44話 戦争/雪原と熱波

 竜が組み合い溶けて混ざり、塔、あるいは不気味な砲座となったその直上。

 座しているのは一匹の砲撃種と、その直掩の装甲種4匹。


 巨大な竜は吹雪の最中、その背を輝かせ、眼下の敵――兵士へと、死の輝きを吐き散らそうと、大口を開き――。


 そこで、ふと。

 ――手近な吹雪に影が奔った。


 反応したのは砲撃種ではない。その直掩の、装甲を帯びた竜――それが、影へと単眼を向け――。

 ――直後、その目が抉られる。


 飛来したのは鉄の杭。ただ、ただただただ鈍重で強固な、武器と言うには原始的過ぎるただの金属の棒。


 それが、一匹の装甲種の眼球を、脳髄を抉り、雪に血をまき散らし、そのの異変に、その場にいた他の装甲種は全て同時に影に目を向け――次の瞬間。


 一匹、一匹と、目を向けた瞬間に彼らの頭部が鉄の杭に繰り抜かれる。


 ほとんど一瞬のうちに、その塔――今はもはや処刑場となったその直常で、生きた竜は砲撃種、身動きの取れないその一匹のみになり……あるいは、砲撃種はそれに恐怖でもしたのか。


 首を頭を大口を――閃光の砲門を影に向け、けれど、影はその緩い旋回を嘲笑うかのような素早さで、、飛び去っていた。


 雪の切れ目で、影の姿が単眼にちらつく。


 青い鎧。

 宙に突き刺さってでもいるように、あるいはそれだけ時間が止まっているかのように、雪のはざまに止まった杭、その上を跳ねまわる理不尽な青い破壊神。


 ――気付くと、砲撃種の真横、伸びた首の側面に、ソレは着地していた。

 青い“夜汰々神”はその手の大斧を振りかぶり――。


 ――クサカベスイレンの眼前で、噴出した鮮血が降りしきる雪を溶かし、砲撃種の首がぽとりと――眼下の竜の群れ、戦場の元へと落ちていく。

 それを横目に、


(これで2匹目……全部で40だっけか?)


 思案する水蓮の周囲で、装甲種の頭部を撃ち抜いた杭が4本、ひとりでに引き抜き血の尾を引きながら宙に浮かび、けれどそれは青い“夜汰鴉”の左腕、そこに受け継いだ玩具バンカーランチャーへと戻らず、雪の最中周囲を舞い続ける……。


(4本までなら、行けるか。さて、次は……)


 青い鎧は、青い瞳は、この期に及んで確かめるように、周囲で杭を舞わせながら――この吹雪の戦場を見回す。


 吹雪のせいで、ほとんど視界は取れない。だが、標的の位置は……。

 ――水蓮の視界の端で、ぴかりと、空が瞬いた。


「わかりやすいな、」


 呟いた水蓮の左上に、血の付いた杭がひとりでに戻って来る。

 同時に、それ以外――、としても使う事にした杭が2本、階段のように、その光の元へと道を作る。


 そこへと、踏み出し、杭を蹴り跳ね――水蓮は地面を全て無視して、塔から塔へ、砲撃種から砲撃種へ、狩りを続けていく――。


 水蓮の仕事はシンプルだ。

 見つけた砲撃種を全部殺す事。ただ、それだけ。ただそれだけのシンプルな命令で、けれどその成否はこの戦争に大きく影響を与える。


 ピカリと、視界の隅で閃光が瞬くたびに、前線に出ている兵士が一人、いやそれ以上、それに灼かれ溶かされ消えていくのだ。


 そうやって理不尽に消えていく兵士を守る為――。


「……さっさと済ますぞ」


 宙を駆ける青い鎧は、また射程に収めた砲撃種、あるいはその直掩へと、――理不尽を押し付け始めた。



 *



「……ったね。行くよ、雑魚狩りだ!陣形維持、火線集中!手はず通りだ、ついてきな!」


 地表にある地獄。雪の降りしきる大地を、数多の竜が踏み散らし、濁流の様に襲い来る――。


 それを、銃火器の群れが、薙ぎ払っていく。

 血、銃声、硝煙、熱気――そんな慣れた地獄の最中で、紅羽織のオニは誰よりも前に、太刀を握って竜の波の中を突き進んだ。


(……どこだい、)


