8章 三つ巴の群像
30話 遷移/慣れた地獄と青い鎧
曇天の冬空の下。
紅葉を散らす寒々しい裸の木々の群れ。
――それらが、ふと砕かれ、圧し折れる。
単眼の群れ。牙を剥き、爪で地を抉り、よだれをまき散らして突き進む意思のない怪物の群。
その対面で腕を組み、紅羽織のオニは通信機へと、言った。
「……撃ちな」
直後、だ。――雨のような銃声が、周囲を包み込んだ。
竜の群れの正面、あるいは側面から、弾丸の嵐がトカゲを飲み込み、引き裂き、崩れて倒れた竜の死骸を、その背後の竜が踏みつけ、愚直に前へと進んでいく――。
と、だ。
その最中、不意に、突き進んでいく竜達の動きが止まった。そして、示し合わせたように、竜の視線が背後――群れの中に突っ込んできた、最も近くにいる敵へと向く。
黒い、鎧。
半面鬼のような装飾のついた、FPA。
スルガコウヤは竜の群れに飛び込むと同時に、片手の20ミリを、逆の手の
ダダダ、と銃声が響き、何匹もの竜が弾丸に頭部を弾けさせ、ダン!、と巨大な杭に身体を縫い付けられ、――そんな血の雨の最中、“夜汰鴉”は死体を踏みつけ、着地した。
直後、周囲の竜がコウヤの元へと殺到する。牙を剥きよだれをまき散らし、同族の死体を踏み越えて、ただコウヤを殺そうと迫る。
見慣れた臨死。いつも通りの恐怖。そして、それに慣れきった冷静さ。
「…………」
何を呟くでもなく、コウヤは大きく跳ね上がった――跳ねた足元で、勢いよく殺到してきた竜がぶつかりあい、互いに互いの身体を抉り削っていく。
それを眼下に、宙で身を捻りトリガーを引き、着地地点にいた竜に20ミリを、そして杭を放ち、そうやって
跳ね上がった足元で、爪が尾が、鋭利なそれらが空を切っている――。
ふと。
地獄の最中で今も昔も、ただ一人逃げ回り生き延び続けて来た男の耳に、通信機越しに声が届いた。
『やってみるぞ、おっさん。良いのか?』
「ああ。俺は気にするな。こっちで避ける」
動きを止めず、周囲の竜を肉塊に変えながら、平然と答えたコウヤ。
その視界の最中で、何か、血のこびりついた槍が幾つも、天へと昇って行った。
コウヤの放った杭だ。それが見えない腕に引き抜かれるように、一様に持ち上がって行き――直後。
抉る。
視界のあちこちで、宙に浮いた杭が眼下の竜へと突き落とされ、そうやって串刺しのオブジェに変わったと思えば直後には、またその杭はひとりでに持ちあがり、次の獲物へと落ちていく――。
抉る抉る抉る――地面を、竜の群れを掘り返すように、何匹も何匹も、化け物を気かいなオブジェに変え、竜の数を瞬く間に減らしていく。
宙に跳ね――その真下、足を掠めた竜の尾が空を貫くが、けれどそれをまるで気に留めた様子もなく、コウヤは言った。
「出来てるな」
『いや。……これ撃った方が速いな。同時に何個も動かせねえよ。もうちょい、訓練したら行けるか……?』
通信機の向こうで、―――そちらも戦場にいるとは到底思えない日常の延長線上のような声で、青年は応えた。
宙に身を置きながら、コウヤは声の主へと視線を向ける。
青い、鎧。青く塗られたばかりの、“夜汰々神”。傍らの地面には、大斧が突き刺さっている。
戦場の隅で、水連は腕を組み、竜の群れとその頭上を掘り返す杭を睨み付けていた。
と、だ。竜の群れの内、何匹かが、水連の元へと駆け寄っている――。
「……水蓮。右だ。来てるぞ」
『わかってるよ、』
何所かうるさそうに返事をして、水連は視線を横に向ける――そうやって視線を向けた先にいたのは、よだれをたらし姿勢を低くした竜――その尾が、青い“夜汰々神”へ向けて突き出される。
それを前に、水連は腕を組んだまま少し身を捻った――捻ったその身体の傍を、竜の尾が掠めて行き、けれど水蓮はそれに怯えた様子もなく……。
