49話 深淵/地獄の底へ朦朧と
こんな世間話をした思い出がある。
『おい、おっさん。“ゲート”ってどんなだ?地下で、入り組んでんだろ?どうやって目当ての場所探り当てるんだ?』
そう問いかけたのはいつだ?東部拠点でだらだらしてた時か?“富士ゲート攻略戦”の時か?それとも、その後か?
いつだったか、いまいち覚えてない。が、その時おっさんが、ぼんやり考えてぼんやり答えたことは覚えてる。
『…………行けば何となくわかる?』
だからなんで疑問形なんだって話だろ。このおっさん、人間やめすぎてやっぱりなんかネジ飛んでねえか?
そんな感想を持った記憶がある。
あるいは直接そう言ってやったかもしれない。
どっちだかは、もういまいち思い出せないが……。
……意外と、先達の経験則ってのは馬鹿にならないらしい。
「――邪魔だ、」
呟きと共に大斧を振るう――横薙ぎに振り回したそれが、すぐ目の前にいたトカゲの頭をひしゃげさせ、吹き飛ばし、そうやって吹き飛んだ脳髄が、横の壁にミートソースをぶちまける。
ゲートの内部、その地下、洞穴。広い洞窟みたいな、ゆるい傾斜で奥へと進んでいくその洞穴の壁には、何やら白い繊維がはい回って輝いて――。
――そんな向こうからうじゃうじゃと、トカゲの群れが俺へと這い寄ってくる。
それを、潰して。躱して。同士討ちさせて。踏みつぶして。首を刎ねて。
もう反射だけで、鈍い痛みが頭にあろうがお構いなしで、ゆっくり、死体を量産しながら奥へと進んでいく……。
幾つもの分かれ道が途中、俺の視界に入る。中々手の込んだ構造らしい。まともに探索したら何日たってもゴールにたどり着けないだろう、そんな迷路。
だが、……おっさんの言った通りだ。行く先はわかる。
トカゲの方から教えてくれる。
『内部に侵入された時点で、竜からすればほとんど敗北に近い。追い詰められてるって状況だ。防御に必死で、余計な手を打つ暇がなくなって、なまじある知性が仇になる』
そんな事も、おっさんは言ってた気がするな。
分帰路。右と左どっちに行くか。奥の方から掛けてくる竜が、右の方が多く、左から来た奴も、右を塞ぐように移動して……。
「……なるほどな」
右に進んで欲しくないらしい。じゃあ、そっちに行こう。
「
呟きながらどこか朦朧と、幽霊か亡霊かそんなふわふわ浮いたような気分で、――俺は蹂躙する。
尾を躱し爪を躱し牙を躱し奥へ奥へ奥へ――。
踏んで切って投げて相打ちさせて奥へ奥へ奥へ――。
奥へ奥へ奥へ奥へ奥へ奥へ奥へ奥へ奥へ奥へ奥へ――。
そういや、扇奈は無事か?返り血で真っ赤になりながら、ふとそんな事を思い出す。
ただちに命に別状はないんだったか?けど、アイツ、目覚めたら突っ込んで来そうだしな。無茶押して世話焼きに来ちまいそうだ。
だから、どうにか、アイツが起きる前に片を付けよう。
世話焼いてくれた“お姉ちゃん”に……一人ぐらい生き残ってて欲しいしな。
いや、それはそれで扇奈に酷か?
ツラツラ、ツラツラ、朦朧と、反射が竜を殺し、執念が足を進ませ、……頭の中は夢見心地。
もう走馬灯でも見てるような気分で、真っ赤に染まった青い鎧は、奥へ奥へ奥へ――。
その内に、だ。
「………………、」
ふと、周囲に竜が居なくなった。白い繊維に覆われた洞窟の最中、周囲にいるトカゲは死骸ばかり。
竜を根絶やしにしたのか?まさか……流石に知性体も、このままじゃ道案内してるだけって気づいたのか?あるいは、何匹俺に寄越してももう無駄だって思ったのか?
またなんか性格悪い事企んでんのか?
だからってもう……頭痛ぇんだよ。今の俺に難しい事考えろって方が無理な相談だ。
幸い、もう目の前には一本道。よく見るとなんか、奥の方が眩しいか?もしかしてもうゴール?
やっぱり竜を全部殺したのかもしれない。ゴールに辿り着いて、もう勝ったようなもんなのかもしれない。知性体はまだ見てねえけど、“ゲート”と一緒に居るのか?