 手近な竜を切りながら、扇奈は竜の波の向こうを見回す。

 竜の防衛陣地を構成しているのは、ただの竜の群れと、それから何匹かの装甲種。そして、砲撃種と破鎧種だ。


 砲撃種の方は、水連が片付ける。じゃあ、破鎧種の方は?……受け持つのは、扇奈達だ。


 目の前で竜の銃弾に薙ぎ払われて行く――扇奈の舞台は、かつてない程の殲滅力を得ていた。その理由は、舞台に一定数のFPAが混じった事だ。


 これまで扇奈が部下にしてきたヒト、FPAは基本的に突撃バカだったが、今部下にいるのはもっと器用な、後方支援の出来る鎧達。

 彼らを効果的に運用する為に――。


「……見つけた。南西だ!道作りな!」


 声を上げると同時に、扇奈は自身がいち早く戦闘で、その見つけた破鎧種へと向けて駆けていく。その背後を、何人かのオニ――付き合いの長い直掩が付いて走り、そして眼前には、阻むように呑みこむように、扇奈へと殺到する単眼の群れ。


 爪が牙が尾が、正面から突っ込む扇奈の元へと躍りかかり――直後、統制の取れた銃撃がそれを薙ぎ払っていく。


 集中的に運用された火力が、扇奈の眼前に血みどろの道を作る――そこを、迷わず掛ける。


 ついて来た直掩が都度足を止め双方から迫る竜を足止め、撃ち殺し切り殺し――そんな部下の作った花道を駆け、紅羽織のオニはその果てに辿り着く。


 青白い、ぶよぶよに膨らんだ、竜。破鎧種。その護衛だろう装甲種が動き掛け、けれど阻む前に狙撃を受け、あるいは扇奈に部下に切り掛かられ――。


 最後の抵抗とばかりに、破鎧種の身体が輝きを帯び始めるが、


「……遅いよ、」


 呟きと共に、扇奈は一刀で破鎧種の首を落とす。

 ぽとりと首が落ち、命と共に破鎧種の輝きが霧散し――。


 ――直後、歓声とも絶叫ともつかない声と共に、部下のFPA達が前に出て、竜の蹂躙を始めた。


 周囲で、扇奈の直掩が戦っている――その戦いぶりに危なげはない。

 一瞬、扇奈自身には余裕がある。


 そう判断し、たった今首を落とした破鎧種の上に飛び乗り、扇奈は戦況を眺め、


「右翼だ。竜が厚いよ。手近な2、3人行きな。抜けた穴は……ああ、そうだ。優秀だね、」


 部下へと指示を出し、適度に褒めて士気を上げて――そう、指揮官として働いていく。


 その戦場の奥には、殊洛と金色の鎧の群れがあった。

 彼らは前に出ず、最低限の火力支援だけ行っている。


 水蓮の仕事は、砲撃種を殺す事。

 そして、扇奈達の仕事は、その足元の道を整え、後続の花道を作る事。


 殊洛達の仕事はゲートの破壊だ。その直接的な突入部隊の道を作ることが、扇奈達の役割。


 オニとヒトの連合軍、最後の戦争に臨む人間達は、扇奈の眼前では、竜を圧倒している――。


「良い調子だ……このまま押し通るよ!」


 扇奈の、指揮官の声に、部下達は一斉に、気合の声を返した。



 *



 地表の騒ぎが嘘のように、静かで冷たい、地下の奥深く――。


 薄明りのその中に、脳が一つ浮かんでいる。血管と脳と眼球が辛うじて形を持っている――そう見える程透明な体躯の竜、知性体。


 それは、ゲートの奥深くにいながらも、戦場の全てを把握していた。


 南から大群が攻めてきている。

 北から、精鋭が攻めてきている。

 南の進みは遅々としている。比べて北は、明らかに進軍速度が速い。よほどの精鋭がいるらしい……知性体はそう観察する。


 他の知性体よりも何よりも、長期的な視野を持った存在だ。だから、……よほどがない限りこれが勝ち戦だろうと、知性体はそう知っていた。


 なぜだか人間は、空爆を使ってこない。砲撃種の配置が対空防衛だと知られているのだろうか。とにかく、使われない限り、地表での数の差は覆しがたい。


 この間――“富士ゲート”攻略作戦とは真逆だ。竜が多く、人間が少ない。戦力の規模として、寡兵で攻めると言うのは自殺行為だ。


 今、対面にいる人間達は何を考えているのだろうか?

 透明な竜は首を傾げる。


 勝利だろう。それは間違いない。だが、勝利を得る為に、人間として全力を尽くしているようには、見えない。それに、運用も変だ。


 北を攻めてきている部隊は、確かに突破力がある。が、ならばなぜ、その突破力を南の――数の多い部隊の正面で使わないのだろうか?