『
呟いた直後、水連の脇に突き立ててあった大斧が、浮き上がる。
と思えば、腕を組みっぱなしの水蓮の横で、大斧がひとりでに閃き――。
ぐしゃり。
大斧を頭部に受け、水連の真横で、竜が一匹、頭の潰れた奇怪なオブジェに変わる。
『……一個なら行けるな。この方がやりやすい』
「なら、好きにしろ」
依然、世間話のような声を投げながら――コウヤはまた、眼下を撃ち抜き、竜の死体と血の最中に着地する――。
*
「待機って話だったろ?それが何で竜退治になってんだよ」
戦闘を終え、南部拠点へと戻った後。そこらに座り込み、紫煙を吐きながら、水蓮はそう呟いていた。
それを背後に、“夜汰鴉”に付いた返り血を洗い流しながら、コウヤは応える。
「露払いに都合が良いんだろう。勝率が高く、損耗率が低く、おまけに敵か味方かまだに不透明だ」
「最悪俺らが死んでもあのリチャードとか言うエルフの懐は痛くないって話か?」
「そうだ、」
ぼんやりと答え……コウヤは返り血を洗い流し続ける。
あの、クーデター演説から数日。その数日の間で、竜の動きが変わったらしい。
おそらく、富士ゲートから逃走した群れの生き残りだろう。それが、この南部拠点を襲ってくるようになった。
そして、暇を持て余していた扇奈の部隊――コウヤと水蓮も、その迎撃に出るようになった。
情勢は日々塗り替わっている。戦場の一角、末端の兵士に過ぎないコウヤであってもわかるほど如実に、安定が遠い。
コウヤは周囲を見る――南部拠点は日に日に拠点として整備されて行き、そして、そこにいる兵士の数も増えていた。
ただし、そうやって増えるのはオニばかり。どうも同盟軍ではなく、連合――オニの軍勢がこの拠点にやってきているようだ。
連合が何かしらの腹芸で動いているのか。それともリチャード主導か、はたまた殊洛主導か。
あるいは…………。
「……………」
俺はここで何をしているのか、そんな思いが強くなる。
結局日寄って現状維持――コウヤの現状はそれだろう。
すべきことが何か判断し切れず、ただ目の前の仕事を、竜を殺すばかり。
「何と戦ってんだかわかんなくなってきたな」
何とはなしに、水連は呟いていた。それに視線を向け――と、その向こう。
この数日で設備が拡張された指令所から、こちらへと歩いてくるオニの女の姿があった。
扇奈だ。リチャードに戦闘の報告を行っていたはずだが……そこで、言い合いでもしたのだろうか?
思案顔で、表情険しく、扇奈はこちらへと歩んできて…………。
「おい、クソガキ共。実戦で訓練すんじゃないよ」
そんな小言を投げてくる。
「おっさんがやってみろって言ったんだよ」
「打ち合わせはしたし、無理そうならすぐ切り替えるつもりだった」
口々に言ったコウヤと水蓮を横に、「はいはい」とだけ言って、扇奈は思案顔のまま歩み去って行く。
そして、この数日で定位置になったテント横に座り込み、胡坐を掻き頬杖を付き、声を上げた。
「集合、」
扇奈の声に、部下のオニ達が集まってくる。
コウヤと水蓮もまた、その集団の元へと歩んで行き……。
集まって来た部下たちを前に、扇奈が言った。
「言わんこっちゃないって話だよねェ。……一手早いんだよ。そのつけが巡って来たんだろ」
何所かぼやくように、扇奈は呟いて……それから、その視線が部下たちを捉え――。
オニの女は言う。
「竜の大群が来たってさ。で、あ~……お兄ちゃんは居ても立ってもいられないんだってさ。使えるモノは何でも使うんだそうだ」
……どこか呆れたような雰囲気で。
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