第4話 二十年後の世界
「……今が二十年後の世界?」
「そうです」
掠れた私の声にしっかりと頷くエクレール。
魔王を倒して、私が瘴気を抑え込んで二十年が経っているってこと? わけがわからない。
「う、うそですよね?」
「本当だよ。ソフィア」
思わず漏れ出た問いかけであったが、扉を開けて入ってきた男性が答えた。
長い金髪を後ろで纏めた青年。いや、若々しい雰囲気をしているがよく見るとすごく若く見えるおじさんだ。
貴族の法衣みたいなものを纏っていて教会の関係者とは思えない。
なんか親し気な声音で泣きそうな顔をしているけど誰なんだろう?
大事な話をしていたので、いきなり入ってきて会話に割り込むなんてというのが正直な気持ちだ。
「……えっと、誰ですか?」
「酷いな! 僕のことを忘れたのかい?」
率直に尋ねると、おじさんが若干ショックを受けたような顔をする。
うん? どこか聞いたことのある声音と表情だったような。
「同じパーティーの仲間だったじゃないか」
心外そうに言うおじさんの言葉に私はビビッと閃いた。
金髪にこのイケメン具合、それに同じパーティーといえば一人しかいない。
「もしかして、アーク!?」
「よかった。思い出してくれて」
ホッと安心したような表情を浮かべる勇者アーク。
その顔は昔のように爽やかであるが、シワのお陰でどこか落ち着きを与える。
「え? なんで? アークはもっと若くて――あっ……」
思わず疑問を口に出してしまったが、エクレールから言われた言葉を途中で思い出した。
「そう、あの戦いから二十年が経過しているんだ」
私の心中を察したようにアークが落ち着いた口調で述べる。
「だから、エクレールがおばあちゃんになって、アークがおじさんに……!」
「ソ、ソフィア、もう少し言葉は選ぼうね?」
「え? あっ! ごめんなさい! 悪気はないんです!」
アークに注意され、私は誰に何を口走ってしまったのかを理解した。
目の前には複雑そうな顔をしているエクレールが。
やばっ! エクレールをおばあちゃんって言ってしまった。
「……悪気はないことは理解していますし、状況が状況ですので気にしません」
「許していただき感謝します」
危ない。妙齢の女性におばあちゃんって言うなんてとんだ地雷を踏んでいたものだ。
魔王を倒していなければ張り倒されていたかもしれない。
魔王、討伐しておいてよかった。
「あっ! 二十年っていうことはもしかして私も老けて!」
あれから二十年ってことは今の私は三十五歳ということになる。
まさかこんな一瞬で花の十代が一瞬で消え去ってしまった!?
それは世界が魔王に脅かされた時くらいマズいと思う。
「いいや、ソフィアは変わっていないよ」
「本当!?」
「こちらに鏡があります」
エクレールが持ってきてくれたのは全身鏡。
そこには長い金髪に碧眼の少女が映っていた。
見た目は魔王を討伐に赴いた時と一切変わらない。
「よかったぁ。おばちゃんになってるかと……」
安心した私はホッと胸を撫で下ろした。
気が付いたら三十代後半とか悲しすぎるから。
「あ、そういえばアーク! 世界はどうなったの?」
「君が魔王の瘴気を完璧に抑え込んでくれたお陰で概ね平和になったよ」
「概ねってことはまだ懸念事項は残ってるんだね。それって――」
「ソフィア。色々とゆっくり説明したいのは山々だけど今は答えてあげられない」
アークに詳しく尋ねようとしたら、なぜかそのように言われた。
「どうして?」
「君のお母さんの命が危ない」
「…………え?」
アークの言っていることの意味がわからない。
「ソラルさんの命はもう短い。だから、会いに行くよ。今なら最期に一目会える可能性がある」
「そんな、嘘……」
「時間がない。悪いけど失礼するよ」
「ええ!?」
呆然としているとアークが私の身体をそのまま持ち上げた。
「このままソラルさんの家に行く。しっかり掴まっていてくれ」
アークはそう言うと、エクレールの部屋の窓を開けて跳躍した。
確かに馬車を使うよりも、身体強化されたアークの方が速いってのはわかるけどめちゃくちゃだ。
前にも急患のところに向かう時、こうやったことが何度かあったけどね。
私はアークに振り落とされないように必死にしがみつく。
教会から外に出ると、そこには美しいレンガの街が広がっていた。
「……見たことのない街」
「アブレシアっていうんだ。実はここの領主は僕なんだよ」
「ええっ!? アークが領主――って、うわわ!」
衝撃の言葉に思わず身体を滑らせてずり落ちそうになる。
「喋っていると危ないし舌を噛むかもしれないから会話はやめておこうか」
今は建物の屋根を跳躍しながら進んでいる真っ最中だ。
ここで落ちたらシャレにならない。
なんだか今日一日の情報量が多すぎて事態を上手く呑み込めないや。
目が覚めたら二十年後でアークはおじさんになっていて、そして母さんが――。
自分が生きていたことは嬉しいけど付いていけないよ。
本当に母さんはもうすぐ死んじゃうの?
