここでは特に」


「私、同じ出身として応援してます!無事昇進して軍曹さんを喜ばせましょうよ!」


「軍曹…ねぇ…」



あの後、軍曹とばミーティング等以外では殆ど顔を合わせていない。


向こうも一切話かけてこない状況だった……。
















そんな状況の中試験当日になる。



(筆記、小論文は余裕だったな…)



筆記は過去問コピペだった。色々捻りすぎて一部助詞や形容詞が穴埋め空欄になっていた。


小論文もフォレスト戦争絡みの事だ。


獣人を悪く書いとけばミスることがない内容の。



「入れ!」



ドアをノックし、長机の前に座った三人の士官と向かい合わせるようにポツンと置かれたイスに座る俺。



「まだ座れと言ってないぞ!」



直属の上官に忠告される。



「すみません…」



俺は三人の士官の顔と容姿を見る。直属の上官と洋梨体格の二人。


内一人は熟れた感じで態度もでかそうである。


俺は名前と所属を述べる。そして面接が始まった。



「まず君、あの軍曹からの推薦だったよね…」


「デネブは兎も角、俺はお前が推薦された理由がよく分からん」


「とりあえず始めるかね。まず先の戦いにも出てたらしいから聞こうと思うけど…」


「はい」


「君は前回の大戦での君たちの扱いをどう思っとる?」


「扱い…というのは?」


「私達(軍)のだよ。素直な意見を聞きたい。まぁ質問というより感想になりそうかの」


「大戦で二階級上がりました。長期化も予想された中、無事終結してここにいれるのは軍のお陰だと思います」



半分嘘である。


素直に聞きたい(素直に聞くとは言ってない)の問いかけなのだから無難だろうと俺は思った。


そしたら…















「あーつまんね!」


質問した士官の横のふてぶてしい士官が俺を煽ってきたのだ。



「顔に書いてあるんだよね―。とりあえずこう言っときゃ無難だよなぁってタカ括ってないかお前?」


「それは…」



ふてぶてしい士官は圧迫面接を仕掛けてくる。



「そうだ。じゃあなんか芸やってみろよ」


「はい?」


「芸だよ!芸芸!!四角四面の判断しか出来ねぇ奴って仲間の命預かる仕事に向いてないと思うんだよねー俺。面白かったら俺推薦してやるからよ…」


唾液の量が多いのか、ふてぶてしい士官の口はややクチャラ音立てながら糸引いてる。



「やれよ」



追い討ちの一言。


適度にチラチラ真横の壁に取り付け飾られた3つ程ある異国のお面を見てふてぶてしい士官は言う。


俺も視線を見てしまう。



「いやぁきっしょい面だよなぁ~ウチの街の四六時中仮面つけてる貴族の寄贈品でよぉ~俺なんて花粉対策のマスクすら面倒だってのに毎日つける奴等の気が知れねぇ!命令されてもゴメンだわ!!」



まるでつけろと促すかのように。



(何やればいいんだ…)



真横の壁についた面の内、顔外周が真っ白、目や鼻口等をまるでお歯黒を塗ったような無表情な雰囲気のお面を装着した俺。



「では、降霊術(シャーマン)やります!」


「おおっ!」



ふてぶてしい士官は一人舞い上がり、拍手しながら急かしてくる。


他二人はシラケている。


俺は足を大きく開き、腕を後ろで組んだ後、面をつけた顔を真上に上げ、大きく息を吸う。


そして…















「心臓を捧げよ!!」



大声で叫ぶ。


まずは降霊の為の供物を準備!



「よみがぁぁぁえぇぇぇれぇぇぇ!!!」



詠唱①を唱える。



「あざやぁぁぁぁぁあぁかぁぁぁぁぁに!!!!」



詠唱②を唱える。



バッッ



そして最後に降霊したかのように見せかけるためのイナバウアー。



ゴキッ!



