花言葉は「尊敬」

テーマ:バレンタイン



 僕は仕事人間だった。

 大学卒業後、すぐに就職して懸命に働いてきた。

 妻を娶り、家庭を持ち、子どもが育ち、そして独り立ちして。

 あっという間に、孫が出来ていた。

 その日も私は仕事をしていて、定時で帰ってきた僕に妻が教えてくれた。


 あの時は嬉しかったなぁ。

 小さかったあの子がいつの間にか大人になって、子どもを産んで。

 あぁ、もうこの子は子どもじゃないんだなって、そう思った。

 嬉しさくて、同時にどこか、寂しくもあったな。


 仕事に捧げた生涯だった。

 家庭もかえりみず、僕の全てを持って会社に尽くしてきた。

 そして先日。私は晴れて定年退職する事となった。


 職場の人間関係は良好で、仕事終わりに皆で小さな居酒屋に行き、笑顔で祝ってくれた。

 僕の人生の集大成。それを感じる事が出来た一日だった。



 しかし翌日から、僕は抜け殻のようになってしまった。

 仕事しかしてこなかったんだ。その仕事が無くなってしまった今、僕に残されたものは無いと思っていた。


 色褪せた日常。感動の無い日々。張合いの無い生活。

 なんだか、くたびれてしまった。


 でも、時間だけはたくさんあった。

 そのおかげで僕はやっと気がつけた。


 僕が今こうして生きていられるのも、全ては妻が支えてくれたからだ。

 毎日飯を作ってくれて、家を綺麗にしてくれて。

 僕のカッターシャツを洗濯してシワを伸ばしてくれて。

 そして毎日、行ってらっしゃいと、お帰りなさいを言ってくれた。


 辛いこともあったろう。僕は家の事も子育ても、何一つ関わりはしなかった。

 親としては失格だと思う。


 それでも、妻はいつでも笑顔で居てくれた。

 僕はその事に感謝している。


 今日はバレンタインデー。海外では男性から女性に花束を送る習慣があると聞いて、僕はすぐに花屋に向かった。

 妻が好きなラッパ水仙の花束を手に、歩き慣れた道を軽い足取りで進む。


 いつも通り、我が家のインターホンを鳴らす。

 花束を背中に隠し、出迎えてくれた妻にただいまと返す。


「ただいま」


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