三幕
7章 東京クーデター
26話 幕開け/広い舞台の一人と成りて
富士ゲート攻略戦。
竜が、最後の拠り所であるその拠点を捨てて敗走した。それが、この戦争の幕切れだった。
敗走し、交戦区域各地に散り散りに逃げて行った竜を、帝国軍が、あるいは同盟軍がそれぞれ追い、淘汰していく……。
そんな一週間が、経った。
*
「……どうにも、腑に落ちないね」
富士ゲート攻略戦、その拠点跡地。竜との戦闘が終わり、各部隊が竜の追撃と東部拠点への帰投、それぞれに再編され移動し、攻略戦中と比べて規模の小さくなったその場所。
数日前までは補給地点であり、現在は司令部や各配置についていた同盟軍部隊が集結し各々過ごしているその場所で、紅羽織のオニの女は、地面に胡坐を掻き頬杖を付き、そう渋い顔をしていた。
睨んでいるのは、雲の少ない寒々とした冬空の下の、景色。
そこら中でヒトとオニが暢気に談笑している、かなり平和な光景。
当然ながら、扇奈が平和を嫌っている、訳もない。気になるのは、もっと別だ。
「何、老婆心の固まりみたいな顔してんだ?」
その声に、扇奈は視線を横に向ける。
そこには、一人の青年が立っていた。最初に見た時よりも随分背が伸びた気がする、青い目の青年。
勿論、この短期間に実際に背が伸びた訳でもないが、きっと姿勢が良くなったのだろう。最初に見た時と比べて明らかに、前向きに生きるようになっている青年。
日下部水蓮――頬に何やら青い塗料が付いている彼の懐から、煙草とライターがひとりでに浮き上がり、咥えられて火が点る。
そんなヘビースモーカーの青年を横目に、扇奈はこの前線拠点、補給地点の一角を指さした。
「……どう考えても動きがおかしいんだよ、」
水蓮は紫煙を吐きながら、扇奈の指さした先に視線を向けた。
その先にあったのは、建造物だ。
戦闘中、この補給地点にあったのは、トレーラーやテント群、それからFPAや武装類を保管、整備するためのハンガーくらい。
戦争の為に必要な最低限だけ仮設された、といった様相だったその場所に、戦争が終わった今、なぜだか建造物が増えているのだ。
プレハブの小屋が幾つも建てられ、それと並列して明らかに仮設ですまなそうな、そんな鉄骨と木材で組み上げられつつある作り掛けの建築物が見える。
「戦争が終わったのに、施設が増えてるってか?……拠点か記念碑でも作るんじゃねえのか?竜に勝った記念って」
その水蓮の言葉に、依然渋い顔で、扇奈は言う。
「それをこんな今すぐやるかい?……建築だけじゃない。ばれにくいようにやってるけど、兵士も増えてる。……優先的に撤退と竜の掃討に出てるのはほとんど帝国よりの部隊だ。同盟軍の主力も、東部拠点に退いては居るけど、一定数ここに残されてるし、残ってるのも追加で来てんのも、全部混成部隊だ」
「混成?」
「あたしらみたいなもんだよ」
「……種族混成部隊、ね」
水蓮は呟く。
元々、同盟軍は種族混成の軍隊だ。が、部隊単位でまで完全にそうかと言われると、兵科や適性、あるいはバックボーンの問題で、オニだけの部隊、ヒトだけの部隊と言うモノが半数以上存在している。
そして、その半数が先にこの場所から送り返され、残っているのは種族混成――事実同じ釜の飯を食った、双方の種族に対して非常に有効的な同盟軍兵士のみ。
「……政治か?」
「かもね……。で、クソガキ。誰が老婆心の塊だって?あァ?」
「いや、リアクション遅ぇだろ、」
睨んだ扇奈に水蓮は呆れたように紫煙を吐く。
と、そこで、だ。
そうやって話す二人の元に、歩み寄ってくる男がいた。
眼帯の帝国軍人。富士ゲート攻略作戦では大した役柄を演じる事はなかったが、けれどそれ以前の――続いて来た竜との戦争で多くの功績を上げた、英雄。
スルガコウヤ――そちらも手に青い塗料が付いているその英雄は、どこかぼんやり暢気そうに、水連へと声を投げた。
「そろそろ乾いた頃だ。どうする?青一色で良いか?どこか塗り替えるか?」
「あ~……。どうすっかな、」
どこかどうでも良さそうに、水蓮は呟き、思案し始めた。
そんな暇つぶしの遊びをしているらしい二人を横に、扇奈は視線を手近なハンガーの横へと向ける。
そこにあったのは、一つの鎧だ。
FPA、“夜汰々神”。水蓮の、鎧。
その色合いが、変わっていた。
青一色――それこそ、水蓮の瞳の色に近いような、それを少し暗くしたような、濃い青。そんな色に塗り替わっている。
富士ゲート攻略作戦が終わった後、扇奈達の部隊には追加の命令は何も出ていなかった。
要は、暇だったのだ。そして、この二人は暇を持て余した挙句、
青く塗りたいと言い出したのは水蓮だ。
『この色が嫌いじゃなくなったんだよ、』
そう、青い目の青年は言っていた。内心にずいぶん変化があったんだろう。
と、そうやって水蓮を眺める扇奈に、鋼也は言う。
「そうだ、扇奈。……エルフを見たぞ」
「何?」
「……顔見知りだ」
続けて言った鋼也を前に、扇奈は眉を顰める。
