第2話 国境に来たんだ
「また君達なんだ」
要人と呼ばれず変態と言われた男がそこに立っていた。
「遅れてすみませんヲタクさん」
軍曹は先程の俺とは打って変わって丁寧な対応をする。
まぁそりゃそうだが……
「ヲタク…?」
「おいバカ!」
すかさず伍長が軽く俺にこずいて小声で忠告する。
「この方はヲタクさん。有名な貴族だぞ、それも忘れたのか?」
「マジ?」
どうやらヲタクとは名前らしい。
キモヲタやヲタクって言葉は人名ってイメージがどうもしない。
貴族らしいがこんな名前をつけられるなんて前世で彼は一体どんな業を積んで来たんだろうな?
まぁ確かに名前の発音を聞いてみるとヲタクのヲのイントネーションがやや違うもするな。
本当それだけだが
「気にしなくて結構なんだ。学の無い庶民に礼儀を求める方が失礼なんだ」
「ありがとうございます」
伍長が頭を下げる。
(なんか節々ムカつくな)
俺は兎に角車の後部座席にヲタクを乗せた。
ヲタクは資産家の貴族らしい。
別の国にある古代遺跡の調査に出資しており、視察の為に国に国境付近までの護衛を軍に依頼したらしい。
まぁそれで簡単に軍が手を貸すくらいには有力者なんだと。
上級の力ってスゲー
そんでもって国境付近までの護送を俺達で行い、別の国からの護衛を彼が宿った傭兵が行うとの事だ。
(それにしても…)
それよりびっくりしたのはどうやらこの世界にも車があるらしい。
俺は無意識に事を進めてたが、顔を仮面で隠したヲタクのふざけた姿を見ていたら一瞬そう我にかえってその時気付いた。
とは言っても俺が知ってる世界の時代ではかなりレトロなタイプの車だ。
すごい1900年始まったなって感じだぜ。
だがここは過去じゃない。
ヲタクが連れている一人の美少女がそれをはっきり証明してくれたのだ。
ヒラヒラヒッ
「その子は?」
軍曹が助手席に座る。
運転してるのは伍長で俺は後部座席でヲタクを仲間の一等兵と挟む様に座る。
その更に後部座席ではお洒落な衣装で着飾った美少女が兵長と談笑している。
ただその可愛らしい美少女は俺らと違って耳が獣耳だった。
「獣人…実在したんだ」
「リコとは初対面では無かった気がするんだ?なんか妙に反応がういういしいんだ三等君」
「実はソイツ記憶喪失になったらしいんですよ」
伍長が笑いながら事情をヲタクに説明した。
「ハハハハハハ傑作なんだ!なら僕が色々三等君に教えてあげるんだ」
「恐縮です」
「ではまず後部にいる可愛い少女は僕の嫁のリコ!かつて敵対していた二族国家の一つフォレスト出身なんだ。君の言う通りいわゆる獣人(ビースト)なんだ!!」
「じゃあ俺の言った通り…」
「NoNoノノンなんだ。三等君達の言う獣人(ビースト)って言葉は彼女達にとって差別用語なんだ」
「は?」
意味が分からない。
俺は呆然とした。
「彼女達からすれば我々同様『人間』であってそれ以上でもそれ以下でもないんだ」
「ヲタクさん、俺には意味が分かりません」
「ならこのインテリの僕が更に噛み砕いて説明するから感謝して欲しいんだ。」
「お願いします」
ヲタクはムカつくが今は聞いて知りたい事が多い。
「人類にはね……見た目の異なる三つの種があるんだ。同じ人類だけど見た目が異なるからか、最近までずっと仲が悪く血みどろに争ったんだ。それぞれがお互いを蔑称で識別し合いながら……それが獣人(ビースト)、耳人(エルフ)…そして僕達凡人(ベーシック)…」
「それって…」
「三族それぞれの蔑称みたいなモノなんだ。ビーストとエルフは明確に僕等(ベーシック)のバイアスがかかった呼び方なんだ。本当なら皆まとめて人類=人間……それくらい簡単で良い筈なんだ」
「貴方……私はあまり気にしてませんよ。三等さんもきっと悪気があって言われた訳では無いですし……」
リコがヲタクにそう言った。
「君が気にしなくても僕が気にするんだ。それに彼が記憶喪失ならそれを直すための手助けだってしたいんだ。こんな些細な話も記憶喪失を直すのには最適解なんだ。目上の立場なら目下の人間を助け導くのは義務教育なんだ」
「貴方…」
リコがヲタクに惚れ惚れするような表情を見せる。
(所々なんか癪に障るなぁコイツ……)
言ってることは正論だし、多分大体善意なんだろうがなんか釈然としない。
それに三つの人類の事はおおよそ話終えてるし。
ただ分からんこともある。
「人間が三種類ってのは分かっ…分かりました。んで違うのは見た目だけなのか…ですか?」
俺は尋ねた。
(色々いかん!上の立場と分かってもイマイチ敬語使えん……)
この世界の事はもろちん、元いた世界の事も割と曖昧になってるからなんとも言えないが、どうやら俺って奴は相当社会で生きる人間としてはスペックが相当低いらしい。
「ハハハッ!まるでからくりって奴みたいなんだ君」
そんな俺の応対をヲタクが軽く笑う。
そしてこう答えた。
「見た目だけなら簡単だったかも知れないんだ…」
知れないんだって言う曖昧さが腹が立つ。
それならはっきり簡単だと言ってみたらどうだ?