美しい街並みが流れていくが、母さんのことが不安で上手く脳で処理できない。
もし、本当に母さんの命が短いのであれば、どんな言葉をかけたらいいのだろう?
グルグルとそんなことを考えていると、広い敷地を持つ一軒家の前にアークが降りた。
庭に咲いているアブレシアの花がとても綺麗だ。この街の名前はこの花からとっているのかな。
「ここだ」
アークは私を下ろすと、一目散に家へと駆けよる。私もそれについて行った。
アークが扉をノックすると、中の扉が開いて医者が出てきた。
「領主様、ソラル様のご様子を確かめに?」
「ソフィアが目覚めた。中に入れてくれ」
「大聖女ソフィア様……ッ! ど、どうぞ中に」
アークの言葉を聞くと、医者がこちらに視線をやって目を剥いた。
そして、即座に中に入れてくれる。大聖女という言葉と大仰な態度が少し気になるが、今はそれよりも母さんだ。
扉をくぐって中に入ると大きなベッドがあり、そこにはすっかりやせ細った母親が横になっていた。
艶やかな金色の髪はすっかりくすんでしまい、目は窪んでシワも増えている。
記憶の中にある母さんとはまったく違う……だけど、見間違うことはない。
「……母さん?」
おそるおそるベッドの傍に寄って声をかけると、眠っていた母さんの瞳がゆっくりと開いた。私と同じ青い瞳が混じり合う。
「ソフィア?」
「そうだよ! 母さん!」
「……ああ、最期にソフィアと会う夢が見れるなんてね」
「違うよ母さん! 今は夢や幻なんかじゃないからね!?」
どうやら私と会えたことを夢だと思っている模様。元からちょっと天然気質が入っていたけど、再会して一発目にこれは酷い。
でも、二十年もの年月が経っていたらそう思っちゃうのも無理はないよね。
「ソラルさん、ここにいるのは正真正銘あなたの娘さんですよ。手を握ってしっかりと見てください」
アークがそう言いながら私の手をとって、母さんの手に触れさせる。
母さんの手は小さく、すっかり骨筋ばってしまっている。体温も低い。
だけど、どんなに歳月で変わってしまおうと母さんの手だと認識できる。
母さんは私の手の感触を確かめるように触る。
「ああ、この手は……ソフィア。ようやく起きたのね」
そして、ようやく今が夢でも幻ではない現実だと気付いたのか、目を大きく見開いて涙を流す。
「起きた?」
「ソフィアは教会の地下にある結晶で二十年眠っていたからね」
「あ、そういうこと。うん、母さん。遅くなったけどようやく起きた」
なんで結晶で眠っていたかはわからないけど、今はそんなことはどうでもいい。
母さんと会うのは魔王討伐の旅に向かう前以来。眠っていた年月を差し置いてもかなり久しぶりだった。
色々な言葉が浮かんでは消える中、一番最初に言う台詞はこれだと思う。
「母さん、ただいま」
「お帰りなさい、ソフィア」
母さんの久しぶりの笑顔と声に安心して私はにっこりと笑った。
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