第5話 母との再会。そして……
母さんと再会した私は、魔王討伐の旅路の苦労や起きたら二十年後の世界になって驚いたことを話した。母さんは笑顔を浮かべながら私の話をしっかりと聞いて頷いてくれた。
「本当によく頑張ったわね。えらいわ」
「えへへ、頑張ったよ」
そんな母さんの優しい言葉が嬉しくて堪らなかった。
別に誰かに褒められたいがために頑張ったわけではないけど、それでもこうして母さんに評価して労ってもらえるのはとても嬉しいことだった。
世界のために魔王と戦った甲斐はあったかも。こうして母さんも生きてこられたわけだし。
「ねえ、ソフィア。あなたがこれから――ゴホッ、ゴホッ!」
「母さん!?」
優しい笑顔を浮かべていた母さんが突然激しく咳き込んだ。
「お医者さん!」
「失礼します!」
容態の変化を感じ取ったのか医者がすぐに駆け寄って応急手当を施していく。
さっきまで元気に笑って話していたのに。
「アーク、母さんの状態は?」
「昔の無理がたたって老衰だそうだ。今の医療では手の施しようがないらしい」
「そんな……」
この世界では怪我に治療は聖魔法、それ以外の病気といったものは医者による薬の手当てとなっている。
万能のように思える聖魔法でも病気や老衰には対抗できないのだ。
「お医者さん! なんとか、なんとかできませんか?」
「手は尽くしましたがもう長くは……」
私がみっともなく叫ぶと、医者が無念そうに答えた。
わかっているはずだった。時には聖魔法や医療でもどうにもならないことがあるのだと。
人の命は有限であり、無限ではない。人は必ず死ぬのだと。
見習い聖女から聖女になって多くの人を看取ってきたが、身近な人が直面するとこんなにも受け入れがたいなんて……。
「泣かないでソフィア。最期くらい笑って? そして、もっとお話ししてちょうだいな」
「……母さん」
涙を流してしまう私の手をギュッと握る母さん。
本人も長くないことを受け入れているのか、私のようにみっともなく泣くことはなかった。
昔と変わらぬ、子を見るような優しい瞳だ。
残された時間が少ないというのに、いつまでも泣いてばかりじゃ母さんも悲しむ。
「うん、お話するね」
そう思って私は何とか涙を堪えて笑ってみせた。
母さんとの最期の思い出を作るために。
――そして、しばらくして母は安らかな顔で息を引き取った。
◆
母さんが亡くなってから私とアークは葬儀を行った。
本当は世界を救った私の母親として大々的にやるという案もあったが、それはやめておいた。眠る時くらいは静かにしてあげた方がいいと私が思ったから。
アークはそんな私の意を汲んで、葬儀を慎ましやかなものにしてくれた。
母さんの葬儀が終わってしばらく。私は家で何もやる気が起きずにいた。
二十年後に目覚めたら、いきなり母さんが年をとっていて亡くなっちゃって。そのショックで動き出せずにいた。
沈んだ面持ちで母さんの家にいると扉がノックされた。
「僕だ。入ってもいいかい?」
「どうぞ」
返事をすると、アークが入ってくる。
その心配そうな顔を見る限り、私を心配して様子を見に来てくれたようだ。
「ソフィア、大丈夫かい?」
「大丈夫とは言えないかな。目が覚めてから色々あり過ぎたから」
「そうだね。辛いかもしれないけど、ソフィアの今後のためにも改めて今の世界を説明しておこう」
「……うん、お願い」
このままボーっとしていると母さんのことをずっと考えてしまいそうだったので、そうしてもらえると助かる。
私がしっかりと頷くと、アークは椅子に座って魔王を討伐した後のことを語り始めた。
私が魔王の瘴気を抑え込んでしばらくすると、私の魔力が結晶化した。
聖なる魔力が込められた結晶は魔王の瘴気をゆっくりと浄化していった。
結晶化した私と残存している結晶を野ざらしにしておくわけにはいかず、アークはそれを守ることにした。
魔王討伐の褒章として、国王から爵位と土地を貰って領主に。
なんと結晶化した私を守るためにアークはこの地に教会を作り厳重に保護、さらには街まで作ってくれた。それが私たちの今いるアブレシア。
