第6話 大聖女ソフィアの銅像

「ソフィアはこれからどうするんだい?」


 家で話し込んでいるとアークが尋ねてきた。


「うーん、これからどうすればいいんだろう……」


 二十年後の世界に目覚めた私は一体どうすればいいんだろう? 


「まだ目覚めたばかりだし、色々あったから急には決められないよね。どうだい? 気晴らしに街を散策してみるっていうのは」


 私が考え込んでいるとアークが提案してくる。


 確かにこれからどうしたいかなんてすぐに決まるものでもない。


 ずっと考え込んでいても閃くとは思えない。


 アークからこの世界について聞いてはいるが、実際にほとんど目にしていないのだ。


 彼の言う通り、この街を見てみるのもいいかもしれない。純粋にアークが作り上げた街というのも気になる。


「うん、そうする! アーク、案内してよ!」


「勿論だ。と言いたいところだけど、生憎と僕にはやるべき仕事が溜まってしまっていてね……」


「ああ、そうだったね。ごめん」


 アークはここの領主だ。


 ここ最近は葬儀の手配をしてくれたりと、ずっと私の傍にいた。


 私に構っている暇はないのは当然だ。


「でも、代わりにソフィアを案内してくれる人を連れてきたんだ。君も知っている人だよ」


「え? 誰?」


 私の知っている人って誰だろう? もしかして、エクレールとか? いや、彼女も忙しいので私の散歩に付き合うほど暇じゃない。一体誰なんだろう?