 真っ当にやって覆せる戦力比ではないと、人間が理解しているから?2方面から攻めて、こちらの防御も二つに分けて、対応を難しく――突破力のある部隊が最短でこちらに王手をかけられるようにしている?


 焦っている?短期決着を望んでいる?長期戦になれば竜に勝てないと知っているから。


 なら、このまま何の手も打たずとも良い。防衛陣地を崩す必要が一切ない。それで正面は受け止められているのだから、そこに手を加える必要はない。


 一つ、懸念があるとすれば――それは北の、突破力のある部隊。

 先行する青い鎧と、その背後の集団。


 そこにさえ対処すれば、この戦争には勝てる。


 対処の方法は?――寡兵で食い込んでくれているのだから、足を止めて包囲するのが定石にして、上策。


 そう、知性体は判断して、判断した直後――。


 地表で。竜の陣地の最奥で。その場所に佇んでいた何匹モノ竜――遊撃戦力が、一斉に、雪の最中へと羽ばたき。


 同時に、眼前に広がる戦場の全てを包み込むように、同時に、閃光が瞬いた


 *


 眩い閃光が、雪を飲んで周囲を包み込んでいく――。

 ――その閃光が覚めた吹雪の最中、青い鎧は宙に浮いた杭の上に立ち、周囲を見回した。


「破鎧種……。おい、扇奈?」

『…………』


 通信へとそう声を投げるが、返ってくるのはノイズだけ。


(通信妨害、か)


 冷静に、水連はそう判断する。破鎧種の光が通信機を壊したのか、あるいはそれを阻害する効果が戦場中にまき散らされたのか……。


 どうあれ、この通信妨害は、最初から想定されていた妨害だ。


 通信妨害されようが、役割は変わらない。もし、全体で動きを変える必要性に迫られた場合は、信号弾で合図を送る手はずになっている。


 北東――扇奈や殊洛達が進軍しているのだろう方向を見る。そちらの空が瞬いている、と言う事はない。作戦は続行――。


「あと何匹だ……30くらいか?」


 呟き、水連はまた周囲――手近な塔を、その上の獲物を探し始め……。

 そこで、だ。

 事前の想定に入っていなかった事象が、水連の視界に移った。


 ゲートの方角――南西の空。吹雪の向こうのその空に、何か黒い影の群れが、何匹も何匹も何匹も、空を埋め尽くすほどに、羽ばたいている。

 向かっている先は、水連の所――と言うより、その後ろの扇奈達の方か?


(飛ぶ奴……?)


 ただのそれなら、扇奈達は問題なく対応できるだろう。だが、もしほかなら、別の変異種なら……。


(様子見で突っついてみるか……?)


 そう、水連はその群れへと動き掛け――けれど、次の瞬間だ。


 悪寒が、寒気が――死の影が、水連の背筋を撫でた。


「――――ッ、」


 直感に抗わず、その場から飛び退く――飛びのいた足の下で、それまで足場にしていた杭を、青白い――それでいて俺まで目にしたものよりは細い、そんな閃光が、呑みこんでいった。


(……砲撃種が、俺を?)


 狙撃して来たのか――握っていた斧を、異能で再び掴むように、空に突き立てるように、そうやって固定して、それにぶら下がり、同時に左手で玩具を撃ち、また足場として扱う杭を増やしながら――


 水蓮は、撃って来た方向を見た。


 その先にあったのは、影だ。羽ばたき宙を舞う、影。西の果てから飛んできたのだろう飛ぶ奴の群れの中から、一匹だけ――そいつだけ巨大に見える一匹の竜が、こちらへと飛来してきている。


「……また、新しいのか?」


 呟き、水連は大斧の固定を解き、それを頭上へと放り投げ――自由落下する足の下で、宙に浮いた杭が待ち構え、青い鎧を受け止め、――次の瞬間、水連はまた、その杭を蹴った。


 蹴り落され落ちていく杭――そんな眼下の光景が、青い閃光の向こうに消える。

 ……やはり、撃って来たのは、飛んでる奴らしい。


 近づいて来て、そのシルエットが形を見せだした。サイズ的には、あの黒い、自爆する竜に近そうだ。太ってもおらずシャープで、羽は退化せず大きく、体色としては青白い。背中には、砲撃種にもついていたようなギザギザがあり、その背の器官が、何やら発光している――。


