11章 桜花作戦
43話 開戦/二正面作戦
『諸君らもその耳にしたことだろう。我らが共和国の元首、象徴の、その現状と理想を』
『彼女が望んでいるのは人間同士の戦争か?否、否だ!彼女が望んでいるのは平和だ。彼女が敵と指さしたのは人間ではない、竜だ!』
*
大粒の雪が、純白の結晶が、どんよりと曇った厚い空を白く塗り替え、視界をも白く白く、塗り替えていく……。
交戦区域西部。
竜最終ゲート周辺の、往き降り積もる戦禍の荒れ野。
そんな最中にぽつんと一人、開かれた青い鎧は立ち尽くし、その切れ目から顔を覗かせた青年は、吐いた紫煙で雪を躍らせる――。
『……時間だ。本隊は予定通り攻撃を開始したってさ。こっちも動くよ。あんたの標的は砲撃種だ。他の雑魚は無視して良い。そいつらはこっちで受け持つ』
「了解、」
呟き、青年は煙草の火を揉み消して、それを携帯灰皿に入れ……。
『無理はしないで良い。……疲れたら退いといで、休む時間は作ったげるよ』
「ああ。……そっちも、無理なら退けよ」
そう言葉を投げた青年を飲み込み――青い鎧は、雪の最中、その白いカーテンの向こうへと、動き出した……。
*
『今、東の果てで、彼女は帝国に――実の兄に包囲され、その身を、命を、滅びの危険に晒している。だが、その上で尚、彼女は助けを求めなかった。帝国に銃を向けろと、そうは言わなかった。自分を助けろとは言わなかった。我々と同じ覚悟を持っていると、そう示して見せている』
『それに応えずしてなぜ兵と、大和を守ると、平和を望むと言えるのか!』
*
閃光。
―――青白い閃光が雪のカーテンを貫き、戦場を焼き尽くす。
冬枯れの木々を、戦禍の荒れ野を、そしてそこを尽き進む生身の兵士達を、溶かし呑みこみ――。
「ひるむな!進め!砲撃種の位置を特定しろ!」
太刀を手にした兵士――オニの士官はそう声を投げ、それに呼応するように、配下の兵士は砲撃にひるまず前へと進む。
ふと、進む先のカーテンが、淀んだ。
幾つもの、幾つもの、幾つもの怪物の影。単眼の異形の影、濁流。
それが、雪のカーテンの向こうから、このオニの部隊へと殺到し――。
――直後、オニ達の背後から放たれた火砲が、榴弾が、その竜の群れの頭上で炸裂する。
雪のカーテンが吹き飛ぶ。竜の群れが焦げた血肉へと変わり、爆薬と血の匂いが戦場に充満していく。
竜の背後で砲撃種が。
人間の背後でFPAが、それぞれ前線の兵の為、支援射撃を交わし合い、そして、それらを掻い潜り合ったオニが、竜が、刃を交えお互いを切り刻み合う――。
白雪は積もる前に吹き飛ばされ、血に溶け、そんな始まった地獄の最中、オニの士官はまた声を上げる。
「倒せ!進め!我々の手で、この戦争を――」
――その言葉は閃光に呑まれ散って行った。
けれど兵士達はそれに動揺せず、眼前の竜と、殺し合いを演じ続ける――。
大和西部。竜に残された最後のゲート。防衛陣地として構築されたその、竜の最終拠点。
その攻略に動いた、本隊の戦況だ。
最終ゲートの南東部から、何の飾りもなく正面から攻略に赴く、共和国軍、及び連合国軍の主力部隊。
その前線にいるのは、全員生身の兵士だ。
破鎧種――そう命名された、鎧を殺す竜が確認された以上、FPAが乱戦に出るのは自殺行為。
先の北部拠点奪還作戦で殊洛が試みた配置を、この主力部隊もまた採用している。
オニを中心とした生身の部隊が竜の正面で死闘を演じ。
その背後で、長射程の武器を手にしたFPAが、支援射撃を行う。
その、FPAの群れ――何十何百、あるいは何千といる“夜汰々神”、“夜汰鴉”の群れの最中、火砲と絶叫が雪を吹き散らす前線を眺めるのは、ハーフエルフの男。
リチャードは、常の通り冷静な面持ちで、雪を散らす地獄を眺めていた。
その耳には常に、前線での被害、戦果報告が入り込み続ける……。
(やはり厳しいか……)
リチャードは静かにそう考える。
主力部隊の戦況が、だ。
陣地を備えた竜の巣、だ。空爆なしで圧倒的な勝利を得るのは、厳しい。かといって帝国に反旗を翻し、かつ砲撃種の対空砲撃がある以上、空爆は使えない。
だが、それも織り込み済みで、この作戦は始まっている。
主力部隊は、正面から西部ゲートへ挑み続ける。それと並列して、突破力と打撃力のある別動隊が、別ルートからこの戦域に突入する。
ある意味、主力部隊はおとりだ。同時に、別動隊の方もおとり。
そして、どちらも、最終目的はゲートへの到達とその破壊。
二正面作戦だ。
どちらか一方が目的を遂げられれば、もう一方は潰えても構わないと言う、この後の事を一切考えない、作戦。
共和国として、存亡の掛かった作戦。
