28話 選択/伸るか反るか留まるか
ラジオから流れていた、第1皇女桜花の――いや、その権利を捨てた上で、理想郷を建築すると唄った女の声が、終わる。
直後、交戦区域中央南部、元富士ゲート攻略戦補給地点、仮設司令部であるプレハブの一室。
リチャードを前にしたその場には、沈黙が下り立っていた。
「これ、クーデターか……?」
水蓮は、辛うじてそう呟いた。
桜花の言っている内容は、確実に、帝国そして連合への反乱だ。
意図している所は革命に近いのかもしれない。が、結局、中枢に桜花が残っているのであれば、これは皇位を争う皇族同士の諍いにも見える。
それこそ、7年前。大和紫遠がやったのと近い事を、桜花は始めたらしい。
「…………」
沈黙の落ちた室内で、水蓮は周囲を眺めた。
扇奈は腕を組み、考え込み――その目は油断なくリチャードを捉えている。
鋼也もまた何も言わない。だが、その表情は険しかった。
水蓮は桜花とも一応知り合いだ。正直、あのお人形様がこんな大それたことを……と思わないこともない。
同時に、あの皇女には底知れない、それこそ権力者の影がこびりついていたことも思い出す。
東乃守殊洛と桜花が結婚すると言う話も聞いていたが……このクーデターの為?新しく作る国家に正統性を持たせるため?
何所か浮世離れしていて、いまいち理解が追い付かない。それが、水蓮の感想だった。
あるいは、交戦区域にいるすべての兵士にとって、このタイミングでの革命は、それこそ寝耳に水だろう。
そんな水蓮を、あるいは扇奈を、鋼也を眺め……事前にこれを知っていたらしいエルフ、リチャードは言う。
「殿下の宣言により、革命は始まった。これより、同盟軍は共和国軍と呼称を変え、この拠点もまた、共和国軍南部拠点と呼称を変更する」
そうリチャードは言って、それから部屋の隅にあった椅子――この拠点、クーデター軍、いや、共和国軍の拠点指揮官の椅子に、腰を下ろした。
そこで、声を上げたのは扇奈だ。
「共和国の指揮官様、ねェ。あんたが立場に固執する人間だとは思わなかったよ」
「立場なんてどうだって良い。国が欲しい。居場所が欲しい。望みはそれだけだ。その為に尽力しているだけに過ぎない」
「そうかい。で?……わざわざこれを聞かせる為だけに、あたしらを呼び出したのか?」
「説明を短縮したかっただけだ。端的に問おう。こちらに付くか否か」
「…………」
問いかけられ、扇奈は黙り込み……周囲――傍にいるエルフ達へと視線を向けた。
リチャードの警護。……と言う名目でその場にいる、その気になれば扇奈達を取り押さえられる兵士達。
それを横目に、扇奈はリチャードに、どこか挑発に近いかのような雰囲気で、問いを投げる。
「イヤだって言ったら?」
「別段、その選択に罰則を与える気はない。お前たちは得難い人的資源だ。浪費はしない。ただ、おとなしくはして貰う」
「拘束かい。…………出来ると思ってんのか?」
殺気立った様子で、扇奈はリチャードを睨み付ける。それを正面から睨み返しながら、リチャードは応えた。
「出来る。ただ、したいとは思わない。……お前達と我々と、思想的に対立している訳ではないだろう」
「だからってクーデターを起こして良いって話じゃないし、それに手を貸す気にもならない。戦争続けましょうって話に頷くと思うか?」
「なら、殿下の――桜花様の敵になると?」
そのリチャードの問いに、扇奈は歯切れ悪く、顔を顰めた。
そんな扇奈を前に、リチャードは視線を横にずらす。
「そっちの英雄は?どうする?自分の女の政敵になるか?」
「……一つだけ聞かせろ。これは桜の意思か?それとも、読まされてるだけか」
「桜花様の意思だ、大和の英雄。お前もハーフだろう。お前の女はアレで一貫して、お前の居場所を作ろうとしてる。違うか?」
「…………」
鋼也もまた、黙り込む。決めあぐねる、と言った具合だ。
そんな扇奈、鋼也を前に、リチャードは続ける。
「お前達に、返答を急く気はない」
「……寛大な話だね」
「わざわざお前たちの敵になる気はないんだ。可能なら手を貸してもらいたい。だが、それが出来ないならせめて敵にはならないでいて欲しい」
