6話 知性体/勲章への片道切符
異変。それは、戦場では予想以上に急に、突然、訪れるモノだ。勝利と敗北は表裏、コインのようにその境目は薄く気まぐれだ。
その野営地。残党掃討用の部隊が集うその場所に、部隊が3つあった。俺のいる扇奈の部隊の他に、部隊が二つ。
―――そのうちの一つが、ある日、帰って来なかった。
いや、正確に言うと一人だけ、逃げ延びて帰って来れた奴が居た。
そいつは、言う。怪物が居た。アイツは――
*
「―――知性体だそうだ。殺るよ、」
いつになく真剣で、鬼気迫る表情で、扇奈は集めた部隊を前に、そう吐き捨てた。
知性体。読んで字の通り、知性のある竜だ。その一匹がいるだけで、周囲の竜――普段無為に周辺を荒らすだけの竜達が、知性を持った――戦略的な行動をとるようになる。
それだけじゃない。知性体には能力がある。一体一体違う、特殊能力みたいな奴だろう。オニが武器を強化するように、何か、超常的な現象を引き起こせる。
……俺も直接目にしたことはなく、報告や噂話を聞いただけだが、空間を跳び越えるとか、時間をさかのぼるとか、そういうあからさまな理不尽を持っているらしい。
だが――もしかしたら、扇奈は、もしくはこの部隊は。知性体と実際に向き合ったことでもあるのだろうか。
「……今回はもう手の内がわかってる。聞いた限り、いつもよりマシな知性体だ。光線を撃ってきて鎧も何も溶けちまうんだってさ、」
光線?文字通りの、
竜は遠距離攻撃をしてこない。少なくとも俺が見た竜は、全部、地面をはいずってくるか、たまに飛んでくるかで、どっちも牙と爪と尾――それから何より物量がネックだった。
それが、遠距離攻撃をしてくるとなると、――戦術の根底から組み直しになる。
が、それでも、まだマシ、らしい。確かに、空間を跳び越えるとか、時間をさかのぼるとか、それよりはずいぶん良心的なのかもしれない。
「それがどの程度確度のある情報かはわからないし、知性体ってんなら、もっと他の事してくるかもしれない。可能なら殺す。が、深追いはしない。まずは情報収集だ。探って生きて帰ってくる。そいつが最優先さ。良いね?」
扇奈の言葉に、オニ達が声を返す。普段通り割とまちまちに。
……俺もキャリアを積んでいる方のはずだ。だが、この部隊はそれ以上。
知性体。初めて見る。初めて、相手にする、敵。
口の中が渇いていた。手が、震えている。武者震いだ。そうに、違いない。
念願の知性体だ。知性体を殺せば、勲章を貰える。大和紫遠が俺の名前を見て、勲章から除外するかもしれない。いや、功績を上げたらまた会おうと言い残していた。そう言って俺を使い潰す気か?それとも、……あいつの事だから本当に呼びつけそうな気もする。
ルールを破る時は絶対にばれないようにやる。そういう奴だろう、アイツは。
知性体。知性体を、殺す。殺して――。
――殺さなければ、殺されるのは、俺の方なんだろう。
俺の手は、震えていた……。
*
作戦決行、出撃の数時間前。俺は、ハンガーに居た。ハンガー、と言っても、その機能が初めから付けられたトレーラの中だ。入口から灰色の曇り空が覗いている、そんな光景を背に、俺は、自分の鎧を眺める。
FPA、“夜汰々神”。俺が訓練を終えて実戦に出るようになったその直前に実戦配備され始めた鎧だ。その頃ベテランだった兵士たちは、新型を嫌がり、旧型の“夜汰鴉”に乗り続けていたが――1年も立てば、新型を悪く言う奴はいなくなった。
大和奪還作戦でベテランが無理をして死にまくった、と言うのもあるし、そもそも……“夜汰々神”は性能として悪くないのだ。