ある意味、共和国軍としては、焦らざるを得なかったのだ。
帝国が東京を包囲している。その軍備が、共和国軍に向くのは時間の問題。そうなって、竜と帝国両方と同時に戦禍を広げるその前に、……何としても竜に対して勝利する必要があった。
そのための、電撃的な攻勢。
「……そろそろか、」
リチャードは呟き、視線を北――別動隊の居る方向へと、向ける。
*
『今、西の果てで、竜はその最後の軍備を――拠点を、ゲートを守っている。我々が討つべきは人間ではない!我々が討つべきは竜だ!共和国軍として、彼女と同じ覚悟を背負い、彼女と同じ理想を持った、彼女の兵として……私は、この刃を、憤りを、竜へと向ける事とした』
『我々が大和に平和をもたらすのだ!我々が竜を打倒するのだ!彼女の挺身に、祈りに背くことなく、我々は正義を完遂する!』
*
雪の中、東乃守殊洛は腕を組み、配下の様子を眺める。
膨大な数を要する主力部隊と比べれば、この別動隊の規模は著しく小さい。
せいぜいが中隊規模程度だろう。
その部隊の半数以上は、FPAだ。
北部拠点奪還作戦に動員した、あるいは北部拠点に最初からいた元帝国軍兵士、その中でも精鋭に当たる何人かに、破鎧種の光を無力化できる鎧を与えた。
と言っても、何か特別な鎧という訳でもなく、それは今まで通りの“夜汰々神”。
富士ゲート攻略作戦の前、日下部水蓮が個人的に要望を出しその効果のほどが実証された、異能阻害処理を施された、FPA達。
竜が現れる前から、この世界では戦争が続いていた。それは大和だけではなく、西洋、エルフの本場でも。
FPAはそもそも、そう言った他の種族にヒトが対抗する為に開発された兵器であり、大和では別だが、西洋、エルフの主な異能は、念動力。
鎧なんて着ていれば、そのまま文字通り捻り潰されるだけ。だからこそ、西洋では異能を無効化する塗装や素材が確立していて、どうも大和紫遠はそれを既に導入していたらしい。
そしてその処理方法は、大和最大の地下ネットワークを通じて、殊洛達の元へも流れてきている。
流石に、保有するFPAすべてにその処理を施す時間的な余裕はなかった。
だから、処理を施すことの出来たFPAはほとんど、この別動隊に回ってきている。
殊洛に、その配下の“亜修羅”達。異能阻害処理を施された、“夜汰々神”。そして、この竜との戦争で屈指のキャリアを誇る、オニの部隊が1つ。
向こうで、紅羽織のオニが、雪のカーテンの向こう――一人先に送り出した部下を案ずるように、腕を組んで視線を先に向けていた。
その周囲には、各々武装の確認に余念がない――あるいは暇だからだろうか、この局面であろうと普段と変わらず世間話をしている場慣れし切ったオニの兵士達。
更に、そこに、志願して扇奈の隊に加わったFPA達の姿もある。
北部拠点奪還作戦で、……どうもあの女は男気を見せて惚れられたらしい。屈強な共和国軍――元帝国の兵士達から。
「殊洛様」
ふと、声が投げられる――話しかけてきているのは、一機の“亜修羅”だ。
「よろしかったのですか?FPAを半数、あちらの配下に委ねて」
「それだけの能力はある女だ。部下を犬死させる類じゃない」
「ですが……」
「使えるモノはすべて使う。能力を遊ばせていられる状況ではない」
言い切った殊洛を横に、“亜修羅”は頭を下げる。それを横目に、殊洛は言った。
「地表面はあちらに任せる。道を作らせる。ゲートを実際に破壊するのは我々だ。……期待しているぞ」
「……ハ、」
どこか気を取りなおすように、“亜修羅”は応えた。
と、そこで、だ。
「……そうかい、わかった。あんたら、出番だよ、支度しな!」
扇奈が部下にそう声を投げていた。クサカベスイレンが本格的に動き出したのだろう。
と、思えば、扇奈は視線を殊洛に向けた。
「おい、色男!あたしらが前に出る。それで良いんだね?」
「ああ。存分に働いて見せろ」
「良し……行くよ、あんたら。根性見せな、」
何所か戦場とは思えない軽い調子で、扇奈はそう声を投げ、それに、どこかバラバラに、けれど意思は統一されているかのように一斉に、彼女の配下のオニは、ヒトは、彼女の後をついて、動き出す――。
*
『この戦を大和における最後の戦にする。彼女の願いが、祈りが、挺身が、覚悟が……我々に勝利をもたらす事だろう』
『我らが象徴に、我らが戦友に……誓いと覚悟を持って、私は諸君らと共に死地に赴き、必ずやこの手に掴み取ろう』
『この、桜花作戦の勝利を!』
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