33話 選択/智謀と武官

「完全に陥落した、という訳ではなく……ヒトの機器類が死んだだけ。北部拠点内部にはまだ相当数の生き残りがいる、か……」


 戦禍で荒れた交戦区域の道路。そこを進んでいく車列の内部で、通信機の声に、東乃守殊洛は呟いた。


 窓の外には幾つも、同じような軍用車――もしくはトレーラの類がある。

 東京を後にした車列だ。


 一つ――即時に運用できるだけの装備と士気、あるいは指揮系統を持った車列は、北部拠点へ向けて進み。


 それ以外、負傷兵や共和国への賛同者。あるいは余剰物資類は、南部拠点へと進んでいる。


 東京にも、残った部隊はいる。ごくごく少数で、かつ完全に志願制だが、東京に残る桜花を護衛する、と残った数部隊だけ。


 東京は落ちるだろう。桜花がそう望んでいるらしいように。


 だが、共和国は――平和への理想はそうやって瓦解させられるわけには行かない。帝国を相手にも、竜を相手にも。


『はい。例の、鎧を殺す竜と、こちらの空爆戦術を組み合わせ、効率的に打撃を与えられている、と。ですが、それで陥落するほどやわな兵は、もう残っていないでしょう』


 通信機の向こう――南部拠点を統率させていた、と言うよりも、自身でそこに残ると言い放っていたリチャードが、そう報告を上げてくる。

 その言葉に、殊洛は言った。


「その情報、信用して良いんだろうな」


 多分に皮肉めいた口調で。


 さんざん振り回されている。桜花に。そして、桜花のバックボーンとして動いていたのはハーフ――殊洛にしてみればリチャードもまた、裏切り者に見えるのだ。


 そんな、副官として使っていた――あるいはこれまでも今も、向こうが殊洛を使っていたのか――リチャードは冷静さを保った口調で言う。


『お言葉ですが殊洛様。……謝った情報を伝えた事はございません』

「言わなかっただけ、か。……今も何か隠してるんじゃないのか?」

『ここで反目している場合ではないでしょう』

「口喧嘩する気はない。信頼に値しなくなったと言っているだけだ」

『だとしても理想は同じはずです。竜の、争いのない、そして種族の垣根の存在しない国を』

「お題目は十分だ……どちらであれ、拠点は取り返す。お前から聞いた情報も、思索に入れておこう。それだけだ」

『南部に集めた兵は?動かしますか?』

「そちらで勝手に判断しろ。私がやろうとお前がやろうと変わらないだろう?」

『……指揮権を放棄なさると?』

「口数が多いな。そんなに妹が心配か?」

『………………』


 リチャードは黙り込んだ。図星だったらしい。

 殊洛もまた、やられっぱなしではない。と言っても、間諜を使っていると言う話ではなく、兵を動かす際桜花の護衛のあのエルフがいないことに気付き、行動の記録を洗っただけだが――。


 殊洛は言う。

「北部拠点は私が取り返そう。ただし、状況からして容易に事が済むとは思えない。私が失敗した場合、同時に共和国が潰れるのは避けたいだろう?なら、南部拠点で、私がいない場合に、実質的に共和国軍の首領となる男はは、どう判断するべきだ?感情的に全軍で妹を救わせるのが首領として、頭として正しい判断か?……賢い判断をすることを望んでいる」


 それだけ言い捨てて、殊洛は通信を切った。

 そして憮然と、窓の外を睨み付ける。


 と、だ。そこで、殊洛は視線を感じた。隣――運転席、この車両のハンドルを握っている殊洛の部下が、どこか伺うような視線を殊洛に向けてきている。


 それを横に、殊洛は呟いた。


「……自分は優秀だと、そう思っていた。今もそれを反故にする気はない。だが、それで動かせる世界は存外小さい」

「はい……」


 何所か伺うようにそう相槌を打った部下を横に、殊洛は続ける。


「白旗を上げよう。謀略に関しては。だが、戦で負ける気はない。まして竜相手に、だ。ああ、望むように踊ってやるさ……」


 そう、どこか開き直ったように呟き、殊洛は通信機に手を伸ばす。

 通信の相手はリチャード、ではなく、この車列の全員――今直接殊洛が死地へと連れて進んでいく部下、戦友達だ。


「殊洛だ。全軍に次げる。北部拠点には今も同胞が生き延びている。同時に、竜の戦術がこれまでとも変わっている。噂で聞いた者もいるだろう、鎧を、ヒトの機器を殺す特異個体が報告されている。よって、前線にはオニが出る。ヒトは後方から火力支援だ。今回空爆は使えない。FPAは全機、重装備で火力支援だ。可能なら今すぐ換装しておけ。――同胞を救うぞ」