長年使われていた“夜汰鴉”をベースに、どっかの誰かが実験台になってデータを取った改修機。パーツの内幾つかも“夜汰鴉”と同一で、演算能力やら基本的な機動力やらが強化されているらしい。親衛隊用の高級機、“月読”に近い性能が出せるように最適化された量産機。要は、使って使って問題点を洗い出し切った末、安価に高級機並みの性能を出せるようになった発展機、だ。
まあ、発展と言われても俺は“夜汰々神”しか知らないし、“夜汰鴉”に纏ってたベテランは大抵そのまま“夜汰鴉”を使い続けているから、誰もその発展を具体的に言える奴はいないかもしれない。
俺は“夜汰々神”を見上げる。灰色の鎧。“夜汰鴉”から流用されているパーツは黒く、“月読”から流用されているパーツは白い。そんな“夜汰々神”の各部を、目視、試験でチェックしていく。
念願の知性体だ。それを前に、
そうやって駆動を確認し、チェックを進めていると――懐かしいモノを見つけた。見つけたも何も、毎度目に付いてはいたが、見慣れ過ぎて気に留めなかったモノ。
煙草だ。ビニールに包まれた煙草の箱。それが、鎧の内側――俺の身体が滑り込むその場所の、丁度左胸辺りに張り付けてある。
願掛け、だ。戦場に立ってしばらくたって、慣れ始めて油断し始めて、そんな折に俺は胸部を竜の尾に貫かれた。危うく死にかけて、その後に、エンリがわざわざ張り付けたのだ。
――心臓を殺られると、嫌いな煙草の匂いをこの鎧の中で延々嗅ぐ羽目になるね。
だそうだ。要はお守りって事らしい。おせっかいが鬱陶しい――今も昔も俺はガキか――そう文句を言って、邪魔だと言って、お守りは信じないと言って。
――次の戦場でどうなるか知らない。けれど、これで無茶をして、その中でもこの煙草が無事なら、それは
そう言われて以来、確かに、胸部を貫かれたことはなく、五体満足が続いていて、鎧を取り換える必要もなくなった。だから、取れかける度に俺は律義につけ直すようになってしまった。煙草は嫌いだってのに。
「クソが……」
これも
そこで、俺は気づいた。いつの間にか、トレーラの入口に人影があることに気付いた。
いたのは、扇奈だ。腕を組み、俺が“夜汰々神”をチェックする様子を確認していたらしい。
「なんだ?」
「別に………」
それだけ言って、何か遠くを見るような、そんな目で思案した後、扇奈はからかう調子の笑みを浮かべた。
「ビビってたろ、あんた。その具合を見てやろうってだけさ」
「ビビッてなんかいない。知性体だろ?殺せたら勲章モノだ。復讐に近づける」
「……………」
扇奈は、何も言わず俺を眺めていた。
「なんだよ、」
「………わかってる、わかってる。なんでもないよ。あたしはお節介なんだ。ビビッてないって言えるならそれで良い」
それだけ言って、扇奈は俺に背を向けて――と、思えば振り返り、言う。
「でも、ビビッてるなら言いなよ。お姉ちゃんに甘えちまいな。……あたしじゃなくても、な」
そう言った扇奈に俺は中指を立てた。からからと楽し気に、扇奈は笑って、立ち去っていく。
ただ、出撃前の部下の様子を見ておきたかっただけなのだろう。
見送って、整備――今度は武器の選択を考え始めて………。
そこで、俺の鼻にわずかな刺激臭が届いた。嫌いな、……煙草の匂いだ。
トレーラの外に出る。煙草の匂いはする。が、それを吸ってた奴の姿はない。
トレーラの影にでもいて、さっき、扇奈と話していたのか?
……どうにも、心配されているのかもしれない。
「カウンセリングは受けに行くよ、」
それだけ、呟いて、俺はまたハンガーの中へと戻った………。
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