 ソワソワとしながら尋ねると、アークが扉に向かって声をかける。


 すると、ゆっくりと扉が開いて女聖騎士が入ってきた。


 この人には見覚えがある。教会で目覚めた時、エクレールの傍にいた聖騎士さんだ。


「あれ? エクレール様と一緒にいた聖騎士さん? この人が私の知り合い?」


 青い髪をたなびかせ、キリッとした黄色い瞳。


 身長は高く、手足も長くて体つきはスラリとしている。


 私とは違って、モデルのようなスタイルのいい綺麗な女性だ。


 その上、教会でも限られた者しかなれない聖騎士の鎧を身に纏っている。


 聖魔法を併用した戦闘をこなすエリート中のエリート。


 こんな人が私の知り合い? ぜんぜん記憶にないんですけど。


「えっと、すみません。どちら様でしょう?」


「無理もありません。ソフィア様の記憶にある私は、当時五歳だったのですから」


「あ、そっか。二十年前だから!」


 青髪だった五歳の少女。二十年前とはいえ、私からすればつい最近の方だ。記憶にある青髪の少女といえば‥‥


「……もしかして、ルーちゃん?」


 私がそのように言うと、アークが「ぶっ」と噴き出して笑った。


 ルーちゃんは嬉しいような恥ずかしいような微妙な表情を浮かべた。


「覚えていてくださって非常に嬉しいのですが、ルーちゃんはおやめください」


「やっぱり、ルーちゃんなんだ! 」


 この子はルミナリエ。私が教会にいた時に、面倒を見てあげていた見習い聖女の一人だ。


「うわぁ、すごい! こんなに立派になっちゃって!」


 記憶の中にあった少女は私よりもとっても小さくて、可愛らしく笑顔を浮かべながら後ろを付いてきていた。


 それがこんなに立派なレディになっちゃって。


 女性は成長すれば化けることが多いけど、こんなに綺麗になるってある!? うちのルーちゃんが綺麗過ぎるんだけど。


「私よりも背が高い! それに私よりも胸が……」


「き、気のせいです!」


 私がジーッとした視線を向けると、ルーちゃんが身をよじる。


 板金鎧のせいかはっきりとした大きさまではわからないが、あのサイズはきっと中々の大きさだ。


 戦場で戦う数多の女性を見てきたから私にはわかる。


 あれは私よりも大きいと……


「にしても、当時、五歳ってことは今は二十年後だからルーちゃんは二十五歳?」


「はい、そうなりますね」


「十歳年下だった子が、気が付いたら十歳年上に……」


 なにこの世代交代。あっという間過ぎて訳がわからないんだけど。


「ルーちゃんの成長をちゃんと確かめたかった」


「あ、あの、先ほどから申しておりますがルーちゃんはおやめください」


「えー? 私からすれば、少し前まで五歳のルーちゃんだったもん。急には変えられないよ。このままじゃダメ?」


 私が上目遣いに頼み込むと、ルーちゃんは困ったような顔を浮かべ、観念したようにため息を吐いた。


「……はぁ、仕方がないですね。公式の場では使い分けてくださいね」


 あっ、やっぱり昔と同じで押しには弱いみたいだ。


 それならもう一つ押しちゃえ。


「うん、ありがとう! ルーちゃんも私のことをソフィアお姉ちゃんって呼んで欲しいな!」


「……言いません」


「えー? なんで? そっちはダメなの?」


「ダメです」


 ルーちゃん呼びがいけるなら、こっちもいけると思ったのだが彼女は頑なに拒否する。


 むむ、押せばいけるだけのルーちゃんではないな。歳月という名の荒波が彼女を変えてしまったようだ。誰だ、うちの純真無垢な子供に世間を教えたのは。


「まあ、これでお互いに挨拶はできたかな? 僕は仕事に戻るから二人とも散策を楽しんで」


「うん、アーク! ありがとう!」


 仕事に向かうアークを見送って、私たちは外に出ることにした。


「ソフィア様、外に出る時はこの外套を羽織ってくださいね。しっかりとフードもつけて」


「う、うん?」


 家を出る前にルーちゃんが外套を被せてきた。


 外はそんなに寒かっただろうか? 