 そう――漸く、政治から戦略へ、戦略から戦術へ、あるべき様に目の前の敵を倒すことにのみ集中し始めながら、東乃守殊洛は、生粋の武官は、戦場へと進んでいく――。


 *


「……ってな訳だ。で、どうするよ。あんたら、どうしたい?」


 南部拠点の一角。集まった部隊を前に、現状のあらましを伝え終えた末、紅羽織のオニ――扇奈はそんな風に呟いた。


 そんな、どこか歯切れの悪い指揮官を前に、部下たちは顔を見合わせている……。

 その一角で、声を上げたのは青い目のヒトだ。


「どうするも何も……帝国相手に戦争しようとしたら、竜の生き残りがちょっかい掛けて来て、拠点が包囲されてて、そこにアイリスがいる。で?でも、あのリチャードって奴は動かない?」

「正確に言うと動かせない、だね。この南部拠点まで捨てると、共和国軍の拠点って奴が事実上存在しなくなる。そうなると、取れる手は完全にゲリラだけだけど、ゲリラまで始めたら泥沼になってそもそもクーデターの理想と矛盾する」


 やはり呆れた調子で、扇奈は言っていた。

 随分と諸々、込み合っている状況らしい。様々な思惑と状況が目の前を錯綜しているが……。


 それらを一旦脇に置き、水蓮は問いを重ねた。


「で?その状態で、アイリスを助けるって役目に俺達に白羽の矢が立った?」

「そうなるね」

「なら助けに行けば良いだろ。なんでこっちに判断投げてんだよ」


 そう言い放った水蓮を扇奈は眺め、その視線は水蓮の横――そこで腕を組み考え込んでいる隻眼の男を向く。


「判断投げてるんじゃないよ。部隊としての行動は決めてる。あたしは行くよ。アイリスとは付き合い長いしね……呑み仲間がこれ以上減るのはごめんだ。けど、これは共和国を支援するって事だ。ある意味、クーデターに組するって話でもある。確かに、これから相手をするのは竜だ。けど、その後。人間相手の戦争に駆り出される可能性も0じゃない。だから……降りたい奴は今降りて良いって話さ。ああ、もちろん、今ここを離れる奴には特命があるよ?最重要な任務だ。勝利の美酒を倉庫一杯用意しとくって任務が」


 何所か冗談めかして言った扇奈を前に、オニ達は顔を見合わせ――けれど結局その場を離れる者はおらず、扇奈に視線を向け、口々に野次を飛ばす。


 今更何を言ってるのか、ここまで来て部隊を離れる訳ない、とか。


 そんな部隊を見回して……それから扇奈はまた、隻眼の男――鋼也に視線を向けた。

 それを前に、水蓮は鋼也を軽く小突き、言う。


「おい、おっさん。ババアあんたに言ってるっぽいぞ?」

「わかってる……」

「アイリスじゃなくて別のとこに行っても良いって話じゃねえの?東京捨ててあのお人形様が……」

「わかってる……」


 鬱陶しそうに鋼也は呟き、それから扇奈へと言った。


「アイリスには俺も世話になった。竜退治には同行する」

「には?」


 問い返した扇奈を睨み……「ほっとけ」と呟いて鋼也は歩み去って行った。向かう先は“夜汰鴉”の元――装備の確認に行くんだろう。

 水蓮はそれを眺め……懐から煙草を取り出す。

 

 と、そこで……扇奈の視線が水蓮に止まっていた。それを前に、煙草に火を点け、馴染んだ煙を吸い込みながら、水蓮は言う。


「俺も行くよ。アイリスは、俺の母親の事調べてくれてんだろ。それ聞く前に死なれちゃ困るし。……話聞けてりゃ、みたいに後悔するのは二度と御免だ」


 紫煙と共にそう言い切って、青い目で、目の前を朧に浮かぶ煙を眺め……。

 そして水連もまた、自身の鎧の元へと歩んで行く。


 扇奈はそんな二人を眺め、見送り……それから、その場に残ったオニ達へと視線を向け、言った。


「あんたらは?あたしと心中するかい?」

「いつもの事じゃないっスか、姐さん」


 副官はそう応え、その言葉にオニ達は皆一様に頷いていた。

 それを前に、扇奈は笑みを浮かべ――。


「良し。じゃあ、すぐ支度しな。……楽しい楽しいトカゲ狩りだ」

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