27話 反逆/狂人たれと歯車に踊る

『……けれど、歴史は証明しています。オニとヒトは殺し合う……否。帝国という独裁国家と、連合国という共同体は、利権をめぐって競い合ってきたのです。竜という目下の敵を失い、けれどそれを討つ為に膨れ上がった軍事が、次はお互いに牙を剥きかねない。それだけの危うさが目下にあると、私は危惧しております。現に各国の首脳部は、竜との戦争の次を見越した兵器の開発を行っている』



『かつて私は平和を唄いました。オニとヒトとが、手を取り合おうと。あるいは、竜を根絶まで追いやれたのは、その言葉の結果かもしれません。けれど、……唄うほど理想は容易く実を結ぶものではないとも、私は学びました』





 帝国、連合を問わない大和中に、その声は響いていた。

 耳にした者は傍の者を呼び寄せ、ラジオを前に耳を欹てる。


 大和の一角。広大な庭を持つ、一つの屋敷。

 “月宮”という家名。帝国の現政権にマークされ続け、けれど歴々の家長によって作られた威光が今もなお続いている、武門。


 その座敷の奥でも、ラジオから声は響いている。

 それを耳にするのは、一人の少女だ。身を痛めて生んだ年端もいかない赤子達を抱えていながら、それでも少女と呼べるほどにまだ若い、どころか幼さも残っていそうな顔立ちの、少女。


 彼女の額には角がある。そして、彼女が抱く二人は、角のある子とない子、二人の混血の赤子。


 子供が出来て覚悟が決まり、ヒトの名家に嫁いだオニは、赤子を手に、時代の変革に耳を傾ける……。


 と、だ。そんな少女に、老齢の夫婦が声を投げた。

 嫁いだ先の両親。義父と義母は、毅然と、だが優しくオニの少女に声を投げ、その言葉に、少女は頷く。


「……うん。私は平気」


 オニの少女は不安げに窓の外――雪のちらつく冬の内地を眺め、それから、その視線を、抱く混血の赤子に向けた……。





『私は真に、大和の平和を祈っております。その為ならば、終わるはずの戦禍を広めた罪人と、悪名としてこの桜花という名が残っても何ら構いません。私はここに、……同盟軍が掌握し制圧した交戦区域において、主権と統治を宣言いたします』


『同時にここに、私は帝国の皇位継承権を放棄いたします。私はもはや何者でもない、ただ理想を唄う一人の女です。オニとヒトが、帝国と連合が争ってしまう事のないよう、ここに国家を、理想郷を、ヒトもオニも隔てなく暮らせる主権と権利のある国家を制定します』




「この演説はなんだ……」

「平和を祝うのでは……何を言って、」

「……クーデターだとでも言うのか、」


 議場には、ざわめきと戸惑いが溢れていた。

 大和帝国首都、『京』。露骨に中央集権なその国家の、心臓部、頭脳部。

 皇帝の居城にして帝国軍、いや帝国自体の最高意思決定機関。


 そこに並み居る閣僚、軍人達は、ラジオから流れる桜花の声に、戸惑いと動揺の声をあげている。


 その最中、恐ろしいほど冷静で居続けた男がいた。

 実の妹の演説、たった今劇場的に始められたクーデターを耳に、大和紫遠は議場の資料、戦略地図を眺める。


 そこに映っているのは、交戦区域全域の、帝国軍および同盟軍の配置だ。

 同盟軍の主力部隊は、東部拠点に集結している。大して帝国軍は、交戦区域の全域に分布している。


 同盟軍、帝国軍、双方共に表向きの理由あっての再編、作戦行動の途中だ。


 同盟軍は、富士ゲート攻略作戦に出ていた主力部隊の集結と再配備、補充人員の確保や戦後処理の為。


 帝国軍は、そうやって直前の決戦で損耗が出た同盟軍に変わり、大和に残った最後の敵、方々に散った竜の残党を狩る為。


 同時に、帝国側にはその裏の――これを好機とみる思惑もあった。

 竜の残党を処理すると同時に、交戦区域に分布した帝国軍によって、実質的に交戦区域と呼ばれていた連合と帝国の間の緩衝地帯を統治しようとしていたのだ。


 現に、竜の残党を狩った後、帝国の部隊はその場に残り、拠点建設用の工兵の到着を待っている。


 そして、今している――否、していた会議は、その拠点建築の為のモノだ。竜の残党を狩る、という大義名分の最中、連合――オニの国に対する軍事的な防波堤を建築しようとしていた。


 が、……。


(腹に一物あったか。殊洛か?それとも……)


 大和紫遠は思考する。

 今を好機と見たのは、どうも同盟軍も同じだったらしい。


 帝国軍が散っているという事は、このクーデター直後に、即座に東部拠点を襲う兵員の数を用意できない、という事だ。攻めるにせよ、集結や動員に時間が掛かる。


 そして、そうやって出来た時間で、東部拠点は強固になり――そしておそらく、帝国の各地に散っている桜花子飼いの工作員が、このクーデターに対するポジティブキャンペーンを行う。