何となくだが戦争ってワードからも三つの種族の仲が良さそうな感じはしない。
おおよそマイナスな負の側面って奴を今からこのヲタクは語り出すんじゃないか?
それを考えると俺は悶々としてしまう。
(ただの私情だよな……これじゃ)
そんな俺を他所にヲタクは話を続ける。
「三つの人類にはそれぞれ得意不得意があったんだ。まず耳人(エルフ)は優れた魔術に抜群の聴力視力があるんだ。加えて長寿で、ある程度成長するとその後殆ど老化しないんだ。反面出生率は恐ろしく低く彼らの住む地域は悉く資源に恵まれないんだ」
「出生率が相当低いってどのくらいだよ…ですか?」
「100世帯夫婦が居たら子持ちは一世帯要るか居ないか位なんだ」
「ヤバくないか?」
「だから手を下さずとも勝手に滅んでしまうんだ。自然淘汰の波に呑まれた遺伝子の敗北者なんだ」
「えぇ…」
さっきから聞いてるとやたらヲタクは耳人(エルフ)に厳しい感じだ。
何か嫌な思い出でもあるのだろうか?
「次に獣人なんだ。群を抜いた身体能力があって手ぶらの子どもの獣人にすら、銃持ち凡人(ベーシック)の大人5人が束になって戦っても苦戦し最悪敗北するくらいなんだ。分布は偏っているけど、この三族の中では一番人口が多く出生率も高いんだ」
「それだけ聞くと恐ろしいな…」
「だけど獣人国家の殆どが貧しく、基礎技術も最低なんだ。識字率も低いから会話に苦労するんだ。今回の遺跡調査もかなり計画が難航したんだ」
「途上国って奴か…」
「そして我々凡人(ベーシック)なんだ。魔術知識はあるが体内の魔力量そのものが低く使役できてもエルフに勝てず、体をいくら鍛えようが生まれ持った身体機能は獣人に比べて低いんだ。故にそれを補うための叡智で発展してきたんだ。幸い僕等の先祖は他二族以上に広域に分布し、比較的恵まれた地を押さえた者達も多かったから発展は容易だったんだ。単純な基礎技術と経済力は三つの人類で一番優れているハズなんだ」
そう言ったと思うとヲタクはニヤリと笑ってこう言った。
「まぁあくまでおおよその話なんだ。博学のビースト、ヤリまくってクソガキまみれのエルフもいるんだ」
(だからなんでお前はそんなにエルフに辛辣なんだよ?)
相変わらずエルフに異常に厳しい。
ただ要は、これらはあくまで三種族のおおよその特性に過ぎないと言いたいのだろう。
「逆に種族の特性を全く生かせてない同族も沢山いるんだ。それはある種三種族全て平等な人間である証なんだ。この辺り三等君が一番知っていそうなんだ」
(あぁコイツ!?要は俺を落ちこぼれって言いたいのか?まぁ間違ってはいねぇだろうけど…………はぁーマジぶっ○○してえ!)
アフィシュゥゥウン
「!?」
その時、車が止まった。
「…着きましたよ」
車に乗ってからはずっと無言だった軍曹が口を開いた。
ヲタクがいるからか敬語だが口調は硬い。
「おぉ……」
俺はおそらくはじめて生の国境を目撃したのだった…。
(続く)
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