第8話 ぺーちゃん食堂
「へい、らっしゃい! お好きな空いてる席にどうぞ!」
店に入ると店員の快活なお出迎えの声が上がる。
好きな席に座ってもいいとのことだったので、私とルーちゃんは端の空いている席に腰を下ろした。
店内を見渡すと、壁の至るところに木札が掛けられており、提供できる料理が書かれていた。魚料理から肉料理まで幅広く、驚くべきはその価格だろう。
一般的な大衆食堂よりも三割は安い値段だ。二十年も経過したので値段の高騰を懸念していたのだが、安価で大量の美味しい料理を提供したいという理念は変わっていないようだ。
「あー、このゴチャゴチャした感じが落ち着くなー」
せわしない風景のように思えるが、私からすればこの感じがホッとする。
聖女らしくないと言われるかもしれないが、性根が庶民なのでこれはもうしょうがない。
前世も特別な生まれでもお金持ちでもなかったのだし。
客の大体は男性であるが、私たちと同じように女性だけで来ている客もいる。恐らくこの店の良さを知っている近隣の常連さんだろう。どことなく強者の気配がする。
一方、目の前に腰を下ろしたルーちゃんは大衆食堂にくることが少ないのか、どことなくソワソワとした感じで店内を見渡していた。
「もしかして、普段から外食はあんまりしない?」
「いえ、仕事の付き合いでたまにするのですが、こういった雰囲気のお店にはあまり……」
まあ、女性だしこういう雰囲気の店には入りづらいよねーなどと、納得していると、ルーちゃんがまたしても怪しい動きをする。
具体的には何かがくるのを待っているような。
「どうしたのルーちゃん?」
「ウェイターはメニューを持ってこないのでしょうか?」
何を言っているんだろうこの子は?
などと思ったが、ルーちゃんの表情は真剣そのものでとてもふざけているようには見えない。
「……大衆食堂にはウェイターなんていないよ。店内にあるメニューを見て、自分で決めて注文するんだよ」
「そうなのですね。初めて知りました」
もしかして、この子は普段とてもいいお店に行っているのでは?
冷静に考えれば、ルーちゃんは教会や聖女を守護する聖騎士だ。そのような地位にいれば、給金もいいわけで、仕事で付き合う人もそれなりの地位の人ばかり。
そんな彼女が果たして、このようなゴチャゴチャした大衆食堂で食事をするだろうか? 考えるまでもない答えは否だ。
どうしよう。心の中ではあんな風に息巻いていたけど、ルーちゃんを満足させられるか不安になってきた。
まあ、今回の趣旨は私が楽しむことだから、思い悩むのはやめにしよう。
同士を増やすことも大事だけど、今は懐かしき味が欲しい。
私は面倒な考えを放棄して、食べることに集中することにした。
「食べたいものは決まった?」
「い、いえ、何を選べばいいのか――あっ! あそこにソフィア定食というものがありますね」
「へ? なにそれ?」
思わず私の口から情けない声が漏れる。
さっきの銅像や劇、絵本といい、あまりいい予感がしないんだけど。
ルーちゃんの指さしたところ見ると、そこには大きく『ソフィア定食』と書かれた木札がある。
「なんでしょうね?」
「……とりあえず、なにか聞いてみるよ」
聞くのがちょっと怖い気がするが、意を決して店員を呼んでみる。
「ご注文はお決まりですか?」
「その前に尋ねたいことがありまして、あのソフィア定食っていうのはなんですか?」
「ああ、王都の本店には昔、大聖女ソフィア様が足しげく通われていたそうで、その時によくご注文されていた定食らしいですよ」
「へ、へえ……」
ちょっとペロシさん! なにやってるの!?
アークといい、私のことを前に出し過ぎじゃない?