「ぁ…ぁ…あ!!!!」



腰への痛みの勢いが振り子となって一気に腰が前に倒れる。


これで準備は完了した。



「どうも軍艦に住まうー呪縛霊です!」


「軍艦の呪縛霊だと!?」


「いつも陰気な船員さんに媒介の床をゴシゴシ削られて、いたいけ処女膜ロストワールド!!そんなシャイな私だけど今日も1日頑張るぞい!!!」


「………」



シラケ具合が増す。



「デンデンデンデン!リンビョー!!!ドジっ娘マンちゃん失敗の巻!補給で重油をいれようとしたら間違ってガソリンいれちゃった!マンちゃんダメな子ねー」



場のマイナスボルテージが一気にカンストした。



「つまんねえ」


「……」









不快すぎる静寂で一気に静まり返る面接室。








「お前面白いと思ってんの?」



ふてぶてしい士官が尋ねる。



「つまらんですよ。勿論」


「はぁ?じゃあなんてやった?」


「タカを括るのが不快だと言われたからです!」


「調子に乗りやがって!」



面接室は一気に一触即発の状況に。


殴りかかろうとするふてぶてしい士官を二人の士官が取り押さえて宥める。



「テメぇみたいなのが昇進!?バカじゃねぇの!面白さの欠片もねぇ!ムスッとしてるだけで少しの挑発でブチギレでよぉ!その癖態度だけはデカい!ホントにナメられて悔しいと思ってるなら笑わせるくらいやれるだろ!それも出来ねぇのかテメぇは!」


「じゃあ本当の降霊術をやってやりますよ!」


「オラッ!やってみろ!」



俺は再び仮面をつける。


そして口を開いた。


























「俺は伍長。以前輸送車両の運転をしていました」


「テメぇの事だろそれは!」


「落ち着いて下さい。最後まで聞いてやりましょう」



直属の上官がふてぶてしい士官を宥めた。



「結婚も間近に控えていた俺は、嫁の事もあるし軍を辞めようと思っていました。でも直ぐ辞めるにはこれからの事もあるし…そこで俺は次の任務をこなしたら軍を辞めることにしました……」


「……」







術は続く。



「最後の任務の日が来ました。油断出来ない状況とは言え、戦局は落ち着きつつあり、その任務も無難にこなせていました。休憩中にポケットに忍ばせた嫁の写真を眺めながら、もうじき帰れると俺は少し安堵していました」


「フンッ…」



ふてぶてしい士官が悪態をつくが、遮ることはなかった。



「ですが俺は帰れませんでした。何故かって?今こうやってるじゃないですか?正直この身体間借りして嫁の実家帰りたい位ですよねぇ!!」


「それが…君の答えか…」



ふてぶてしくない方の洋梨士官が尋ねる。



「俺のですよ!俺がこうしなきゃいけない原因作った奴らは呑気に生きてる!俺はハッキリ分かったんです!命は平等じゃないって!アイツらは生かされている!コイツも普通に生きている!悔しいですよ素直に!」


「降霊失敗してるじゃねぇか……」



ふてぶてしい士官が真顔で答える。


俺は膝をつき顔を項垂れた。



「君、もういいよ」



ふてぶてしくない士官が俺に退席するよう促す。


俺は立ち上がり、部屋を去ろうとした。



「あぁ忘れてた…」



そう言ってふてぶてしくない士官が退室際の俺に尋ねる。



「下士官って数あって困らない存在なんだよね。特に若ければ若いほど。何でか分かるかい?」


「分かりません」


「二つあるんだよ。若ければ幾らでも替えが利く。経験が蓄積されきってないし、施設もあるし軍は不人気と言っても次々人は入ってくるからね」


「………」


「あともう一つ。若いから幾らでも経験を重ねて強くなることが出来る。年取っても出来るけど時間だけは皆平等だからね。取り繕うが色々無慈悲だとこの歳で私は痛感しているよ。君はどっちだろうね?」


「説教ですか?」


「君にそこまで思い入れは私には無いよ。二択の質問だ。答える必要はない。私個人としては彼がどっちの思いで君を推薦したかは想像がつく。私は今の君を見る限り、彼とは真逆に捉えているからね。だから正直結果はどうでもいいんだ。今この場で君に階級章を渡しても良いと思ってる」


「………」



ガタッ



俺は彼に答えずドアを開く。



「お前は今軍人だ。今晩辺り考えろ。その事実と責任と覚悟、そして肩書きの無い自分というモノを想像した上で今後を過ごせ。昇進の有無を問わずな」



最後にこの場をほぼ静観していた俺の直属の上官がそう俺に言い残す。


かくして面接は最悪の形で終わるのだった。

















帰り際に俺はロビーに立ち寄る。


誰もいない。


一人で複数人座れるソファを独占する俺。


そして上に見える壁掛け時計を見つめる。


ソファに併設された長机に箱ティッシュが置いてある。


この世界ではまだ一部でしか普及していない貴重な品だ。


最も安価な労働力確保で量産の体制が整いつつあるらしく程なく普及はする見込みらしい。



(花粉シーズンには間に合って欲しいよな…)



そんな風に俺は思う。


机にあるのは軍と取引をするこの国の財閥企業からもたらされたサンプルだった。


それを俺は二枚ほど取り出し鼻をかむ。



(アイツの口並みだ…)


ポンッ



俺は二度と見たくない使い終わった紙を丸く包み込み、すみに置かれたゴミ箱に投げ捨てるのだった……。


(続く)

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