第9話 一兵卒の無駄遣い

前日は俺も伍長も非番の扱いにしてもらえた。


既に車庫では俺達を乗せるトラックの準備が複数台進んでいたのが見えた。


他にも軍曹や兵長らはバタバタしてる。



「俺も手伝いますか?」


「いいからお前は今日一日好きにしてろ!」



軍曹はそうやって俺を外に追い出した。



(気を遣ってくれたんだろうけど…)



やることが無い。


仕方なく外出て朝飯を食いに以前行った飯屋へ。



(てか、この店朝もやってるんだな……)


「いらっしゃい……って君かぁ。朝って軍で支給されていた気がするけど寝坊しちゃったかい?」


「転属決まったんで多少マシな飯が食いたい。ところで彼女は?」


「そうかい……君もか……」



俺は店のウエイトレスの少女が居ないので店主に尋ねる。


凄い美人ではないが愛嬌がある看板娘。


やはり居ないと店の華が減った気分だ。



「今日はお休みだね。前日に急に休みたいって。気にしなくて良いのに律儀だからねぇ……彼女」


「そうかそうか」



まぁ飲食業は大変な仕事だ。


真面目になりすぎず、たまには気を緩めるのは大切だろう。



「御馳走様」



こうして俺は飯を食って会計を済まし外に出た。



「だがやることはない!」



繰り返し言ってしまった。


仕方ないので俺は街を散策する。


するとやることは直ぐできた。



「あれは…」



なんと洋服店から伍長の姿が!



「柄に無くファッション趣味があるとは……ならば声を…」



かけようと思った時だ。



「伍長さーん!次は…」


「!!」



そこには伍長の腕を引っ張るあのウエイトレスの少女の姿が!


かなりおしゃれしているが、直ぐ分かってしまった。


出てきた伍長の服装も色々気合いが入っている。



「よしこ…」


「ん?」



シュバババッテンッ



伍長が気づきそうになったので、すかさず俺は隠れた。



「どうしました伍長さん?」


「いや、今知り合いの声が聞こえた気が……」


「気の詰めすぎですって!じゃあ次はここ行きましょう!」



ウェイトレスもとい、彼女はそう言って伍長を別の店に連れていった。



「あっ……」



俺はめざといバカが気付きやすいものを見てしまう。



(やべ……首筋にキスマークついてんじゃん!!)



勝負服故なのか……首の露出度の高さ故か……


緩いのは下だけじゃないだと!?


最もあの分ならそのうち伍長が気付くだろう。



「…………」



ゴゴゴゴゴッ



(やること………出来ちゃったなぁ…)



俺はたっぷり時間をくれた軍曹に感謝する。



バッアフィバッバッバッバッアババッ



そして二人とは正反対の方向へと駆け出した……。











やってきたのは妙に薄暗い店。



(この際だし二等兵……アンタの伝言受け取るぜ)



そこはかつて二等兵がひけらかし行きたがっていた獣人メインの店だった。



「はい」


「120分」


「はい」



無愛想な受付に金渡して上の部屋の待ち合いへ。



(良さげなの全員埋まってるな……仕方ないが予約無しはやはり厳しいか)



ババッ



カーテンが開く。



「ってまた君かぁ……壊れるなぁ……」



なんと来たのは受付横に突っ立っていたの無愛想なボウイだった。



「あっ、すみませーんさっき指名した子体調悪いって事で帰っちゃッたんすよ」


「は?あの子が一番マシそうな気がしたんだが……」



帰りたくなった俺。



「代わりに今日入ったばかりの新人開いたんでどーぞ」



ササックッ



「なっ!?」


「…………ミーアよ」



目の前には中々美人な獣人の女。


やや癖毛っぽい栗色のショートボブに紫色の瞳、口元の泣き黒子が特徴的……そして何より……



(でかいが詰め物っぽくないな……自然だ)



故に興奮が高まる。



「ボウイ……ありがとう」


「それでキャラどうします?最初の指定通りさせますか?」


「聞かなくていい」



キャラとか言うな。


折角当たり引けたのに台無しなんだ。



「……こっちよ」


「頼む」



ミーアと共に部屋に向かう俺。



バタンっ



「……っん!」



バッ



俺はさっそく美人にがっつく。



「んむっ!まだっ……汚れたらっ……弁償が……」



バッ



言われて直ぐ美人を離す俺。


弁償やだ。



「とりあえず洗い流すからさっさと脱げ」


「………………」



彼女は興醒めしたのか黙々脱ぎ始める。


嘘でも愛想が出来ないのは経験値の問題だろうか?