「感情論なんて珍しいね」
「合理的な話だ。……わかった。お前達には無期限に、この場所での待機を言い渡す。手を組む気になったらそう言え。……共和制だからな。独裁とは違う。強制はしない。仲間になるか、おとなしくしてるか、そのどちらかだけだ」
そこまで言って……それからリチャードの視線は、水蓮へと向く。
「日下部水蓮。お前に関しては、別の選択肢がある。今すぐ東部拠点――東京へ赴き、桜花様と会うという選択肢が」
ふいに矛先を向けられて、水蓮は眉を顰めた。
「俺が?……クーデターの首謀者に会ってどうしろってんだよ」
「契約をしただろう、桜花様と。希望通り大和紫遠への使者にしてやる」
……確かに、契約はした。だが、この状況になる前に、だ。
生き延びたら大和紫遠と会わせてやる。要はそれだけのあまりに水蓮に有利過ぎる契約で、それを結んだ時、その意味まで深くは考えなかった。
いや、可能性ぐらいは考えていた。けれど、今この状況になってしまえば、それは可能性ではなく明らかな命令にして役柄だ。
「……俺に大和紫遠を殺せって言ってんのか?」
「それを選ぶのは君次第だ。桜花様はただ、この状況下で、大和紫遠に対して密書を送ろうとしているだけだ。たとえそれが白紙だろうと、表向き講和に向けての活動に他ならない。その結果お前がどういう行動をとろうが、こちらの看過する所ではない。……お前にも選択肢があると言う話だ。どこに、誰に、何に組するか」
「チッ……」
舌打ち一つ、顔を顰めた水蓮のポケットから、煙草とライターが浮き上がる。
この契約は、明らかに大和紫遠の殺害を示唆している。
桜花は言っていた。長年兄を見た上で、唯一大和紫遠が明確に情を見せた相手が水蓮だと。
そして、水蓮はその大和紫遠への復讐を望んでいた。
仕立て上げるにはぴったりの役柄だ。
が、こんな派手な状況下で、大和紫遠が桜花からの使者にむざむざ殺されるような、そんな失態を犯すとは思えない。
それに、
「……復讐する気は、ない。少なくとも今この状況で、完全に利用されてるとわかってて頷くと思うか?」
「復讐を遂げる為に周りの状況を全て利用している。そう、考えれば良いだろう。お互いに利用し合う。それが契約だ」
「だとしても、……お断りだ」
言い切って、水蓮は煙草を咥えた。そして、そこに火を点ける。
慣れた匂いの紫煙を吐き出し、水蓮は言った。
「大和紫遠と話す機会は欲しい。けど、……その為に仲間を置いて自分だけ別の所に、なんて御免だ。どういう形だろうと、戦争が続くんなら、俺はこの部隊に居続ける」
そう言い切った水蓮を、リチャードは暫し眺め、……それから呟いた。
「良いだろう。……で、扇奈。どうする?部隊の指揮官はお前だ。お前の部隊はお前が言った敵と戦うだろう。部下全て巻き込んで何もかも全てを敵に回すか?」
問われた扇奈は、横目を水蓮に向け……やがて呟いた。
「悩んでて良いって話だったね」
「ああ。その間、ここで待機だ」
「なら……もうしばらく悩むよ」
そう言って、扇奈はリチャードに背を向けて、プレハブ小屋を後にしていく。
その後を、水蓮は歩み出した。
鋼也は動かず、その場でまだ考え込んでいる。あるいは、リチャードとまた別で、話でもあるのかもしれない。
自分の恋人が――関係は冷め切っているとしても、クーデターの首謀者になったのだ。聞きたいことは色々あるんだろう。
そんな思考を片隅に、鋼也をその場に残し、水連は扇奈の後をついて、その選択の場を後にした……。
*
「つうわけで、無期限にここで待機だ」
補給地点――共和国軍南部拠点の一角。寒空が暗くなり始めたそんな一角で、部下を前に、扇奈は言っていた。
周囲では、扇奈の隊以外の兵士たちが活発に動いている。反乱やら文句やら、そう言った声はない。誰しも、このクーデターに賛同しているように見える。
結局、鼻から上にいた首脳部の名前が、同盟軍から共和国軍に変わっただけ。弓引こうとしなければ、昨日まで竜を相手に戦っていた戦友が、今も味方のまま。
