第11話 ゲスの上書き をとこ
少女に連れられ間一髪の状況を逃れた俺。
彼女に連れられやってきたのは小さな洞穴だった。
その奥の壁にもたれ、俺は消沈する。
「いっ…!」
腕や額にかすり傷が出来ており血が出ている。
ガラスを破った際に出来たらしい。
「見せて……傷は浅いみたいね」
獣人の少女は自身の持っていた包帯や薬で俺を手当てした。
「あの集落に住んでるのか?」
「そうよ」
「じゃあ何で助けた?」
「嫌いなだけよ。目の前で人が死ぬのは…」
「だが仲間は……」
「ベーシックの貴方やあの男だけなら逆に返り討ちよ。ホラ…」
彼女はそう言うと俺からちゃっかり抱えていた小銃を取り上げる。
「なぁそれ……」
「悪いけどそこまでお人好しでもないの、さぁ早く行って!」
彼女はそう言って俺を追い出す。
要は駐屯地に戻れ。集落には来るなと言いたいのだろうが…
「待てよ。お前らの今住んでる所は戦場の中だぞ」
「知ってるわ」
「なら何故…」
「貴方も知ってるでしょう。あの家は貴方達の国の人が作ったモノって」
「あぁ…」
少尉が言っていた。
しかし戦争が始まり、直ぐにあの地域はフォレストに制圧された。
「私達は元難民なの」
「難民?獣人のハズじゃ」
「獣人でもフォレストの国民じゃないの。私の父は外交の仕事をしていたわ。既に戦争で無くなってしまった祖国のね」
「だがそれが何故あんな所に住む理由になる?」
「祖国もフォレストも決して豊かな国ではないわ。一斉に押し寄せた亡国の難民を受け入れる土地なんて既に無いのよ。勿論私達も……」
即興で制圧した領土に土地で悩む難民を入植させる。
異世界だしあり得ない話では無かった。
だが一時的に得た場所に過ぎない。
正直それすら難民の受入れ皿としては役不足だろう。
学も理性も低いとボロッカスに叩かれる獣人にしては目の前の少女も話が通じるし、父親の元々の仕事を聞く分にも、元いた国では上級国民といえる連中だったのかも知れない。
最もその国はもう無くなってしまったそうだが。
その割には彼女から暗い雰囲気は感じない。
「悲しくならないのか?」
俺は不意にそんな問いかけをする。
無意識に言葉に出てしまった。
日頃の人格が滲み出た一言と言えるだろう。
思えば俺が一生後悔するであろう問いかけだったかも知れない……。
「悲しくないと言えば…嘘よ」
彼女は続ける。
「でも諦めたくない。それに私には夢があるもの」
「夢?」
「医者になるのよ。獣人国家はインテリ不足だし、なれればきっと大金持ちね。フフッ」
彼女は笑ってそう言った。
「ぶっ…」
俺もあまりに現金な回答だったので思わず笑ってしまう。
ついさっきまでの緊張が嘘のようだ。
「じゃあ私戻るわ、元々薬草探ししてる途中だったし…」
「そうか…」
彼女は自身の集落へ戻ろうとする。
俺も一瞬安堵し、一息つこうとした時だ。
「待て!」
俺は一連の流れであったまずい事を思い出し彼女を呼び止める。
「何よ?」
「さっき仲間が信号弾を撃ったのを見た……」
「どういう事?」
「俺達は偵察なんだ。本隊が駆けつける可能性がある」
少尉やジョルダンが無事ならやり過ごせるかも知れないが、さっきの様子ではジョルダンは怪しい。
死んだら不憫だが、あまり同情も出来ない相手達だ。
「え!?」
「皆を一旦集落から離すんだ」
どちらにせよ本隊と鉢合わせるのはマズイ。
やり過ごしてしまえばフォレスト軍だって兵を進めてる。
集落の獣人どころではない。
俺はそう考えていた。
「分かったわ」
「待て、俺も…ぐっ!」
軽い立ち眩みが出た。
「貴方は暫くここにいた方が良いわ。却ってややこしいことになる……ありがとうね」
スタタタッ
少女はそう言って走り去ってゆく。
(幼い子でもあんなに足……速いんだな……)
俺の手を引いて連れた時は大分加減していたのだろうか。
あっという間に姿が見えなくなる。
彼女が取り上げたハズの小銃も真横に置かれていた。
「ありがとう……か…」
礼を言われる様な事は何もしていない。
寧ろ批難されるようなことしかしていないのに。
彼女からすれば俺の伝えたことが重要な事ではあるのだが、本来ならわざわざ感謝の言葉なんていう必要のない話だ。
それでも俺にそう述べたのは無意識に彼女が感じとったであろう俺の何かに応えようとしたからだろう。
間違いなく彼女の中にある人となりを俺は垣間見たのだ。
それが優しさだと素直に吐露する事が出来ない。
愚か貴重なハズの包帯や薬まで、武器を持って踏み込んだ敵の異人(ベーシック)に施してくれた。
そんな相手に謝辞の一つ述べることが出来ない。
(だから持たざる者なんだろうな…俺は……分かってはいたけどさ……)
心の中ですら開き直り始めた時、開口一番思い至ったのは悔しさに他ならない。
(しかしだ……)
だが暫くして俺は不安になってきていた。
いくら運動神経でベーシックを圧倒していても、今来てるベーシック側は軍人である。
加えて集落の人数は多く見積もっても50人いるか居ないか、対して一部の大隊や中隊だけを寄越しても2000は下らないベーシック側。
小隊クラスでもこの世界…殊にベーシック側は100~150人構成になっている。
これは人種間のスペック幅が大きいからに他ならない。
ドカーン!