 そもそも、桜花は国民から人気がある。オニとヒトの融和、そういうアイコンとして彼女を利用していたのは他でもない大和紫遠だ。


 そして、オニとの融和路線は、大和紫遠が進めていた路線でもある。少なくとも、市民に対して唄う分には。


 桜花の演説は、それらの延長線上にある。

 これに対して大和紫遠が露骨に動員しようとすれば、それはその瞬間に大和紫遠に幾つもの悪名が付くことになる。


 妹殺し。

 平和の敵。オニとヒトとの融和を阻害しようとした独裁者。

 

「悪人になるか、それとも認めるか。……私を掌で転がそうと言うのか、桜花」


 そう――大和紫遠は楽しそうに嗤っていた。

 それから、眼前でうろたえている自身の閣僚へと向けて、即座に声を上げる。


「会議は中止だ。……交戦区域に存在する全部隊に対し、後退し、交戦区域の境界線上で待機するよう命令を出せ」


 皇帝の言葉に、閣僚の一人が声を投げる。


「お言葉ですが、陛下。そんな事をすれば、このクーデターを認める事に……」

「認める訳ではない。私は全部隊と言った。同盟軍もそこに含まれる」

「……どちらに付くか決めろと、全軍に?」

「決めろではない。示せと言った」


 言い放ち、――そして紫遠は続けた。


「国内に残存する予備部隊に関しては、全て東部拠点の北部に集結させろ。そこにこの反乱の首謀者は居る。予備役も全てだ」

「徹底的に、交戦を……妹君を殺すのですか?」

「なぜ妹の顔色を伺わなければならない?……皇帝は私だ。それとも、今私の眼前で私に歯向かうか?クーデターに組するか?ならばそれでも良い。止めはしない、桜花の元へ行くと良い。……そして私の敵となれ」


 大和紫遠の言葉に、議場には沈黙が落ちた。

 それを冷静に、大和紫遠は眺める。


 大和紫遠は鼻から、独裁者で居ながら、どう独裁を終わらせるか思案していた。

 竜に対抗する為に、軍国化、一極集中、独裁はやむなし。けれどその後大和を平和に――帝国連合問わず大和全域を平和にするためには、独裁者は不要だ。


 だから、竜を殺した後は、鼻から悪政を行うつもりだった。自身の死が国民に歓迎される状況を作ろうと。

 また、オニとヒトが共に平和を唄う障害にならないよう、自分はヒトに殺されようとも思っていた。


 日下部水蓮を見逃したのは、その役に使えると思ったからだ。……同時に、情もある。

 だが、桜花が立ってくれるのであれば、それに越した事はない。


 どちらに転んだとしても、ここは桜花に“皇帝”として処理を行おうとするのが正解だ。

 それで負ければ、桜花は彼女が語る理想通りの緩衝国家を帝国と連合の間に制定し、何なら、彼女が帝位を継ぐだろう。


 もし、紫遠が勝ったとしても――この名前は理想への悪名に変わり、典型的な独裁者として、市民に死を望まれるようになるだろう。


 だから、今この瞬間、妹の翻した反旗を前に、大和紫遠は迷わず、独裁を選んだ。


「敵となるのであれば、徹底的にそれを断罪しよう。皇帝の名において」





『私は権力を望みません。私は戦争を望んでいる訳でもありません。この、愚かに理想を追う一人の女の言葉を聞いた皆様に、行動を促すこともまた、ありません』


『ただ、見守って欲しい。そして、考えて欲しい。今横にいる者の顔を見て欲しい。交戦区域と名付けられた緩衝地帯、その向こうにいる同じ大和の民の事を想って欲しい。何がより良き明日に繋がるか、それを皆、当事者として、想像して欲しい』





 その演説は、交戦区域内地を問わず、大和中の人々の耳に入っていた。

 内地、帝国の民は、竜との戦争の直後に始まったこの事件に、戸惑うように顔を見合わせる。


 連合の民、オニ達もまた、似たようなモノだった。そもそもオニは連合制、各地の領主が帝国、あるいは竜に対抗する為に一つの共同体になっているに過ぎない。


 そんな小国の群れである連合の民からすれば、また国が一つ増えるのかもしれない、そんな対岸の火事に過ぎなかった。


 けれど、……大和にはその演説が到底対岸にならない、むしろ上の一言で激動の渦中に落とされた、そんな人々もいる。


 交戦区域。

 竜の追撃に出ていた部隊。移動中だった部隊。あるいは、中部拠点にいた部隊。

 集められ、その演説に耳を傾ける彼らは、やはり顔を見合わせた。


 帝国出身の同盟軍兵士は、連合出身の同盟軍兵士と顔を見合わせる。


「どうすんだよ、」

 オニの兵士はそう声を投げ。


「……どうするって言われてもな、」

 ヒトの兵士は、そう、困ったように呟く。


 その演説、現在進行形のクーデターの渦中、淀みなく行動を続けている部隊もいた。

 けれど、それは事前に知っていた――あるいは悩む必要がない純帝国の部隊だけで、交戦区域にいる大半の兵士はただ、戸惑っていた。


 まだ戦争は終わらないのか。そんな疑問。

 そして、目下どうするべきか。このまま、同盟軍――クーデター軍となるのか、それとも帝国に、連合にそれぞれ戻り、クーデター軍――つい昨日まで味方だったはずの相手と戦うのか。