まあ、どっちだって良い。進むだけ……。
ゆっくり、歩いていく。奥の奥の――まばゆい光の先へと、歩んで行く。
アッと言う間にその光に辿り着いた――途中半分気を失ってて、眩しくて意識がはっきりしたってのは内緒だ。まったく…………。
「チッ。…………クソ野郎が、」
その眩い中――輝きに足を踏み入れた途端、俺はそう吐き捨てた。
そこは、他よりも随分、広い場所だ。基地の中っちゃ、基地の中っぽい、実験場か保管庫みたいだ。
よくわからないモノが、そこら中に並んでいる。
おそらく、竜を素材にして作ったんだろう、機器だ。手術道具と工具の中間みたいな、一体何に使うのかわからない、だが異様に気色悪く生理的にああ、吐きそうになる、そんな造形の装置。
そして、吐きそうなのはその道具だけの問題じゃない。
その道具に、装置に、あるいはカプセルかなんかに……並んでる。
竜の残骸。そして…………人間の残骸が。
知性体からすれば、違いが判らないんだろう。培養液みたいな液体の中に、人間の脳が、臓器が、心臓が、腕が、あるいはFPAの腕が、装甲が、銃が、刀が、服が、目が、……いろんなパーツが並んでやがる。
やたら兵器染みた竜が生産されていたのは、そういう事らしい。
この大和で一番長生きな知性体は……マジで人間を鹵獲して解剖してやがったらしい。
「クソが、」
吐き捨て――胸糞悪いが、これは目標じゃない。こんなクソを二度と見ない為にも……奥にまだ道があるな。その先へ――。
「…………タス、ケテ、」
――声が聞こえた。女の声。すぐ横のカプセルから。
「………………」
誰の声だかわからない。わからないが、その声に、俺は視線を向けてしまう……。
「…………タス、……タス……ケテ、」
カプセルに竜が浮かんでいる。
見覚えのある形の竜。半透明な、小柄な、どこか子供のような……作られた知性体。
その単眼が俺を見て、
「タスケテ、ケテ……ケテッ!」
――そう、嗤ってやがる。
それを前に、――そんなはずはないのに、その声が、女の声が知り合いのモノのような気がして――それに俺が硬直した、直後、だ。
衝撃が、俺の身体を叩いた。
「グッ、」
呻き声と共に、吹き飛ばされた。
反射的に――もう我ながら恐ろしくなってくるような、勘で、大斧を入れ込んだのか。
気色悪い部屋の中、真横から受けた衝撃になすすべなく、俺は吹き飛び倒れ込み――俺の手から、圧し折れた大斧が離れて、転がっていく――。
「ケテ、ケテケテ!ケ、タ、タス、タス!」
さっきカプセルに浮いてた知性体が、そう、嗤っていて――その横には、俺を攻撃してきたんだろう敵が、いた。
この部屋の中に潜んでたんだろう。見覚えのある黒い――巨大な竜。
個体として強靭で、かつ、殺しても自爆してくる奴。
その単眼が、俺を眺めていて…………。
…………その奥から、何匹もの竜が、俺へと迫ってくる。
全部ただの竜だ。ただの雑魚。ただのそれが、武器を失い、倒れ込む俺へと迫ってきて――。
「タス、ケテ……すい、れん?」
知性体もどきの声が、声が、声が、知っている人のモノのように――。
「――――ふざけるなァッ!」
気付くと、吠えていた。
全ての可能性が脳裏をよぎり、その可能性の全てを激情で吹き飛ばし、鈍痛が寄り鋭利に頭の中をぐちゃぐちゃにかき回すのにも構わず、俺は全力で殺意を竜に、黒い奴に、俺を嗤ってる知性体もどきに向け――。
それに、その場の亡骸が答えた。
カプセルに浮いていた物。FPAの腕、残骸、装甲。
銃、刀、槍――そんな、知性体が収集したんだろうすべてが、俺の苛立ちに呼応するかのようにカプセルを砕き――クソ共へと襲い掛かる。
制御した訳ではない。元々限界まで言っていた中で、それでも感情に押されて、無理やり動かしただけだ。
刀が竜を貫く。銃が、もはや鈍器のように、トカゲの頭を砕く。装甲がトカゲを引き裂き、腕がトカゲの目玉を握り潰し、笑ってやがった知性体もどきの首を握りつぶし――。
嵐のような亡者の怒り。
それが去った直後には、その場は静寂に、白い空間が鮮血と死骸に染まって――やがて、今死んだばかりの黒い竜が、爆ぜ、周囲の装置ごとその場を掃除する。
「…………ッ、」
黒い竜の自爆。それが、起き上がり掛けていた俺を叩き、吹き飛ばし、俺はまた派手に地面に倒れ込み……。
起き上がろうとした次の瞬間――プツンと、頭の中で何かが途切れたような音が聞こえ、それこそ糸が切れたかのように、俺の視界は真っ黒に、いや、真っ赤にそまっていく……。
無理をし過ぎた、代償らしい。もう限界だったのモノを、キレて更に酷使したせいか?