ペロシさんを呼びつけて説教したいところだったけど、生憎とこの店にはいないよう。
どうやら王都にある本店にいるみたいだ。
「まあ、うちのような大衆食堂に世界を救ったお方が通われていたのかというのは疑問ですけどね。あ、でも聖騎士様が来てくれましたし、あながち嘘でもないのかも?」
逸話をあまり信じていないのか、そのように笑いながら付け足す店員。
すみません、多い時で七日の内の五回は通ってました。大変お世話になっていたんです、などとは言えない雰囲気だった。
「では、私はソフィア定食にします」
「ルーちゃん!?」
「伝説の大聖女、ソフィア様がよく食べていた料理が気になりますので。そちらはどうされますか?」
いつもの微笑ではなく、ちょっと悪戯心のこもった笑顔で言ってくるルーちゃん。
ぐぬぬ、自分の名前の入った定食を頼むなんて恥ずかしい。
だけど、ソフィア定食なるものが、私のこよなく愛していたあの定食なら食べてみたい。
「…………私も同じものをお願いします」
「わかりました!」
悩みに悩んだ結果、私はソフィア定食なるものを頼むことにした。
こっぱずかしい正式名称を言わないのは私のせめてもの抵抗だった。
そのままお行儀よく待っていると、ふと気が付いた。
ソフィア定食なる料理は、お世辞にも一般的な女性が食べる料理ではないと。
……どうしよう。もし、出てくるのがアレだったのなら、私はそれを大変好んでいたという事実がルーちゃんに知れてしまう。
「はいよ、ソフィア定食二つです!」
などと今さらながらにも思ったが、時は既に遅し。
私たちの前にソフィア定食なるものが二つ置かれた。
巨大な鉄板の上でジュージューと音を立てている肉料理。
「こ、これは、見たことのないタイプの肉料理ですね。それに大きい……」
「ハンバーグといいます。他のステーキとは違って、柔らかくてとても美味しいんですよ。実はソフィア様が考えた料理だという噂が!」
「な、なるほど」
一通り、ソフィア定食に関することを話すと、店員は満足したのか仕事に戻っていった。
残されたのは熱々の巨大ハンバーグとパンとサラダのセットのみ。
「「…………」」
あー! ルーちゃんから向けられる視線が痛い!
なにせ鉄板の上に乗っているハンバーグは普通のものよりも遥かにデカい。
下手すれば私の顔に匹敵するような大きさ。それでいて肉の上にはこれでもかとばかりにたくさん目玉焼きが載っている。これがいい。
でも、とても大聖女がこよなく愛していた料理には思えないだろう。
仕方がなかったんだよ。ハンバーグが大好きだったんだから。
「え、えっと――」
「いただきましょうか。ソフィア様の大好きだった料理を私も味わってみたいので」
私がどう言い訳をしようかと悩んでいると、ルーちゃんが微笑みながら言ってくれた。
聖女としてのイメージダウンとか、年上としての威厳とか色々気にしたけど、ルーちゃんにはそんなの関係なかったらしい。なんていい子なんだ。
「う、うん!」
私はルーちゃんの言葉に頷いて、迷うことなくナイフとフォークを手に取った。
そして、熱々のハンバーグにナイフを入れる。
フワッとした肉はあっさりと割れて、中から大量の肉汁が出てきた。
一口大にカットしたものを口に入れる。
「うーん、美味しい!」
かみしめると、肉の中に含まれた肉汁があふれ出て口内を満たす。
その幸せに恍惚とした悲鳴のようなものが漏れてしまう。
「とてもジューシーで柔らかいです!」
ルーちゃんもハンバーグの美味しさにとても驚いているようだ。
「気に入ってもらえた?」
「はい、ステーキのような獣臭さがまったくなくて食べやすいです」
高級料理店で外食しているルーちゃんも満足しているようで安心した。
「上に載ってある卵の黄身もかけると美味しいよ?」
「本当ですか?」
私がそうアドバイスをすると、ルーちゃんは目玉焼きの黄身に切れ込みを入れた。
そして、ハンバーグと絡ませて食べると目を大きく開き、幸せそうな顔をした。
「これはソフィア様が通うのも納得のお味ですね」
「でしょう?」
ルーちゃんが美味しそうに食べるので、私もいそいそと黄身とハンバーグを絡ませて口に運ぶ。
ジューシーな肉に卵の黄身の柔らかな味が加わり、マイルドになる。
これもまた堪らない。
獣臭さはまったくなくてとても柔らかい。
色々な部位の肉を混ぜ合わせているのか食感も面白い。
以前、食べた時も美味しかったが、それよりももっと美味しくなっている。
ペロシさんも二十年の間に料理の腕を上げたということだろう。本店ではない、支店でここまでの味を出せるとは相当な努力があったに違いない。
ああ、久しぶりの外食が幸せだ。
冗談のような大きさのハンバーグを、私たちは綺麗に完食したのであった。
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