 連合と帝国。オニとヒトとは昔から戦争をしていた。

 けれど、竜が現れた結果、その抗争は一旦休止状態となった。

 そして、今前線にいる兵士は、ほとんど例外なく、竜を倒す為に志願し、竜から大和を守る為に兵士となった者達だ。


 今更、人間同士で戦争と言われても……。


 同盟軍の部隊は戸惑っていた。

 そして、その戸惑いの渦中で、各部隊に数人、すぐに覚悟を決める者がいた。


「桜花様に付こう」

「理想郷を作ろう!そうしないと、ここでお互いに撃つ羽目になる」

「竜との戦争は終わった。それで、もう戦争は終わりにしよう!」


 共に生死の境を歩んできた、戦友がそう言う。

 その言葉に、戸惑いながらも、兵士たちは頷き、頷いた上で、ラジオに視線を止める。


 政治的な思惑を持って兵士をしている人間は、少ない。

 そして、戦友を裏切らないというそんな情に近い思いは、生死の境を歩んでいた以上、否応に強くなっている。


 スパイとは、裏切るその瞬間までは味方の顔をしている。そして、結果的に一度も裏切らなければ、スパイに近い行動をとっても疑われる事は少ない。


 桜花に加担しよう。そう、すぐに声を上げた兵士が、各部隊、全ての部隊に最低一人は、いた。


 ……そうなるように、あらかじめされていた。


 ハーフ。その容姿は、オニかヒトか、どちらかにしかならない。

 そして、そうやって生まれた彼らは、自身の生まれを隠しながらも、大和の各地に潜み暮らしている。


 そして、彼らは居る。紛れている。同盟軍の中にも……。





『私は橋となりましょう。私は平和という理想に身を捧げましょう。私はこの主権の、国家の、軍事の緩衝地帯に、一個の理想郷を建設すると宣言いたします』


『種族を問わず、皆が平等に、銃口ではなくただ手の平を差し出し合い、平和に暮らす理想郷を、ここに、共に作り上げましょう』





 東部拠点。皇女の居城。西洋風の一室。

 桜花は、紅茶を手に、ラジオから流れる自身の、大衆煽動と反乱蜂起の言葉を耳にしていた。


 賽はもう投げた。後は何もかも出目次第。

 ハーフと組み、大和で最も強固で強大な地下ネットワークを手中に収めている女は、今クーデターを起こしたとは到底思えないほどに冷静で、静かだった。


 窓の外、眼下に見下ろす中部拠点の街並みのそこら中で、人垣が出来話し合っている。


 熱弁を振るっているのは、……桜花の手の内の人間。ハーフの――そうと周囲に知られていない、人間。


 そのうちの何人かが、この居城、桜花がいるこの一室へと視線を向ける。

 それを冷静に眺め……桜花はティーカップを傾けた。


『我が理想に、夢に、平和に賛同する方々に。大和共和国の建国を、ここに宣言いたします。そして、我が同盟軍東部拠点を首都とし、こう名を付ける事といたします』


 演説の結び、最後の言葉。録音した自身の言葉を、桜花は呟く。


「……東京と」


 同盟軍東部拠点。……今この瞬間より”東京”となったその場所で、桜花はカップを置き、窓辺へと寄って、それを開いて、自身の兵、自身の民たちへと顔を覗かせる。


 こちらを向く多くの視線――そこには、歓声が混じっていた。混じっていたそれは、やがて周囲を飲み込んで大きくなっていく。


 少なくとも、東京の民に、即座に嫌われることはなかったらしい。

 最も、そうなるように工作員をそこら中に忍ばせておいたのだから、当然の話だが。


 歓声へと微笑みを返し、軽く手を振りながら……クーデターの代表は、堂々と窓から身を乗り出し、狙撃を受けてもおかしくないような行動をとりながら、誰にともなく、小声で呟いた。


「……撃ちたければ撃ちなさい」


 桜花はありとあらゆるものを掌の上で転がしている。

 けれど同時に、アイコン、ただの象徴に過ぎない。実権を具体的に握っている訳でもない。


 大和の暗部と契約を交わし、それを果たそうとしている、魔女。

 平和を唄い、平和の象徴と人々を内乱へ煽動する聖女。


 生まれ出した熱気の最中、中心にいながら、桜花はどこか自棄に近いように、冷たく暗く、冷め切っていた……。

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