どんなに力を入れようとしても、俺の身体にはまるで力が入らず……そして、途切れかけの意識の最中、俺は見た。
この場所の更に奥へと続く道。そこを、竜が何匹も、俺の方へと駆けてくる光景を。
その光景が、なぜだか、溺れるように赤く染まっていく――。
*
「――レン。クサカベスイレン伍長!」
そう呼ぶ声に意識が戻り、俺は瞼を開けた。
目の前に、鎧がいる。赤い――いや、だが、その形状は、そうだ。
「……“亜修羅”?殊洛の……」
「はい。ご無事でしたか……」
その声は、聞き覚えがある。ある、と言っても、一度会ったきりだが……この間の、北部拠点奪還作戦の時。俺が助けた、オニの――。
ぼんやりと、視線を周囲に走らせる。
多分、さっきと同じ場所、さっきと同じ部屋だ。そのそこら中で、竜の群れを相手に、FPAが銃を、あるいは太刀を振りかざし、抗戦している――。
“亜修羅”が居て、後は、“月読”もいる?“夜汰々神”に、オニ達――扇奈の部下達、俺の仲間達、だ。
ゲート攻略用に、と、帝国と共和国、それぞれが用意していた精鋭部隊だ。それが、俺に合流した?
……ゆっくり歩いてたから、追いかけるのは楽だったって話か。
ハッ。都合の良い話だな。もう死んでるんじゃないか?そんな気がする。
なんせ……全部真っ赤だ。
この広間も。そこにある機材も。そこら中にいる竜もFPAもオニ、全部が全部真っ赤に染まって見える。
酷く、眠い。酷く、寒い。だと言うのに不思議とずっとあった鈍痛が消えている……。
…………まだ、身体は動くか?そう考えると、大分レスポンスが遅いけど、俺の身体が、起き上がろうとした。
そうだ。それで良い、良い子だ。
「クサカベ伍長?……休んでいて頂いて問題ありません。貴方はもう十分働いています。“ゲート”の破壊工作が終わり次第――」
続く銃声の最中、目の前にいる“亜修羅”――確か、殊陽とか言う奴はそう声を投げてくるが……。
「いや。……まだ働くよ、」
それだけ言って、俺は真っ赤な世界の中、周囲の銃声が酷く遠く聞こえる最中、歩み出した。
戦場の最中で、戦場が遠い。もう、命の危機感みたいなのが、酷く希薄になってる。
今なら雑魚に殺されかねない。そんな気がしながらも、“ゲート”の奥へ奥へと歩き……歩いた俺に誰かがよって、声を投げて来た。
「馬鹿を考えてないすか?……姐さんが恨みますよ?」
扇奈の部下――副官。結局コイツ最後まで名乗らなかったし……とことこ扇奈を信頼してるらしい。
負傷した扇奈の安否、より、こっちの心配か。
「……自分でわかる。もう……。扇奈の事は、宥めといてくれ。後、」
「伝言なら聞かないっす」
「ギリギリまで頑張ろうとは思うよ」
そう答えて、俺は進んでいく。
真っ赤な世界。真っ赤な戦場。トカゲは――どうも、ゲートの入り口の方からなだれ込んできているらしい。外にいた奴の生き残りが、どうにか“ゲート”の破壊を食い止めようと突っ込んできているのか。
奥へと続く道は、トカゲの死体が転がってるだけ。問題なく歩けそうか……。
何所か朦朧と歩み俺の視界に、また別のオニの姿が見えた。
羽織が赤い――いや、俺の目がおかしくなって、全部赤く見えてるだけで、多分黄金色の派手な羽織を着てるんだろう。黄金色の羽織の、オニ。端正な顔の――もう苦労人に見えてきた気がする美丈夫。
東乃守殊洛が声を掛けてくる。
「貴殿の貢献に、共和国として敬意を表する」
「そうか、」
それだけ言って素通りしようとする俺に、殊洛は言った。
「……帝国とは、落としどころが見えそうだ。無理にとは言わないが、復讐は控えろ」
「なんで今それを言うんだ?」
そう言った俺を横に、殊洛は――自分も確かに最高指揮官の癖に、こんな奥深くまで手柄欲しさに来てる癖に、そんな自分を棚上げしたように、呟いた。
「……馬鹿しかいないんだ。自分の手で片を付けなきゃ気が済まない馬鹿しか」
……馬鹿?俺の事か?いや、俺も確かにそうなんだろうが。
「ハ、」
俺は笑って……笑いながら、どうも馬鹿がいるらしい、そんな竜の巣の奥深く。
最後の部隊へと、壁に手をつきながら、歩んで行く……。
なんだ。……未練が一つ減りそうだな。
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