ドンッ!
ドンッ!
「なんだ!?この火薬の量は大砲っ!」
穴の外から火薬の炸裂する轟音が響く。
(獣人が撃つ訳じゃない……それはつまり!)
俺は立ち上がり、必死に音の響く方向へと向かった……。
「ウソ………だろ……」
その光景を見て俺は絶句する。
ゴォォオオオオ
音の先には炎で包まれた集落の姿があった。
道には沢山の獣人達が倒れている。
抵抗の跡も見えるが微々たるモノだ。
ギャアァァァァァァァァ
聞こえてくるは獣人達の悲鳴。
ドドドドドドッ
そして尚も俺の仲間である軍人達が銃を撃ち続ける音が色々掻き消して行く。
逃げる彼らを撃ち続けているのだ。
(彼女は!?)
俺は先に戻っているハズの恩人の姿を探す。
「いやああああああああああ!!!」
女の悲鳴がする。
俺は振り返る。
(なっ!?)
住んでいたハズの家に複数の兵士に引きずり込まれる若い獣人の女の姿がある。
足が本来あらぬ方向に曲がっていた。
当然だが普通の獣人の身体能力は高い。
同意がなければ要はそうした凄惨な力ずくを行うと言う事実だ。
(考えたくない!)
恩人ではない。
だがそういう話ではない。
そして村に入り込んだ部隊に合流する俺。
「二等兵か…ぐッ!」
そんな俺に声をかけるやつがいる。
「少尉…殿?」
そこには家の壁を枕にして倒れる男二人とそれを介抱する兵士数人がいる。
しゃべらず倒れているのはジョルダンだ。
顔に布が被せられていた。
どうやらダメだったらしい。
「少尉に兵長…ご、ご無事で…」
「無事な訳あるか…くそ害獣どもに俺は…ッ!」
よく見ると少尉は片腕がない。
止血はされたようだが痛みが続くらしい。
(獣人にやられたのか…?)
一瞬不憫にも見えた刹那、少尉のズボンはベルトが外れチャックが開いている。
大急ぎでフォックだけはつけたような感じだが、微妙に下着もズボンから見えている。
腕のケガだけなら下を脱ぐ必要はない。
「逃した…女だ…クソッ!すばしっこい!」
(コイツッ!!)
腹が立った。
理由を語る必要なんてないだろう!
「てめぇぇぇ!!!」
バァァァァン
「ぐはっ!」
俺は勢い良く少尉の顔面を殴る。
そのまま気絶してしまう少尉。
アガッフィッガシャッ
更にずり下がっているズボンを上に上げるように睾丸も踵で蹴り上げる。
「二等兵!お前自分が何をしたか分かって…」
「まだ死んじゃいない!」
ダッッ
こんな奴解放するお前らも同罪だ!そして俺も!
「って待て!どこに行く二等兵!」
介抱している兵士達の制止を振り切り、俺は洞穴のある方へと戻ったのだ……。
洞穴は少し集落からは離れているが、分かると直ぐ行ける場所にある。
しらみ潰しに捜索すれば程なく見つかるだろう。
そんな場所に予想通り、彼女はいた。
「きっ、君……」
やや上着がはだけている。
だが問題はそこじゃなかった。
「うっ…うっ…」
泣いている。
彼女が下を向く先には小さな人影がある。
「!!」
薄暗いがそれがなんなのか分かってしまう。
「妹よ…私の…」
彼女はそうポツンと誰に言うまでもなく呟く。
その時だ。
ダッダッダッダッ
(足音!)
外から仲間が近付いてきている。
(クソッつけられたのか!いや俺のミス!クソォォォ)
覚悟するしかない。
「俺が奴らを足止めするからその内に逃げ…」
俺が彼女にそう告げきる瞬間だった。
「ああああぁ!!!」
「なっ!待てっ!」
ダダダダダダッ
彼女はナイフを持って勢い良く俺に突撃してきたのだ。
(殺意!)
先程とは打って変わった、瞳孔を開き殺意に満ちた瞳。
パンッ!
彼女の向けた刃は俺の直前で止まった。
俺は反射的に撃っていたのだ。
彼女の服から赤い泉が広がりを見せてゆく。
「!!」
バッ
倒れそうになる少女を支えて抱える俺。
「なんでだよ…」
力無く倒れる少女を抱える俺だったが、彼女の体温の温もりは着実に消えかかっていたのが分かった。
「誰でも出来るのね…命を奪うって」
「!!!」
「………」
続けて何かを呟く少女。
だが俺は最後彼女が何を言っているのか聞き取れなかった。
そして彼女は事切れた。
「っ……」
叫びたい気持ちを噛み締める俺。
-俺が来なければ彼女は助かった?-
-仲間を引き連れたのは結果的に俺じゃないのか?-
-変に義憤を抱き自己満を遂行しようとしたための結果か?-
(自分が死ぬことばかりを考えていた……)
だが実際はそれだけじゃなかった。
その現実を俺は今日むざむざ見せつけられてしまう。
いずれにせよ大声で泣く資格など無いのだ。
だが嫌らしいくらい顔の形は変わっていくし目から水が流れてくる。
流れてくる資格が無いのに流れる事実が悔しくて仕方がない。
(誰でも良い……俺の命で……いやそもそも今日一日をやり直して俺が厚かましい少尉に逆ギレして負傷させていれば……)
その日俺は、はじめて人の命を奪った。
相手は俺の恩人だった……。
(続く)
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