「……空飛ぶ砲撃種、か?随分隠し玉が居るんだな。けど、」


 呟くスイレンの眼前で、こちらへと飛来するその新たな竜が大口を開き、その喉に閃光が溢れ――次の瞬間。


 その喉の奥が、真っ赤に、染め上がった。


「もうあんま驚けねえよ、」


 水蓮は呟き、青い目でその光景を眺める――こちらへと飛来してきた竜。その首が切り落とされ、首と体、二つに分かれて、地面へと落下していく。


 青い鎧は右手を空に掲げ――そこに、ついさっき手放した大斧が、ひとりでに飛来し、ひとりでに握られる。


 大斧の刃には、真新しい血がべっとりとこびりついていた。


 さっき手放した大斧を、異能で操作し、そのまま飛んできた竜の頭上から、首を両断したのだ。


 そうやって新手を一瞬で片付け……と、そんな水蓮の元へ、また、竜が何匹か、群れから外れて飛来してくる。

 

 サイズは居間の竜より小さい。背中にギザギザがある訳でもない。サイズと良い形状といい、ただの雑魚と大差なく――変わった点があるとすれば、その色。


 黒い。そして、どこか液体の様、墨のような体色をしている、空を飛ぶ竜の群れ。

 アイツらも、何か妙な事をしてくるのだろう。そして、その体色には、覚えがある……。


「……だったら最悪だな、」


 黒い竜の群れは雪の最中まっすぐと、そう呟いた水連へ――あるいは扇奈達の元へ、近づいていく。


 *


 3匹目……3匹目の破鎧種を足蹴に、扇奈は戦場を見回す。

 塔を中心にした竜の陣地――そこを制圧するヒトとオニの群れ、それはもうこの場を制圧しつつあった。


 これで、3か所目だ。3回同じことをして、3回ともに勝っている。


 味方の被害もほとんど出ていない。扇奈の直掩も――あるいはこの作戦から仲間に入ったFPAも、どちらも歴戦、腕利きだ。扇奈が細かい指示を出す必要すらなく、自己判断で最適の動きをして、効率よく竜を殲滅し続けている。


 それを、扇奈は眺めて……。


(順調だね。順調だけど……)


 順調すぎる、とも扇奈は警戒し始めていた。


 通信は今、死んでいる。だから別の場所の戦況――それこそ水蓮と連絡が取れてはいない。別に、心配する位なら完全な単独行動の許可を与えてはいないが、だとしても、順調すぎる。


 今回も知性体が居るはずだ。こう容易くワンサイドゲームになる訳が……。


「上だ!」


 突然の警戒の声に、その場にいる全員は注意を上に向ける――同時にもう、射撃も始まっている。


 雪の降りしきる空に、黒い影が何匹も、羽ばたいていた。

 空を飛ぶ竜の群れ――竜からすれば最も機動力のある、予備兵力だろう。それが、扇奈達に対して、投入されたらしい。


 普通は、ある程度脅威にはなる敵の増援だ。だが、この舞台は歴戦ぞろい。その相手をするって今更驚くような奴もなく、扇奈が指示を出す前に、部隊員は全員火線を揃えて迎撃を行っていた。


 落ちる落ちる落ちる――それこそかもうちされに来たようなものだ。飛来する傍から、竜は地面へと叩き落され、この場へと到達する竜はほとんどおらず……。


(……考えすぎかね、)


 胸中呟いた扇奈のすぐ傍にも、その、撃ち落とされた竜は落ちて来た。

 羽を貫かれた、空を飛ぶ竜。まだ、死んでいないその竜の視線が、単眼が、扇奈を捉え――そこで、扇奈は気づく。


 色が違う。黒い――液体の様に、墨の様に、波打つ体色の、飛んでくる竜。

 見覚えがある……何をしてくる奴か、わかる気がする。


 そう、脳裏に疑念は浮かび、浮かんだ直後、扇奈の視界には部下――彼女についてこの死地の奥までやってきた、オニの姿が見えた。そのオニもまた、落ちて来た竜のすぐ傍に、その死骸に背を向けて立っている。


 この後何が起こるか、それを悟った直後、扇奈の身体はすぐさま動いていた。

 

 避ける気なら、避けられただろう。扇奈にはそれだけの経験がある。

 けれど、ここで一人、自分だけが生き残る選択肢を取れないからこそ、彼女は部下に慕われている。


 部下に手を伸ばし、その身体を脇――足蹴にしていた破鎧種の影へと投げ飛ばす。

 その、直後、自分から死地に突っ込む形になった扇奈の真横で――


「――――ヤマトノタメニ、」


 そんなと共に、その黒い竜の身体が、爆ぜるように、膨れ上がった――。

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