「アイリスか?」
「あいつは見てない。けど、アイツの直掩は見た」
アイリスの直掩。エルフの部隊だ。それも、全員ハーフ。母国を追われて大和に流れてきた部隊。
扇奈や鋼也にとっては事実戦友である。共に竜と戦った中、だ。
が…………。
渋い顔をして考え込み始めた扇奈に、そこでまた、別の声が届いた。
「姐さん!」
その声――扇奈の影、副官のオニが駆けて来て、視線を向けた一堂を前に、彼は言う。
「呼び出しっす。姐さんと、そこの馬鹿二人。……ここの指揮官から」
その言葉に、水蓮とコウヤは顔を見合わせ、扇奈は更に、眉を顰めた。
*
東乃守殊洛。事実上の同盟軍のトップである、オニ。この富士ゲート攻略作戦の作戦指揮官だったその男は、戦闘終了後、すぐさまこの場所を離れていた。
東乃守殊洛が彼の直掩を連れて去った先は、同盟軍東部拠点。
そして、彼の代わりに、ここに残された部隊の運用や再編、あるいは新たにやって来た部隊を指揮している男は、東乃守殊洛の副官だった男。
プレハブで建設された、指揮所。各種通信設備を移設し、突貫作業の跡としてかなり乱れているその小屋の中、指揮官の椅子に座っているのは、エルフだ。
遊びの少ない、あまり感情の色を見せない、冷静一辺倒の、金髪に青い目のハーフエルフ。
リチャードは、その場にやって来た3人を前に、言った。
「……懐かしい顔だな、」
「まったくだね」
腕を組み、扇奈はそう呟いている。その背後には、何も言わず頷く鋼也の姿があり……そしてそんな二人を横に、水蓮が呟いた。
「またあんたらの知り合いか?」
「ああ。世話になったことがある。……アイリスの兄だ」
「へぇ……」
鋼也の言葉に、水蓮がそんな呟きを漏らす。
そんな二人を背後に、リチャードを……それから周囲に何人かいる、護衛らしき兵士――全てエルフだ。いや、ハーフエルフ――を眺め、扇奈は言った。
「で、何だい?漸くあたしらにも仕事か?竜を狩りに行くか?それとも、東部拠点に帰れ、か?」
言った扇奈を冷静な顔で眺めたまま、リチャードは言った。
「……人間相手に戦争をしろと言ったら?」
「今すぐ始めてやろうか?……敵が目の前にいそうだしね。竜に勝った。だからもう平和だ。それで済ませれば良いだろ」
「世の中はそう単純じゃない。……そのくらいわかるだろう、扇奈。お前は馬鹿じゃないはずだ」
「いいや、バカだよ。馬鹿で良い。人間相手なんざごめんだね」
「では、何もせず看過するか?何所に組することもなく。……それが許されると?」
リチャードの言葉に、扇奈は鬱陶しそうに眉を顰める。
そうやり取りを続ける扇奈の背中を眺めながら、水連は横で仏教ずらの鋼也へと問いを投げた。
「……なんの話してんだ?こいつら仲悪いのか?」
「良くも悪くもないし、そういう問題でもないだろう」
言った鋼也を横に、水蓮は肩を竦め、「訳わかんねぇ……」と呟いた。
そんな水蓮を、リチャードは眺め……それから言う。
「竜が居なくなれば、この拡大した軍備はどこへ向く?この、交戦区域は?連合のモノでも帝国のモノでもない土地は?どうなる?」
「どうなるって……」
「人によって、回答は違うだろう。思想も違う。違うから戦争が起こる。そして、そうやって争って、針は進んでいく」
言って、リチャードは小屋の一角にあった時計に視線を向けた。そして時刻を確認すると、立ち上がり、部屋の隅の機材――ラジオだろうそこへと、歩み寄っていく。
「7年前。帝国で起きたクーデターを御し、帝位についた男は、ラジオで公共にその顛末と専制を告げた。……軍事にばかり傾倒してきた国家だ。市民において最も普及している情報機器が
言って、リチャードはラジオに触れる。
「皇女、桜花様は連合、オニの国に対しての技術提供に熱心だった。というより、わかってそう動いた、だ。勿論軍事的に流した情報もあるが、輸出や技術供与という体で民間に流した技術も多い。連合でもこれは普及しているらしい。大和紫遠ではなく桜花の功績として、それは認知されている」
「……なんの話だよ」
「今また、時代が変わる。そういう話だ」
言って、リチャードはラジオのスイッチを入れた。
途端――その演説が始まる時刻に、リチャードは扇奈を、鋼也を、あるいは水蓮を呼びつけたのだろう。
ラジオから、女の声が流れ始める――。
*
『親愛なる大和の皆様。ヒトもオニも、帝国も連合国も、大和に住む全ての方々に対して、まずはご挨拶を。私は大和帝国第1皇位継承者、桜花です』
『この大和から竜の巣がなくなったと、そう耳にされた方も多いと思います。その平和は、オニもヒトもなく、数多の勇敢なる挺身によって成し遂げられた偉業に他ならないと、私は考えております。そして、このまま真の平和が訪れることを、私は願ってやみません』
『…………けれど、』
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