仲間のためにそこまでしてくれるなんてアークがいい奴過ぎる。
アークのそんな話を聞いて、二十年経過しようが私たちの絆は色褪せていないのだと思った。
それから結晶の中で瘴気を浄化し続けて二十年。魔王の瘴気を浄化しきって、私は目覚めたらしい。
「なんだ地下に閉じ込められていたわけじゃなかったんだ。てっきり監禁でもされていたのかと思った」
「酷いな。不用意に人が入り込まないようにしていただけだよ。というか扉には固定化の魔法がかかっていたと思うんだけど、どうやって出てきたんだい?」
「え? 魔力を流し込んで無理矢理破ったかな」
「相変わらず無茶苦茶だな。セルビスが聞いたら頭を抱えるよ」
あの固定化の魔法をかけたのはセルビスだったらしい。私の保護に関わってくれて嬉しいような、いきなり閉じ込めるような真似をしてくれて文句を言いたいような複雑な気持ちだった。
「そういえば、セルビスとランダンはどうしているの?」
セルビスの名前を聞いて、残りの仲間がどうしているのか気になった。
「セルビスは宮廷魔導士として王城で働いて魔法の研究をしているよ。たまに魔法学園の臨時講師として生徒に魔法を教えたりしているそうだ」
「へー、セルビスは前に言っていた通り、魔法の研究してるんだ」
かつての仲間がやりたい道に進んでいるのを聞いて、こちらも嬉しくなってくる。
「ランダンはSランク冒険者として各地で活動しているよ。聖女を伴って瘴気に侵された魔物の討伐や土地の浄化をしてくれている」
魔王たちが世界を蹂躙した影響でまだまだ汚染された地域が残っており、聖女や冒険者、騎士たちは瘴気を宿した魔物を討伐し、土地を浄化して取り戻そうと活動中だそうだ。
世界は完全に元通りというわけではないが、二十年前に比べると大分人間が住める土地が増えてきたらしい。それでも二十年という年月がかかっているのは、それだけ瘴気が厄介ということだ。
「後は生き残った魔王の眷属の探索も進めている」
「まだ何人か残っているの?」
「ああ、何人かは倒すことができたが、まだ残っている」
魔王より強い力を与えられし部下。魔王に匹敵するような強さはないが、どれらも厄介な能力や高い知性を秘めている。
魔王が倒された後に逃走し、生き延びている個体がいるようだ。
アークが概ね平和になったといっていた懸念事項はこれらのことらしい。
魔王の眷属は未だに息を潜め、各地では瘴気に汚染された地域が残っている。
「世界は完全に平和になったとは言えないけど、二十年前に比べれば大分良くなっているんだね」
「ああ、そうだね。あの時よりもずっと……」
「二十年の間、私や母さんや世界を守ってくれてありがとうね。アーク」
話を聞いただけで、私や世界のためにアークが動いてくれていたのはよくわかった。
簡単に説明してみせたけど、色々と苦労したこともあっただろう。言っていないだけで他にも尽力してくれたことがあったのだろう。
二十年という時を越えて、私が無事に目覚められたのも、世界が平和に近づいているのはアークたちの活躍があったからに違いない。
感謝の気持ちを込めて改めて言うと、アークがほろりと涙を流した。
「えええ!? ちょっと、アーク!?」
「ご、ごめん。なんだか急に涙が……」
嬉しくて泣いたのだと思うけど、おじさんともいえる年齢の仲間に泣かれるとどうしたらいいのかわからなくなってしまう。
こうやってよく見るとアークも年をとったのだとしみじみと思う。
「大丈夫? 頭撫でてあげようか?」
「いや、子供じゃないから。それに僕には妻もいるし……」
「ええっ!? アーク、結婚しているの!?」
冗談で言った言葉であったが、アークの思わぬ言葉で反撃に遭ってしまった。
「まあね。それに子供も二人いるよ」
まさか、かつてのパーティー仲間が結婚して子持ちになっているとは思ってはおらず、私は時間の流れを無情にも感じるのであった。
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