入って間もないそうだし。


とは言え素直に対応してくれる。


だが下着で彼女は止まった。



「貴方……軍人よね?」


「そうだけど末端だ。アンタのお得意になるような奴のパイプは無いぞ」


「あら、そう…」



キャラ付け放棄なのは素直ゆえか金払い悪そうな相手故に見くびられているのか……変な事言わないだけマシだが……



ジャァァァァァ



めっちゃ出されたシャワーの水が床に跳ねる音が響く。


俺は湯船に浸かり横で洗ってる彼女を歯を磨きながら眺める。



「元々軍の人はよく使うし、その辺りでは困ってないから……」


「マジ?なら厳つい軍曹とか来ない?」


「来たこと無いわね。明らかに動きの弱そうな男がメインよ」


「軍曹の緩いとこが見れると思ったんだがな……」



やはり公私共に堅物なのだろうか軍曹は?



「そもそも客の情報なんて漏らさないのが鉄則よ」


「ならさっきの明らかに動きが弱そうってそれ……」



バッサァァァァァン



「なっ!?」



瞬時にミーアは浴槽に飛び込んできた。



「あははっ、そういう事か?」


「強がらなくて良いのよ?ベーシックさん?」



隠すような湯気と水飛沫が彼女を覆っている。


挑発するような艶やかな瞳。



「フォレストの獣人って言うのは皆こんななのか?」


「フォレスト?あぁ……残念だけどこの店にはフォレストの子は居ないわ」


「辞めたのか?」


「流石に状況考えて。この店は大概モテナ王国とかクロエルトリコとか連合国家内育ちの獣人の子がメイン………まぁなってほしいならやってあげても良いけど?」


「どういう意味だ?」


「結構受け良いのよ?帝国とかフォレストとか敵国の女ってシチュエーションはこの国の人達には……ね?」


「ぐっ!」



俺は以前の奇襲の事を思い出す。



「普通に抱かせてくれ」



バッ



「んんっ……んむっ/////」



激しくかわす俺。



バッ



深い湯煙と共に離れる俺と獣人のミーア。



「……悪かったわ。代わりになんか違うシチュエーションをしてあげる」


「じゃあ名前を教えてくれ」


「嫌よ。ミーアじゃダメなの?」


「源氏名だろ?ガチの名前を聞きたい」



ムスッとするミーア。


本当クールそうなのに表情が表に出過ぎたなこの女。



(嘘でも適当な名前出せないのか?)



仕方ないので俺は一計案じる。



「明日出征するんだ。そんで成り上がったらアンタに金払いの良い上司でも紹介してやる」


「出征?それは大変ね」


「そもそも俺もバラすような相手も、戦争が終わる頃にはこの世に居ないから安心しろって」


「……………………」



無言になるミーア。


マズったか?



「アリスンよ」


「へぇ~良いじゃん。んじゃアリスン」


「むんっ……はぅ……」



こうして始まる戦闘行為。



「また来なさい」


「おう……最高だった」



俺は寛大だった。


最後の方はアリスンもかなり羽振りよく対応してくれた。


しかしあんな上玉に対応してもらえるとは……


偽名だろうがなんやかんや名前の件で俺の要求を呑んだのはミーアという源氏名が嫌がらせで付けられた名前だかららしい。



(まぁあの様子じゃ戻ってこれても店にいなさそうだ。とは言えあと二軒は回りたいところ………)



体力はあるから大丈夫だろう。


改めて軍曹の気遣いには感謝が止まらない。



やる時はやり!出すものは出す!



夕方までそんな感じで俺は過ごした…………。











三件目の店を出た俺。



(なんやかんやでアリスンを上回る奴はいなかったな………)



楽しかった反面何とも言えない気持ちを抱え、俺は人通りの少ない路地を横切る。


中途半端に美人を抱くとそれはそれで、後々のハードルが増してしまうのだ。


男の性って奴だろう。


その時だ。



「なぁ、兄ちゃん金あるだろ…くれよ…」



恐喝にあった。


まぁヤバイ感じのではないのだけど。


いかにも壊れてしまいそうな、ボロボロの服を来た男だ。


男はひどくやつれている。


しかもよく見ると二人いた。


もう一人は彼の真下には虚ろな瞳でうなだれて、ぶつこら何か小言を呟き壁にもたれている。


壁にもたれた男は、軍で支給されていた靴を履いていた。


ただしかなりボロボロで年季が入っている。



「あんたら元軍人か?」


「俺はちげぇよぅ…そっちは前の戦争で頭おかしくなったやつさ……仕事を無くしちまってよぉ…」



失業者と元軍人のコンビか。



「……他あたれ」



俺はその場を去ろうとした。



「待ってくれぇ!」



しかし男はすがり付こうと俺の片手を引っ張る。


まぁ彼の状態が状態だけに大して力なんて無い。


だが物乞いな上に気分に水を指したコイツに優しく出来る訳もなく……



「触んじゃねぇよ!きたねぇ!」


バンッ



男の片手を振りほどいて倒れた脇腹を片足で蹴飛ばした。



(まずい!やりすぎたか…)


