第7話 イメチェン
広場から大急ぎで離れた私たちは一息つく。
「まさか、私があんな風に注目されるなんて……」
「それはそうですよ。なにせソフィア様は世界を救ったのですから」
「うーん、なんだかそう言われると恥ずかしいしムズムズする」
確かにあの時の判断は間違っていなかったし、結果的に世界を救うことになった。
だからといって、自分があんな風に銅像や創作物になって称えられるのは恥ずかし過ぎる。
このままじゃ、おちおち外も歩けないや。
「もう少し目立たない服装にいたしましょうか?」
「……いや、髪を切るよ」
人の印象は八割が髪型で決まるという。
この長い金髪を切ってしまえば、さっきみたいに顔を見られただけで指をさされるようなことはないだろう。
まあ、銅像の前だったのと、勘の鋭い子供という不運が重なっただけかもしれないけど。
今後、外を歩く度にこのようになったら困る。
「髪を切ってしまわれるんですか? こんなにも長くて綺麗なのに」
「別にいいよ。長すぎると手入れも大変だしね。元から切りたかったんだ」
勇者パーティーに所属している時は、髪の毛が長い方が聖女らしく見える。などという教会からのよくわからない指示で伸ばし続けていた。
でも、長い方が女性らしく威厳あるように見えるのか、人々からの受けもよかったんだよね。お陰で物資の支援もしてもらいやすかったし。
でも、今はそんなしがらみの囚われる必要はない。伸ばす必要がなく、むしろデメリットになるのであれば切ってしまった方がいい。
「ルーちゃんって、髪を切れる?」
「本職には及びませんが簡単なものであれば……」
「じゃあ、家に戻って切ろう!」
ここから家までそう遠くはないので、私たちはこのまま家に引き返すことにした。
家に戻ってくると散髪道具を引っ張り出し、布を被って椅子に座る。
「髪の長さは肩口くらいでお願い」
「わかりました。そのくらいで切り揃えましょう。本当によろしいのですね?」
「うん、お願い!」
念の押すようにルーちゃんが言ってくるが、私はハッキリと返事した。
それでルーちゃんの迷いも消えたのか、ゆっくりと鋏を手に取って髪を切ってくれる。
チョキチョキと小気味のいい音が耳元で鳴り響き、パサッと私の長い髪が布の上に落ちる。
それだけで頭が随分と軽くなった気がした。意外と髪の毛って重いんだよねぇ。
ハラリハラリと落ちていく自分の髪を眺めながらふと思う。
「昔は私がルーちゃんの髪の毛を切ってあげていたなぁ」
「……そうでしたね」
少し前までは小さなルーちゃんの髪の毛を私が切ってあげていた。
それが大きくなった私が切ってもらう側になるなんて、なんとも感慨深いというか。
「あっ、そうだ! 髪を切り終わったら、今度は私がルーちゃんの髪を切ってあげようか?」
久し振りにルーちゃんの髪を切ってあげる。いいかもしれない。
大きくなったルーちゃんの艶やかな髪に存分に触れたい。
「………い、いえ、私は専門の美容師に頼みますので結構です」
「あれ? なんかルーちゃん嫌がってる!?」
振り返ってみるとわかる。ルーちゃんが微妙に嫌がるような顔をしていた。
「頭を動かさずジッとしていてください。髪の毛が切れませんから」
問い詰めようとしたがルーちゃんに頭をガッと掴まれて、前を向かされる。
聖騎士だけあって力が強くて、その力に抗うことができない。
あれれ? おかしいな? 私の中ではとってもいい思い出なのに。
もしかして、私って髪を切るのが下手だったのかな? あの頃はルーちゃんもとっても喜んでいたはずなのに……。
「できました。こちらでいかがでしょう?」
しくしくと心の中で嘆いていると、髪のカットが完了したようだ。
ルーちゃんに渡された手鏡を見ると、そこには綺麗に肩口で切り揃えた少女が映っていた。
「うん、すごくいいよ。ありがとう」
「どういたしまして」
私の見立ては正解だったみたいで、長い髪の毛を切ると随分と印象が変わった。
これなら銅像と見比べられて大聖女ソフィアなどと指をさされることはないはずだ。
「ああ、髪の毛が短いって楽でいいな」
気分が良くなって身体を揺らしてみるも、長い髪の毛が揺れることはない。頭も軽くて非常に動きやすい。
「髪の毛の長いソフィア様もよかったですが、短くしたソフィア様も素敵ですね」
「ありがとう、ルーちゃん」
とはいえ、ばっさり切ってしまった不安がないでもなかったので、ルーちゃんにそう言ってもらえて一安心だ。
「これで思う存分街を歩けるや――って、何してるのルーちゃん?」
散髪を終えて椅子から立ち上がると、ルーちゃんがカットされた私の髪を手に取っていた。
「髪には魔力が宿るといいますし、ソフィア様の髪の毛が何かに使えないかと思いまして」
「……なんか怖いからやめて」
却下すると、ルーちゃんが非常に残念そうにした。
◆
散髪を終えると、再び私たちは街へと繰り出していた。
「あー、風が気持ちいい」
髪の毛が短くなったからだろうか。吹き付ける風が敏感に感じられる。
スーッと風が頭や皮膚を通り抜けるような感じが心地よい。
「ソフィア様、どこか行きたいところはございますか?」
「うーん、そうだねー」
ルーちゃんに尋ねられて考え込むと、私のお腹から「ぐうう」と音が鳴った。
「あはは、お腹が空いちゃった」
「では、先に食事をとることにいたしましょうか」
ルーちゃんがクスリと笑いながら提案。
「やった!」
お腹を空かせていた私はそれに異論などあるはずもなくすぐに頷いた。
思えば、目覚めてからゆっくりとご飯を食べるのは初めてだ。
目覚めたばかりは胃が弱ってるだろうと消化のいいものばかり食べていたし、母さんの葬儀でそれどころじゃなかったし。
久し振りのまったりとした外食に私のテンションは上がっていた。
「何を食べようかな――って、ああっ!」
「どうかしましたか?」
「ぺーちゃん食堂だ!」
「大衆食堂でしょうか? なんだか看板がたくさんあってゴチャゴチャした食堂ですね」
そう、このお店の見た目を評価するならば、ルーちゃんの言葉が正しい。
一階建ての民家には『ぺーちゃん食堂』と手書きで書かれており、壁や立てかけの看板には店で提供される品の木札が大量に掛かっている。
というか、掛かり過ぎて何があるのかわからないくらいゴチャゴチャしたお店だ。
一見すると、入りにくい大衆食堂といった感じであるが侮れないのが食べ盛りにはとても嬉しい量と安さ。そして、美味さ。
「ソフィア様は食べに行かれたことがあるのですか?」
「うん、王都にもあって昔はよく通っていたんだー。というか、ルーちゃんは行ったことがないの!?」
「え、ええ。教会にいれば、食事にはあまり事欠きませんから」
どうやらルーちゃんはぺーちゃん食堂を利用したことがない様子。
昔の味を懐かしむ気持ちでいっぱいだったが、ファンとして布教せねばならないと火がついた。
「よし、ここにしようルーちゃん!」
「は、はい。ソフィア様がここでいいのであれば、私はどこでも」
どこでも……か。ここの料理を食べ終わった頃にはぺーちゃん食堂がいいと言わせてみせよう。
そのような思惑を抱きながらも私は懐かしい食堂屋に足を踏み入れた。
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