 まあ、ルーちゃんがそう言っているし羽織っておいた方がいいのだろう。


 私は特に違和感を抱くこともなく、外套を羽織って外に出た。






 ◆





 母さんの家を出て、私とルーちゃんは街に繰り出す。


「うわぁ、綺麗な街並みだね」


 アークに抱えられた時は上空から見下ろす形だったし、景色を楽しむどころではなかった。実際に道を歩いてみると印象は大きく異なる。


 レンガで造られた建物が多く、地面にはしっかりと石が敷き詰められており整備されている。ところどころには木が植えられており、アブレシアの花壇も設置されていた。


 機能性だけじゃなく、街の見た目にも気を遣っているんだろう。


「領主となったアーク様が、とても街の建造に力を入れておられましたからね」


「うん、見ているだけでアークの頑張りがわかるよ」


 そして、どうして頑張ってくれていたのかもわかる。


 通りには獣人、エルフ、ドワーフ、人間といった様々な種族が入り乱れており、それぞれの仕事をしている。


 猫耳を生やした獣人が花を売っていたり、恰幅のいい人間の男性が屋台で肉串を売っていたり。各地から冒険者もやってくるのか街の様子はとても賑やかだ。


 かつてここは魔王との決戦場である荒野だった。


 ここに一から街を作りあげるのは本当に大変だったに違いない。


 あんな殺風景だった場所がこんなにも賑やかになるとはね。


「あっ! 聖騎士様だ!」


「今日も凛々しいな」


 通りを歩いていると、時折ルーちゃんへと視線が集まる。


 やっぱり、うちのルーちゃんは誰から見ても綺麗に見えるみたい。


 ただでさえ、カッコいい女性なのに聖騎士ときた。街の人たちが畏敬や憧れの視線を向けてしまうのも無理はない。


「ルーちゃん、本当に立派になったね」


「いえ、私なんかよりもソフィア様の方が立派ですよ」


「えー? そうかなー?」


「ちょうどいいですね。今、どれほどソフィア様が立派になられているのか直接目にした方がいいでしょう」


「それってどういうこと?」


「付いてきてください」


 ルーちゃんは私の質問に答えることなく真っすぐに歩いていく。


 とりあえず、付いていっていると広場にたどり着いた。


 円形に広がった広場にはベンチがあり、人々はそこに座って談笑していたり、食べ物を食べているようだった。小さな子供たちがはしゃぎ声を上げて走り回っている。


 実に平和的な光景だ。


「中央にある銅像が何かわかりますか?」


「うん? 女神セフィロト様の銅像じゃ―ーないね」


 この世界で一般的に信仰されているのは女神セフィロト様。私をこの世界に導いてくれた女神様だ。


 教会や街の至るところでその銅像を見るので意識的にスルーしていたが、広場にある銅像はどうやら女神様ではない。


 教会の聖女である法衣に杖を持っている。小柄な体型で長い髪の毛をしており、佇んでいるだけで周囲の空気が浄化されているような。


 なんか、この銅像見覚えがある。


「……ねえ、ルーちゃん。自意識過剰かもしれないけど、あれってもしかして私?」


「はい、そうです。その身を犠牲に魔王の瘴気から世界を救ってくださった我らの救世主。大聖女ソフィア様です」


「えええええ!?」


 もしかしなくて、私の銅像だった。


「なんでこんなところに建ってるの!?」


「勇者アーク様がお造りになられました。ソフィア様が犠牲になって世界を救ったことを人々にしっかりと伝えるために」


「アーク、なにしてんの!? というか、この銅像変だって!」


 今の私よりも顔つきが大人っぽいし、若干手足も長い気がする。それに胸も微妙に大きくなっているような。アークのいきすぎた気遣いを感じる。


「お前さん、聖女見習いだとしても失礼が過ぎるぞ? 世界をすくってくださったソフィア様の銅像を変などと言うとは」


「あっ、はい。すみません……」


 広場のベンチに座っているお爺さんに怒られてしまった。


 私がその世界を救った大聖女ソフィアなのに。


「他にもソフィア様たちの魔王討伐の話は劇になっていたり、絵本になっていたりします。特にソフィア様が身を挺して魔王の瘴気を抑え込むシーンは特に人気です。『皆の頑張りは無駄にしない。私の命に替えても……ッ!』という台詞を聞いた時は私も思わず涙を……」


「アークなんだね!? それもアークなんでしょ!?」


 それ、私が聖魔法を使う前に言った言葉じゃん。


 酷いや。人の許可もとらずに勝手に創作物にしてしまうなんて。


「大聖女が目覚めたと発表すれば、ソフィア様も大層人気になれますよ」


「ぜ、絶対ヤダ」


 こんな風に過剰に持ち上げられた世の中で平和に生きていける気がしない。


「いたっ!」


 恐ろしさから首を横に振っていると、広場を走り回っていた少年が目の前で転んだ。


「大丈夫?」


「うわあああああ、痛いー!」


 思わず駆け寄ると、少年は膝を擦りむいており血が出ていた。


 痛みで思わず泣いてしまう少年。


「痛いの痛いのとんでけー! ヒール!」


 私は聖魔法の治癒であるヒールを少年にかけてあげる。


 すると、少年の膝が淡い光を放ち、一瞬で傷口が塞がった。


「うわああああ――あ、あれ? 痛くない?」


「お姉さんの魔法で傷は治しておいたよ!」


「すごいや! ありがとう、お姉ちゃん!」


 私がそう言うと、泣き止んだ少年が笑顔で礼を言う。


 本当は聖女が無料で治癒をするのはよくないことだけど、ちょっとくらいいいよね。


 子供の笑顔を見ると安心するな。


 目覚めたら二十年が過ぎ、母さんも亡くなっちゃったけど、平和な世の中で生きてきた新しい命がある。


 こういう光景を見ると、私たちの頑張りは無駄じゃなかったんだなと思えた。


 少年に礼を言われて満足していると、不意に強い風が吹きつける。


 強い風が収まって立ち上がろうとすると、目の前の少年が呆けたようにこちらを見ていた。


「どうしたの?」


「大聖女ソフィア様だ!」


「ええ?」


 こちらを指さして、大きな声で叫ぶ少年。


 ええ? なんでいきなりそんなことを言うの?


「フードが取れています」


「あっ!」


 ルーちゃんに指摘されて私は慌ててフードを被りなおす。


 しかし、その頃には少年の声を聞いて多くの人が集まっていた。


「この場を離れましょう!」


「う、うん!」


 私はルーちゃんに手を引かれて、急いで広場から離れるのであった。












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