「ぅぅ……うぅ……」



幸いにも息はあり男はうめき泣いている。


俺はそのままその場を去った。


壁にもたれた男は相変わらず無反応で呟いている。


既にフォレストとの戦争で程度の幅はあれど似たような状態の奴らが前線で結構出ているという話は聞く。


加えてこの戦争かなり経済にも影響が出ているらしく、戦前フォレストとつるんで利潤追求していた商人達は結構厳しいそうだ。


それを自己責任と安直に切り捨てれば、コイツのような物乞いになるだろう。


それならまだ辛うじて善人かも知れない。


既に歳も食い、ボロボロの身体では訓練すら行うこと自体軍にもメリットがない。たまたまその時戦争が無かったら尚更だ。


肉壁や肉盾ではなく肉紙だと意地悪く揶揄されてしまうだろう。


使い捨ての労働もやりようがない。


使い捨て労働って使える身体あって成り立つモンだし。


箸にも棒にも掛からないとはよく言った話だ。


断言は出来ない。


無論俺というただ一人の一兵卒の理屈の域を出ないだろう。


ただはっきり今の俺はこう思う。



(こうなるなら……死んだ方がマシだ!)



明日は我が身という漠然とした恐怖を抱えながら俺は日の沈む街を駆けてゆく………。











「いらっしゃい…って君かぁ。そんなにウチのメニューを気に入ってくれるとは嬉しいねぇ」



気付いたら晩もいつもの飯屋に来ていた俺。



「おっ、二等兵か?」



するとそこには伍長の姿もあった。


彼女はいない。



バッ



俺は横に座った。



「エヘヘ、これだとまるでカップルっすね~」



何となく茶化す俺。



「バカ言うな。俺にそんな趣味はないっ!」



俺がふざけると伍長はそのまま笑って突っ込み返してくる。



「折角だし一杯奢るぜ、二等兵」



伍長が珍しく俺に酒を奢ってくれる。



「珍しい運びですね本当」


「お前に先輩風吹かせられるのも今日が最後だからな」


「では、お言葉に甘えて伍長先輩殿」


「ハハッ、なんだよその呼び方~」


「敬意の塊であります!」



俺達はお互いそう笑う。


皮肉にも今日一番リラックス出来た時間かも知れない。



「お前、絶対死ぬなよ」



伍長が言った。



「いきなりなんです?まさか愛の告白とか?」


「いやだから違うって!お前微妙に危なっかしいからさ…どんくさいし」



どんくさいってオイ…



「伍長こそですよ。彼女さん待ってるんですから」


「ばっ、お前知ってたのか!?」


「隠してたなんてヒドイわ伍長!アタシという者がありながら!」


「ソイツはすまないな。だが中々話す機会も無いし…第一お前記憶喪失になっってたし。そういやそっちは大丈夫なのか?」



普通に返されてしまった。微妙に滑ると悲しいねぇ……



「あぁまぁアレは…別に日常生活には支障出てないし良いかなって…」



そんな感じに雑談が暫く続いた。


そして…



「じゃあ帰るわ」


「兵舎ですか?それなら軍曹に…」


「いや、その…」 



なんとなく察した。



「いやなんでもないっす。外泊許可降りてるでしょうし」


「お前は?」


「もう少し飲んでます。軍曹には許可貰ってますし」


「それ正式な許可じゃないだろ」


「最後の土産を両頬にでも貰おうかなって…」


「ドMか…」


「冗談ですよ。まぁなんとかなるでしょう」



俺と伍長はそう会話を交わした後、彼は店を後にした。



「御馳走様」



そう言って俺は会計をしようとするが金がない。


てか札が抜かれていた。


当然嬢達や伍長ではない。



(作戦勝ちされたか…クソっ!)



小銭を合わせるも伍長の奢り除いても余裕に足りない野田。



「腰振りすぎて脳が溶けたか…俺」


「いいよ今日は」


「!?」



と、ここで店主の意外な反応。



「だが流石に…」


「それより必ず戻って来るんだよ」



店主はニッコリとして店を後にする俺を見送った。



(これが人情か…俺には出来ないな)



俺の素性を知っていたらこんな事は言われないだろう。


知らないという事はある意味悪だと改めて感じる俺。


その知らないという事に多くの人間が救われているのが皮肉な話だ。


店主の計らいをありがたく思いながら、俺は軍曹の両頬の鉄拳を覚悟しつつ帰路につくのだった。


(続く)

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