それらを眺めて、水蓮は紫煙を吐き出す。
(ある意味、俺も似たようなもんか……)
復讐より仲間の方が大事。それは、紛れもない今の水蓮の本音だった。
その為に、命令をごまかしてまでここに残っていて、竜に立ち向かった、とも言える。
クーデターを起こした以上、敵は竜ではなく人間になるのだろうが……具体的に人間を撃てと命令されるまでは、同盟軍――共和国軍に大きな反発は生まれないかもしれない。
と、だ。そんな事を考えていると、オニの内の一人が扇奈に声を投げた。
「指くわえたままここで大人しくしてんすか?」
「そうなるね。……もちろん、桜に賛同してクーデターに加わりたいってんなら、そうやって行動しても良い。リチャードに話して、別の部隊に移してやる」
その扇奈の言葉に、部隊員たちからヤジが上がる。言いようは様々、だが内容を簡潔に言えば一つ。
「そりゃないっすよ姐さん」
「今更別の奴を上官って呼ぶ訳ないじゃないっすか」
口々に声を上げたオニ達を、扇奈は眺め……
「そうかい。……あたしも今更人間撃てとは言いたくないしねェ。だから、おとなしくしてようって話さ」
どこか満足げに呟いて、扇奈は思案を進めながら、呟く。
「正直、理想自体には賛同したいところだよ。ヒトとオニと仲良くしましょうって話だ。見上げた理想さ。そうあるべきだと、あたしも思う。けど、だからってクーデターなんて起こしたら、それこそ次の火種だ。……正直あたしも、もうちょっと情勢を見極めたいってのも、あるしねぇ……」
呟いた扇奈に、水蓮は問いを投げた。
「情勢って?大和紫遠?」
「……帝国と連合の動き方次第って事さ。いや、結局見守ったところで、か……」
そう、扇奈は呟き、また思案をはじめ、思案しながら……言う。
「とにかく待機。ただし、何かあったらすぐ動けるようにしときな。……まあ結局、あんたらのすることはこれまでと変わんないよ。あたしが諸々考える。あたしが決めたらそれを信じな。それでミスってたらあたしを恨め。以上」
その扇奈の言葉に、オニの部隊はばらばらに返事を投げ、各々、元やっていたのだろう作業や暇つぶしに戻って行く。
それを眺めて……それから、扇奈は横目を水蓮に向けた。
「復讐は?やめんのかい?」
「……戦争終わってから考える。知らないとこで知り合いがいなくなってるなんて、もうごめんだしな」
言って、水蓮は目の前を揺蕩う紫煙を眺め……。
そこで、だ。向こうから、眼帯の男がこちらへと歩んできた。
その姿を前に、扇奈は声を投げる。
「話は済んだのかい?で?あんたはどうすんだ?」
その問いを前に、鋼也は視線だけ向けて……けれど何も答えず、歩み去って行った。
それを前に、扇奈は呟く。
「あ、っそう。悩んでますってか……」
そんな扇奈を横に、水蓮は問いかけた。
「そういや、あんたら、あのリチャードって奴とも知り合いだったんだな。皇女殿下と知り合いだったり、一体どういう繋がりなんだよ」
「あ?……ああ。クーデターの生んだ縁かねぇ」
何所か遠くを眺めながら、扇奈は言う。
「あの頃ならもう動いてそうなもんだけど。余計なとこばっか大人に……。あたしも、か?」
まったく返答になっていない、自己解決が目の前にある。
それを前に、水連は問いを重ねた。
「クーデターの生んだ縁ってなんだよ」
「……気になんのかい?」
「まあ、な」
激変が目の前にあるのかもしれない。
それを前に、気になるなら聞ける時に、聞いておいた方が良いだろう。そんな事を水蓮は思った。
……聞けなくなる前に、聞いておければ。
離別の多い人生だった。それを真っ当に、認識するようになってきた。狂わず、呪われていると逃げず。
その結果、だ。
どこかぼんやり呟いた水蓮を、扇奈は暫し眺め……それから、ゆっくりと、長話を始めた。
クーデター――7年前に起きたそれの折、皇女を連れてオニの基地に逃れてきた帝国軍兵士の話。
そして、それを拾って情を移した、一人のオニの女の話を。
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